自社の商品やサービスを「その企業ならでは」と認識してもらう企業ブランディングへの注目が集まっている。国内外の競争激化や物価の上昇などが背景にある。しかし、大企業と違い、中小企業がブランド戦略を打ち出すのは容易ではないとされる。こうした中で、インターネットを活用してコストを抑制しつつ、効果的なブランディングを実施する中小企業やB to B(企業間取引)企業も出始めている。この連載では、ITなどを活用してブランディングを行っている事例を紹介する。
第22回は、医療向けの遠隔画像診断サービスのワイズ・リーディング(熊本県 熊本市)を取り上げる。同社は医大生向けの画像診断塾を無料で開催し、企業イメージの向上と潜在顧客獲得の両方につなげている。今後はインターネットを通じた講義の動画配信も検討する。中山善晴社長は「自社の使命を明確にし、ブランディングをしていくことが重要だ」と話す。聞き手はZenkenの本村丹努琉(もとむら・たつる)氏。
1995年、熊本大学医学部卒業。同大学関連病院で2年間研修の後、2002年に熊本大学大学院博士課程(腹部画像診断学)修了。その後、県内地域医療機関にて放射線科に従事する。
熊本の地域医療に13年間従事し、都市と田舎での地域医療の格差を痛感。一念発起してワイズ・リーディングを2007年に創業。研究生活を捨ててゼロから会社経営を始め、遠隔画像診断事業を全国に展開。また、熊本機能病院画像診断センターの設立にも関わり、画像診断センター長を兼任。現在も医師として医療の前線に立ち続ける。特に腹部領域、骨関節領域の経験に富み、客観的な画像診断と、論理的で丁寧な説明をモットーとしている。
ポイント
①自社の使命を明確にし、SNSなどを活用すれば中小企業でもブランディングは可能②オウンドメディアとX(旧Twitter)を連動させて医療情報を発信
③医大生向けの画像診断塾を開催し、企業イメージを向上。潜在顧客も獲得
④ブランディングは顧客ニーズを把握して始めることが重要
本村:御社は医療向けの遠隔画像診断サービスを提供しています。事業内容を教えてください。
中山:当社は全国の病院向けに遠隔画像診断サービスを提供し、レポートを作成・提出しています。22名の従業員を抱えており、全国に200以上のクライアントがいます。画像診断とは、病気の早期発見をしたり、病気の広がりや性質を調べたりするために画像による検査をもとに行われる診断のことです。
画像検査には、超音波検査、X線、コンピューター断層撮影装置(CT)、磁気共鳴画像装置(MRI)などがあります。医師にはそれぞれに専門があり、画像診断にも専門医がいます。専門医が診断し、治療方針を医師に助言するわけです。
しかし、画像診断の専門医は全国に約6000人しかいません。技術革新を受けて検査機械は進化し続けています。短時間で検査ができるようになり、検査件数は増えていますが、専門医の絶対数が少なく、地方には専門医がほとんどいないのが実態です。このため遠隔画像診断というサービスが必要になります。具体的にはインターネットを通じて地方の病院から画像を専門医に送り、画像診断をしてもらっています。
本村:需要が多いにもかかわらず、画像診断の専門医が少なく、需給ギャップがあるということですね。御社の特徴や強みを教えてください。
中山:当社の強みは、約100名もの専門医に協力してもらっていることです。画像診断医にもそれぞれ得意分野があり、地方の病院と的確にマッチングする必要があります。このため多くの協力者が必要なのです。
また、専門知識の教育を受けたスタッフが画像診断の内容をチェックし、病気の疑いのある箇所の見落としやレポートの誤字脱字などを防いでいます。経営者である私自身が画像診断医であることも、正確なレポートをする上でプラスになっています。
本村:近年は企業イメージが事業拡大に直結することや、インターネットの普及などを背景にブランディングを重視する企業が増えています。御社にとってブランディングとは。
中山:サービスの品質を向上し、自社の使命を明確にすることが、その会社のブランドをつくっていく核になると考えています。仕事に大義名分があれば価格競争に陥りづらくなりますし、クライアントがクライアントを紹介してくれるようになるからです。
