繰り返される人間の業
「高き住居は児孫に和楽 想へ惨禍の大津浪 此処より下に家を建てるな」
これは三陸に建てられた碑に刻まれる言葉で、ツイッターのフォロワーから教えられた畑村洋太郎工学院大学教授による『だから失敗は起こる』というテレビ番組で知りました。この番組は津波に襲われた記憶を後世に伝えようとするもので、碑が作られた理由をこう説明します。
「人は忘れてしまう」
忘れるという行為は神様が人に与えた贈り物で、つらい記憶、悲しい想い出を和らげてくれるのですが、同時に忘れてはならない記憶も消えてしまうことがしばしばあります。明日提出しなければならないレポートや昨日が締め切りだった報告書だけではなく、災害の記憶も同じです。
これも教授は喝破します。
「自分にだけは起きない」
「自分が生きている間にこんな悲しい災害は起きるもんか」と、想像するだけでも辛いリスクから人は目を逸らすのです。
本稿のテーマは「エンタープライズ0.2」。震災の話ではなく、もっと下世話な会社生活のお話をいたしましょう。
震災で活躍するツイッター
東日本大震災の発生によってツイッターを再評価する動きがあります。携帯電話から投稿でき、ツイッターの140文字という情報量の少なさが、混雑する携帯基地局のトラフィックの隙間をすり抜けることができたからです。
通話は限りある周波数を一時的に占有する仕組みのため、許容量を超えると消防や警察などの緊急通話に悪影響をもたらす懸念から、非常時は回線会社が通話に制限をかけます。一方、メールやネットなどの「パケット通信」は、情報を小さなカタマリでやり取りすることによって基地局の占有時間が短いため、ほぼ同時期に多くの人が利用できます。
蛇口に口をつけるやり方では1人ずつしか水を飲めませんが、ペットボトルなら同時にたくさんの人の喉を潤すことができるのに似ています。
中堅物流業のG社はネット活用に積極的です。今回の震災でもツイッターが活用されました。北関東には物流拠点が多く、G社の配送センターや協力企業の安否確認に活躍したのです。
余談となりますが、被災地の1つである茨城県の大洗港は、北海道から運ばれるタマネギやジャガイモの荷揚げ港で、一時的に商品が入らなくなったと八百屋を営む義父に教えられました。原発を挙げるまでもなく、都市の生活は周囲の県の協力により成り立っているのだと再確認します。
ネット企業の経験を駆使して改革を進める「Web担当者」だったが……
中途入社の履歴書に、某大手ネット企業出身者という経歴をG社の社長がみつけ、社内ホームページ、及びネット情報管理をする役職「Web担当者」を新設したのが1年前です。それまでは各部署から1年任期で若手を中心にWeb担当者を出しての合議制が採用されていましたが、すべてを月1回の会議で決めるため動きが遅かったのです。そこで、スピードが求められるネット対応を強化するため、担当者が設けられたというわけです。
ネット企業出身らしく、Web担当者は即断即決で改革を進めます。ホームページをリニューアルし、メルマガを発行し、社内の連絡ツールとしてツイッターの活用を提案し、今回の震災で活躍したことはすでに述べた通りです。また、前職時代の人脈も活用して、EC事業への進出も目指します。物流業界はネットと消費者をつなぐ「ラストワンマイル」で、今でも「圧倒的強者」のいない成長が期待できる事業分野です。
しかし、イケイケの担当者に昨年までの会議参加者が耳打ちします。
「常務に確認とった?」
明文化されない社内力学が生む悲劇の伝承
市場環境の変化が早いネット企業ではスピードが求められます。トップへの報告さえ怠らなければ、あとは現場の裁量に任されます。まして自分は社長直々に採用され、肩書きまで新設されたいわば「全権代理人」だと担当者は自負しており、社長より格下の常務の許可など不用と忠告を無視します。
その結果、役員会議の決定事項としてEC事業への進出は「凍結」されました。長引く不況に低迷する本業を立て直すのが先だと「とある役員」が強力に反対したのが理由です。
いわずもがなですが、「とある役員」とは常務です。常務は創業メンバーの1人で、昭和の呼称なら「番頭」。2代目のN社長が生まれる前から会社を仕切っており、重大な決定事項は常務の許可を得なければならないのです。各部の代表者を集めた合議制が月1回の開催だった理由も、常務の「ご機嫌伺い」をする時間によります。
ネット企業からやってきた担当者は忠告を耳にしても「自分だけは特別」とタカを括った伝承0.2です。当然ですが、社内力学を「碑」のように明文化することはできません。口伝が頼りですが、役員の微妙な人間関係を声高に叫ぶリスクは高く、一般社員にとって役員会議は雲の上の出来事で、日常に追われて忘れられてしまいます。そして担当者が去り、伝承は風化していき、またいずれ同じことが……。
再注目されるツイッターは「デマ」が多く、私が危惧するのはこうした「デマ」が時を経て「事実」のように語られることです。デマの拡散を避けるために地名は出しませんが、どこかの「勤務医」が「○○は略奪・陵辱が行われた映画『マッドマックス』のような無法地帯と化している」とがツイートしていた日、現地では炊き出しが行われ、市民は助け合い支え合い今日を生き抜いていました。
「事実を語り継いで、記録に残すこと」。震災を経験した我々にできることの1つです。
エンタープライズ1.0への箴言
「伝承されない社内力学に注意」
宮脇 睦 (みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。
筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは