チェンジの功罪
自宅から東と西のほぼ同じ距離に長崎チャンポンの店「リンガーハット」があります。東の店のそばにはパソコンショップがあり、新製品などのチェックもできることからこちらに通っていました。東の厨房が「電磁調理器具」を導入しました。これは少子化=労働人口の減少により、厨房で重い中華鍋を振れるスタッフがいなくなることを見越しての「CHANGE」で、リンガーハットの株主としてはなるほどと頷きますが、「ちゃんぽん」のファンとしては複雑です。炒めるから煮るへのCHANGEが食感を変えました。
第10回でも述べましたが新しいものが良いとは限りません。オバマ大統領が口にする「CHANGE」の全容はいまだに見えてこず、政権交代してみたら古い自民党体質のリーダーだったということがあるかもしれません。しかし、新しいことを受け入れなければならない現実もあります。強い火力で仕上げることで得られるシャキシャキとした野菜の質感を失ったとしても、チャンポンを提供できないよりは遙かにマシです。
導入リスクとメリットを秤にかけることが大切です。今回は「CHANGE」を拒み、生きた化石「シーラカンス」となったCHANGE0.2。ちなみに今は西の店に通っています。こちらはガス調理なので。
俺の目の黒いうちは
舞台は第10回のK社長の経理部。社長ではなくJ常務が主人公。J常務は創業メンバーの一人で、組織を作り上げていく過程で経理部門を担当し、以来その道を歩んでいます。責任感の強さが丸投げ気質のK社長を助けてきました。OA化にあたり営業部から着手したのは、J常務が経理部門への導入を拒んだことによります。
社長も営業部も業務部門もすべての部署にWindowsパソコンが設置され、ネットワークに繋いでいました。経理課の社員も日々の集計作業には表計算ソフトを利用します。仕組みや運用に課題と問題が山積みとはいえ、「e-tax」や電子会計システムなど経理部門はOA化に適している部署です。
銀行振り込みもオンラインの時代で、「電算処理」のほうが実際の現金を扱うより安全で迅速で確実です。しかし、J常務はいいます。
「古いと分かっていても俺の目の黒いうちは変えない」
実は約20年前にすでにコンピュータを導入しており、このシステムをCHANGEしないという宣言です。
余り語られない困った税理士の話
紆余曲折を経て営業部のOA化が達成しました。システムを完成させるためには、経理部とのリレーションは欠かせません。営業部が登録したデータを業務部門がオンラインで処理し、処理された情報はそのまま売り上げデータとなります。プロに任せれば全て解決すると信じているK社長です。経理の責任者であるJ常務がNoといえば「なるほど」と頷きます。そこで業務部門で集計されたデータを「プリントアウト」して、経理課スタッフが手入力するという二度手間が採用されました。
J常務がCHANGEを拒む理由は2つあり、ひとつは「税理士」でした。顧問税理士のコンピュータと、経理部のコンピュータは同じもので、違うものを使うと顧問税理士が嫌がるというのです。俗に「士業」と呼ばれる人には、CHANGEを好まない人が少なくなく、存在がマイナスに作用することはあまり知られていません。
小耳に挟んだ私は「テキスト」への変換を提案しました。20数年前のコンピュータでも売り上げデータぐらいなら、会計コンピュータが理解できるフォーマットに加工して読みこませることは容易だろという目論見です。ある経理課の人間が囁きます。
「フロッピーディスクに独自フォーマットで書き込んでいる」
これは21世紀の話で、パソコンからFDドライブが消えつつありました。「近い将来」に使えなくなるもののために開発費を投じるのは「無駄」と提案を取り下げました。
潔さは認めるが
もうひとつの理由は責任感です。経理の勉強をしたことがないまま、丸投げ体質のK社長に経理を押しつけられました。知識不足を機械化で補おうと、20数年前に「当時」では最先端のコンピュータ会計を導入した直後にバブルが崩壊し、戦後経験したこともない長期の不況を彷徨い、ミスをしないことがプライオリティーの最上位に来ました。環境を変えるのは「ミス」のリスクを高めることから、税理士の見直しは論外です。パソコンが進化したといわれても、コンピュータ会計の導入費と比較して「おもちゃみたいな値段」がミスへの不安を助長します。そうして少しずつ時代から「はぐれて」いき、気がつけばシーラカンスです。
せめて記録媒体だけでもCHANGEしていればアジャスト出来たかもしれません。もちろん、税理士のCHANGEも選択肢です。ところが、頑なに変化を拒む姿勢はそれ自体が目的化し、責任感から生まれたものであっても「未来に引き継げない経理システム」という負の遺産を生み出しました。その点、リンガーハットの電磁調理器具へのCHANGEは消極的ながら賛成しています。野菜のシャキシャキ感に改良の余地がありますが。
最近、J常務は引退しました。新OAシステムの完全導入とともに。J常務は引退を機に全ての役職と保有株式を処分した潔さは見事ですが、OA化のスタートからあしかけ8年の空白が生まれたことは悔やまれます。で、今は愛犬の散歩を「責任」をもって遂行しているようです。
エンタープラズ1.0への箴言
「過度な責任感と個人依存が進化を妨げる」