百貨店やGMS(総合スーパー)などで見かけるコーセーの化粧品販売コーナーや化粧品専門店では、美容スタッフなどによるカウンセリング販売のスタイルが変わり始めている。
化粧品の製造・販売を行うコーセーは、iPadから利用する自社開発の店頭支援システム「K-PAD」を2013年4月より順次導入し、接客時のサービス向上や店舗業務の効率化を進めている。
「来店されたお客様の情報をK-PADからすぐに確認できるので、前回ご購入いただいた化粧品やお肌チェックの記録などを確認して、よりきめ細かいカウンセリングできるようになりました。店舗業務においても、以前は紙の顧客台帳を利用していたため、例えばお客様へのダイレクトメールは宛名を手書きしていましたが、K-PAD導入後は電子データから直接プリントできるようになりました。売上実績や商品管理などの報告業務も紙台帳に比べてスムーズになり、こうして節約できた時間をお客様サービスの向上に充てられるようになりました」と同社の美容スタッフからの評価は上々だ。
紙ベースの台帳管理から全店舗の統合的なデータ管理体制へ
iPadによる新しいシステムを企画したセレクティブブランド事業部 推進部 販売推進課の星野光哉氏は、導入の背景を次のように語る。
「当社の美容スタッフが常駐するスーパーやGMSの化粧品コーナー、および独立店舗の化粧品専門店など、人を介して肌のカウンセリングをしながら商品を販売する店舗では、ごく一部しかシステム化していませんでした。ほとんどの店舗では紙ベースの台帳で顧客情報や販売管理を行っており、全店舗の情報を一元的に管理・分析する体制ではなかったのです。システム化している一部の店舗から得られる販売履歴などの情報をサンプリングして売上傾向を分析していましたが、もっと正確なマーケティング施策を行うには、対面販売を行う店舗から統合的にデータを収集するシステムが必要でした」(星野氏)
紙ベースの台帳の電子化を基本にしつつ、店舗スタッフの業務効率を改善する機能も持たせたいという販売推進部門からの要望を受け、新たなシステム構築に取り組んだ情報統括部 部長 小椋敦子氏は、当初からクラウド型のアーキテクチャに絞り込んでソリューション選定を進めたと打ち明ける。
「販売チャネルを選ばない店頭支援システムを構築するにあたり、システム負荷の最大値を事前に予測するのは困難でした。クラウド型のアプリケーションサービスであれば、システム負荷に合わせてサーバ能力をスケールアップしていけるので、今回のシステム構築ではクラウドサービスが最適と判断しました」(小椋氏)
接客に使うデバイスの選定では、ファッション性を重視する化粧品店にマッチするデザインや操作性が求められる。さらに化粧品コーナーとの親和性を考慮して、ボディ色にホワイトがあるiPadの採用が初期段階で決定した。
顧客情報を扱うシステムとしてセキュリティ対策は万全を期さなければならない。
「店舗で利用するiPadはサーバのデータを参照するだけで、端末側にデータが残らない仕様としました」(小椋氏)
百貨店などでは販売店独自のWi-Fi規制を敷くところも多いため、iPadは通信キャリアの3G/LTE通信回線を利用できるセルラーモデルが有効であった。さらにiPadから通信キャリアの通信網を経由してクラウド上のサーバへつながるネットワーク、およびサーバに蓄積したデータを社内の基幹システムに同期させるネットワークは、どちらもIP-VPNによる閉域網とした。
「クラウドサービスの選定では、CPUやディスク容量といったリソースを時間単位の課金で増強できるスケーラビリティがあり、IP-VPNによるセキュアな接続環境がインフラとして提供されていたAWS(アマゾン ウェブ サービス)を選択しました。また、iPadとAmazon VPC(仮想プライベートクラウド)を閉域ネットワークで接続する仕組みとして、ソフトバンクテレコムから『ダイレクトアクセス for AWS』が提供されていたので、ソフトバンクのiPadおよびIP-VPNネットワークを採用しました。AWSへ接続する際にVPN認証、アプリ認証、端末固有情報をサーバ側でチェックする3重のセキュリティを施しています」(小椋氏)
同社が新たに構築したシステムの概要は、以下の動画のようなものだ。
K-PADに盛り込まれた化粧品メーカー独自の機能
店頭支援システムとして誕生したK-PADには、各店舗で個別に運用されていた顧客管理台帳や売上台帳を代替する基本機能に加えて、iPadならではのユニークな機能も盛り込んだと、開発にあたった情報統括部 システム企画課 金澤龍次氏は語る。
「導入当初は600店舗に導入していますが、将来的に1,000店舗以上に拡大する想定ですので、ユーザーインタフェースは極力シンプルにして、マニュアル不要で使えるアプリを目指しました。紙で運用していた台帳の要素をすべて盛り込むことはもちろん、iPadの操作性を最大限に引き出して、接客に必要な情報をバランス良く配置するように努めました。例えば、画面のカテゴリ分類やお客様ごとの申し送り事項を参照するメモ機能、アラート機能などです」(金澤氏)
単純なメモ機能を付けても、接客中にすべてのメモを確認できるわけではない。そこでひとりの顧客に対して3つまでを重要メモとして登録でき、iPad上で顧客情報を呼び出したときに、「最初に確認すべきこと」として画面に表示させるようにした。例えば、「化粧品に含まれる○○の成分が肌に合わない方」「前回にサンプルを渡したので、必ず使用感を聞くこと」といった重要な申し送りを表示できる。
また、アラート機能は一定期間来店のなかった顧客の画面を赤く表示して、この顧客は常用の商品を2カ月購入していないなどと注意喚起することで、補充購入を勧めるといった販売機会を創出する。紙台帳では気付きにくかった情報でも、購買・来店履歴を電子化することで、より質の高い接客サービスにつなげられる。
「店頭の接客業務で使用する際、アプリの反応が遅いとお客様をお待たせすることになりますので、iOSのネイティブアプリとして応答速度を高めています。また、美容スタッフがログインした時点で必要なデータを先に読み込んでおくといった工夫もしています」と語るのは、情報統括部 システム企画課 鈴木総一氏だ。K-PADの導入後、接客業務に関するサーバ負荷やネットワーク負荷は問題なかったという。
「一方、店舗ごとに売上データを商品単位で集計するといった社内業務をネイティブアプリで処理する際のサーバ負荷が高いことが判明したため、接客で利用するネイティブアプリとは別に、集計機能はブラウザ経由で利用するWebシステムとして提供しています」(鈴木氏)
2013年4月の導入から1年を経たK-PADは、接客サービスの向上や店舗スタッフのあて名書き、報告業務、リアルタイムの売上把握といった業務改善に大きな成果をもたらした。今後は百貨店やGMS、専門店などのチャネルごと、あるいは地域特性などを加味した販売促進施策を店舗に配信していく第2フェイズに軸足を移していく予定だ。さらにK-PAD以外の社内システムも順次、クラウド化することでサーバコストの最適化も進めるなど、同社はICT活用による業務効率化に積極的な取り組みをみせている。