それで利益が増えれば、その分を自社のブランドを多くの人にわかってもらえるようにSNSやホームページ作り、宣伝などブランディングに再投資できるようになります。例えば、投資をして良いホームページを作れば、営業にも採用にも貢献すると考えています。
本村:会社の使命を明確にすれば、多くの人の共感を得られ、ブランディングにつながるということですね。
中山:当社の事業は「医療の質を守る、人の命を守る」というわかりやすさがあり、使命を明確にしやすい側面があります。これは社内でも社外でも共感を得られやすいと思います。当社の社員もこの仕事に携わっているのを誇りにしてくれています。
本村:とはいえ、中小企業のブランディングは難しいという人も多くいます。
中山:中小・零細企業の欠点は、大企業のように広告をやる体力がないことです。このためSNSなど身近なツールで自社のことを発信したり、ホームページやオウンドメディアで情報を発信したり、問い合わせを受けられるようにしたりすることが重要です。
私は自社の事業が持つ強みや特徴、大義名分を伝えるのがブランディングだと考えており、これは中小企業でもできることだと思います。当社の場合はオウンドメディア「Radiation Journal」とX(旧Twitter)などのSNSを連動させて、医学情報や日頃の医療業務で感じる疑問点、問題点などを発信し、ブランディングにつなげています。
本村:会社の使命を明確にし、そのブランドをあらゆるチャネルで発信するということですね。具体的なブランディングの成功例はありますか。
中山:2012年から定期的に、数十人の地元の医大生を会社に集めて無料で画像診断塾を開催しています。教科書には載っていない診断技術などを教え、当社が画像診断の品質を高める努力をしていることをわかってもらっています。こうした活動はSNSやホームページなどでアピールしています。今後はオンラインでも配信したいと考えています。
講座は無料ですが、企業イメージを向上させる効果があります。また、生徒たちは全国に散らばり、将来的には当社の顧客や社員になってくれます。昨年は、生徒たちの中から画像診断医として当社の社員になってくれた人が初めて出ました。当社に協力してくれる医師は5年前の約2倍の98人に増えました。今後はクライアントの増加にも役立つと考えています。画像診断関連の売上高も5年前の約2.4倍に増えています。
本村:どこの企業も顧客との接点を増やす必要があります。将来、自社のサービスを使ってほしい医大生の方々を対象にブランディングやマーケティングをするやり方が斬新だと思います。
中山:画像診断塾とは別に、放射線科の技術を勉強する会を開催しており、100人近くの医師が参加してくれています。顧客でなくても、勉強会に参加してみないかというと定期的に参加してくれる人もいます。これにより知名度が上がり、当社の考え方に共感してくれる人が増えていると感じます。
本村:ブランディングで失敗例はありますか。
中山:ブランディングのため、8年前に医療関係者のIT関連の悩みを相談するコワーキングスペースを作りました。例えば、発信機やITを活用して認知症の患者の見守りの仕組みなどを開発したり、提供したりといったことを想定していました。しかし、市内からのアクセスが悪かったこともあり、あまり活用されていません。ブランディングも、クライアントのニーズをきちんと把握した上で展開しなければうまくいかないこと、情熱だけで突っ走ってはいけないことを実感しました。
本村:Zenkenのサイトに御社の記事が掲載されています。
公平な目線で他社と比較してもらうことで、当社の強みをより深く知ってもらえていると思います。Zenkenのサイトを通じて当社に問い合わせをしてくれた潜在顧客の数は2023年1~5月は平均で一桁でしたが、足元では15~20件まで増えています。サイトを通じて当社のサービスが、詳細で正確な画像診断や病院のコスト削減につながることを理解してもらえていると考えています。
(編集協力 P&Rコンサルティング)