匿名になったツイッター

今からちょうど1年前が「Twitterバブル」のピークだったのではないでしょうか。一般社会の認知度が最大に高まったのは年末の大桃美代子さんの「優しい嘘騒動」ですが、関連書籍が次々と出版され、関連イベントやセミナーが連日のように開催されていたのが今頃です。当時盛んに喧伝されていたのは「実名」です。

誹謗中傷や風説の流布は「2ちゃんねる」に代表される匿名サービスの暗部と位置付け、実名登録を基本とすると言われたTwitterを光に包まれた救世主とする大袈裟な論調も目立ったものです。

わたしは当時から、匿名性は「国民性」の発露で、Twitterも「匿名化」すると指摘していました。慧眼と誇るものではありません。mixiが辿った道にすぎないからです。第一、「2ちゃんねる以前」のネットも「ハンドルネーム」で呼び合う習慣がありました。これは「パソ通」の流れを汲むものですが、そもそも日本では部長、課長、主任と、個人名ではなく「肩書き」で呼ぶ「仮想人格」に慣れ親しんでおり、匿名や仮名への違和感はないのです。

インターネットは「道具」の1つです。日本のノコギリは引いて切り、欧米のそれは押して切るように「道具」の使い方には国民性が表れます。それは「ソーシャルメディア」においても同じです。

ソーシャルメディアの意味とは?

1年前のTwitterと同じく、実名が喧伝されている「Facebook」。Twitterと合わせて「ソーシャルメディア」という呼び方が目立つようになりました。これは社会的という意味の「ソーシャル(social)」と「メディア(媒体)」を結合した言葉で、意訳すると「社会の様々な階層の人々が送受信するメディア」といったところでしょうか。もっとも深く考える必要はありません。インターネットが普及し始めた頃に繰り返された

「一億総表現社会」

とまったく同じです。常に新しい言葉を弄ぶのがWeb業界の悪弊で、苦笑いしながら付き合ってあげるのが大人の度量というものです。

とにかくそういう言葉があります。そこに0.2が生まれます。

この春、ビル管理業のE社長はFacebookに自社のページ(旧ファンページ)を開設し、ソーシャルメディアへの進出と意気込みます。

「いいね!」というノルマ

ソーシャルメディアは「つながり」も重視します。Twitterは「フォロー」でつながり、Facebookは「友達」でつながります。ネットならではの「出会い」もあれば、リアルの人間関係が持ち込まれることもあり、多層的な「つながり」が従来のメディアにはなかった情報や「気づき」を与えると礼賛派は持ち上げます。しかし、ここは日本。理想が国民性を越えることはありません。

E社長は投稿ごとの「いいね!」をチェックしています。「いいね!」とは、Facebookの「友達」と同じく「つながる」方法で、気に入ったページや情報を「いいね!」と評価することで情報発信者との接点ができます。また「いいね!」と投じたユーザーを、第三者が見ることもできます。

その道の専門家や研究者が「いいね!」としたならば、情報の信頼度が高い可能性が高く、社会的評価や名声をネットに持ち込むことができるのも「ソーシャル」たる由縁でしょう。そして、一般的に「いいね!」が多く付けば、記事が評価されたということになるのですが、E社長が「いいね!」をチェックするのには別の目的があります。

記名投票という残酷

E社長は複数の現場にまたがる社員との情報共有のためと、ソーシャルメディアの利用を義務づけています。社員にTwitterをフォローさせ、Facebookの「友達」にします。そうやってE社長は「いいね!」によって社員の忠誠度を測っているのです。類は友を呼ぶのは、ソーシャルメディアでもリアルでも同じです。

こういうタイプの社長の下には「太鼓持ち」が得意な社員がつくもので、就業時間中に何度も手を止め、Facebookにアクセスして最新エントリーを見つけるたびに「いいね!」とヨイショします。ソーシャルメディアを使った「ヨイショ0.2」。その結果、作業効率が低下していることにE社長は気がついていません。

欧米の「雇用契約」は労働力を提供するもので、上下関係を意味するものではありません。フラットで独立した個人による人間関係を社会の基本(にしようと)する文化があり、肩書きやファミリーネームで呼ばずにファーストネームで呼ぶのもその1つなのでしょう。つまり、実名の責任は「個人」に帰するものなのです。

翻り日本では上司、部下という言葉に表れるように、アフターファイブの人間関係にも適用される「上下」の身分が存在します。また、日本人は個人よりも所属する組織や集団に重きを置く傾向が強く、部長・課長といった肩書きによる呼称も「A社の」「B社の」という所属ありきの呼び名です。「佐藤さんの奥さん」「鈴木さんのダンナさん」「ケンちゃんママ」も同じメンタリティです。そして発言は所属に重なり、実名での発言は「所属」の「内外」に影響を与えます。

これがTwitterやミクシィが「匿名(仮名)化」した理由です。Facebookだけが「実名」で広まることはないでしょう。ただし、E社長のようなケースは増えます。それは「社長ブログ」がブームになったあと、「昨日のブログ見た?」と社員に閲覧を強制する社長が多かったように。もちろん、これも日本人らしさです、「内弁慶」という。

エンタープライズ1.0への箴言


「日本的人間関係を持ち込むとソーシャルメディアの活力は失われる」

宮脇 睦 (みやわき あつし)

プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi