今こそ「ネット選挙」の実施を
菅直人首相(本稿執筆時……と、このままいくと来年の今頃もこう書いているかもしれません)が「脱原発解散」をちらつかせております。もちろん被災地は選挙どころではありません。しかし、今だからこそ「巨大震災時の選挙」を復興対策と並行して議論すべきです。国会会期中に東京直下型地震がおきて、国会議員の大半が不幸に見舞われることは、すでに「想定内」なのですから。
ネットの専門家として「ネット選挙」を提案します。集計はコンピュータの得意とするところ、本人確認はネットワーク上に置いた住民基本台帳で照合します。ネットへの接続は携帯電話程度の通信速度で十分で、投票端末はノートパソコンで対応できます。すると簡単な機械を持ち込むだけで、避難所をそのまま「投票所」にすることができるのです。いわゆる「なりすまし」は、指紋認証で重複チェックをすれば排除でき、指紋データと台帳を切り離しておけば、個人情報が洩れる心配はありません。選挙活動はホームページにユーチューブ、Ustreamで代替できます。
クリアしなければならない課題はたくさんありますが、まず議論を始めなければ何も始まりません。ところが、こうした議論が永田町から聞こえてくることはありません。ネット選挙どころか、選挙期間中のホームページ更新すら「自粛」するほど、ネットの利用に消極的です。プロフィールを眺めると「ネットのプロ」もいるのですが……と、今回はその彼が主人公。
ネット業界人の政界入り
知人から紹介された当時、衆議院議員立候補予定者だったA氏の肩書きは「元ネット企業社長」。選挙に出るためにホームページ制作会社を仲間に譲り、今は政党支部で後援会作りに追われているといいます。はじめに断っておきますが、個人攻撃が目的ではありませんので、本稿に登場する団体、事件などは「バーチャル」な出来事としてお読みください。
ネットのプロが政治の世界にはいるのはうれしいことです。「産業振興」と言えば、国会から地方議会まで「製造業」に肩入れします。各種利権というよりは、高度経済成長という成功体験から逃れられないのでしょう。しかし、労働人口が減少するこれからの日本では、少ない労働力で巨富を稼ぐネット業界のように「頭を使って世界から金を巻き上げるビジネス」に切り替えなければ、20年後の私の老後が……もとい、未来が暗くなります。ネットに明るい人材が政界に増えれば、こうした経済政策の転換が期待できるからです。
早速、A氏のサイトを見て唖然としました。A氏は「0.2なネットのプロ」だったのです。
受賞歴を追いかけてみました
代表的なブログシステムを設置しただけの簡素で質素な……いや、お粗末なサイトでした。ブログは「テンプレート」と呼ばれる「枠組み」でデザインします。同じ中身のお弁当でも、輪島塗のお重とアルマイトの弁当箱では印象が異なるように、テンプレートのブラッシュアップがプロの腕の見せ所です。A氏のそれはコンビニで買ってきた弁当をそのまま販売する弁当屋のようなものです。げんなりしながら彼の経歴を追います。
粗末なブログには、インターネット関連の賞を4年連続で受賞したとあります。最新のものは官庁主催の「●●ウェブサイト大賞受賞(●●は地域名)」と、まるで「大賞受賞」のようですが、調べてみるとこのコンテストの名前が「大賞」で、実際に受賞したのは「優秀賞」。9件選ばれたうちの1つです。受賞したのは実家が営む民宿のサイトで、「地域振興に一役買った」と評されていました。前年も同じく実家の民宿サイトで某社の社長賞を、前々年には「SOHOホームページ大賞審査員奨励賞」を受賞。そして最初の受賞は小規模ネットショップを表彰するもので本当に「最優秀賞」ですが、これが「0.2」の始まりだったのです。
初心者レベルの実力
審査員奨励賞と最優秀賞も対象は実家の民宿サイトでした。これでは、「ネットのプロ」というより、「民宿サイトのプロ」と言うべきでしょう。もちろん、民宿サイトでも成功に導いた実績は誇ってもよいこと……かと思いきや、実際にサイト運営しているのは家業を手伝うA氏の妻です。最優秀賞は地元の特産品のネット通販事業が出店先のECサイトから表彰されたもので、メールマガジンを発行しブログを更新したり、宿泊客に直筆のお礼の手紙を発送したりした、妻の細かな努力が実を結んだものです。
つまり、彼が「ネットのプロ」と自称する根拠の受賞歴は、すべて妻の手柄だったのです。ちなみにA氏が行ったのはECサイトに店を開いただけ。そのサイトのホームページには「初心者でも開設できます」とあります。
政権交代の波に乗り、A氏は「ネットのプロ」として国会に通います。テンプレートに手を加えずに公開されたブログを見て、A氏の実力に首をかしげる人が、党にも後援者にもいなかったことが、日本の政治におけるネットへの認識の現実でしょう。選挙準備で「忙しかった」は理由になりません。mixiやFacebookで「協力者」を集めるのも「ネットのプロ」としての実力の1つだからです。
すると、やはり「ネット選挙」など夢のまた夢なのでしょうか。災害時に速やかに「新体制」を構築するできる仕組みがあれば、地位にしがみつくリーダーとその仲間達を放逐することができるのですが。
エンタープライズ1.0への箴言
「自称ネットのプロの経歴は必ずチェック」
宮脇 睦 (みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。
筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは