たばこを吸う人と吸わない人、双方が快適で共存できる環境づくりをすすめる日本たばこ産業では、企業や自治体、あるいは飲食店などへの分煙環境整備支援を展開するなか、iPadに格納した動画やカタログ資料を活用することで、より効果的な分煙コンサルティング業務を達成している。
分煙環境整備に不可欠なノウハウをどうやって納得してもらうか
「当社では2004年から分煙環境の整備に必要な専門ノウハウを提供する『分煙コンサルティング』活動を始めさせていただきました。当時は時代の変化と共にたばこに関する社会的関心が高まりつつある中、分煙に対するニーズが増えていましたが、ノウハウや方策が確立されていないのが現状でした。そこで、たばこメーカーとして、弊社の商品を愛用いただいているお客様がたばこを愉しめる環境を整備する一方、たばこを吸われない方のたばこの煙やニオイによる不快感を低減する配慮や工夫を提供することで、協調して共存できる環境づくりとの観点から、分煙コンサルティングを始めさせていただきました。現在全国25支店に約150名の分煙コンサルタントを配置して、オフィスビルのオーナー、管理会社、デベロッパーや設計会社、飲食店などさまざまな方々に無償でコンサルティングを提供させていただいております」と語るのは、社会環境推進部課長の石田頼弘氏だ。
当初は問い合わせに対応する受動的な活動だったが、分煙に対する社会的ニーズの高まりを受け、2012年からはより積極的な提案型コンサルティングに移行している。
例えば、ちょっとした工夫ですが、喫煙室のドアを選択する際、引き戸の方が開き戸よりも煙を外に漏らさない。開き戸は、ドアの開閉動作によって室内の空気を外へ引き出してしまう(内開きの場合も同様)。一方引き戸は、ドアの開閉時に開口部付近の気流の乱れが少ないため、煙が漏れにくい。これ以外にも換気風量や排気口の位置、壁紙や床などの内装材など、さまざまなノウハウがある。
「こうしたノウハウは、弊社分煙試験室での技術的な研究や検証、分煙コンサルティング活動の積み重ねの中での知見です。これをクライアントにご説明する際、紙の冊子に加えて、iPadに格納された動画などを併用することで、よりクライアントの理解が深まりました」(石田氏)
分煙のカタチは、個室による分煙からフロア分煙、パーテーションなどで区切ったエリア分煙、局所排気による分煙まで多種多様だ。さらに、設置予定場所や面積、予算などの個別ニーズ、またパーテーションや壁材・床材、換気扇や空気清浄機など、分煙に必要なアイテムもさまざまである。従来は、過去に手掛けた喫煙スペースの事例集を紙カタログとして用意しておき、飲食店、オフィスビルといった訪問先に合わせて資料を抜粋していた。しかし、準備していない事例やアイテムの要望があった場合、一旦持ち帰り後日訪問や資料送付といったケースも生じていた。
こうした課題を解決するために同社はiPadを導入し、動画やカタログをすべてiPadに格納してプレゼンテーションを行う手法を採用した。
既存資料から必要なページを抜き出せるカスタマイズ機能付きアプリを活用
同社がiPadを活用するために導入したのは「スマートセールスカタログ」(提供:博報堂アイ・スタジオ)という営業支援ソリューションだ。ビューア機能により、紙カタログを電子化したPDFファイルはもちろん、画像や動画を簡単な操作でiPadから閲覧できる。
さらに「スマートセールスカタログ」では、異なるファイルから利用したいページを抜き出して、1つの提案ファイルに集約する「パーソナルストーリー」機能も提供されている。特定の顧客ニーズに合わせた資料を用意できるようになり、提案中に複数の資料を行き来する手間が省けて、スマートな提案が可能になった。
同社では、過去にコンサルティングを実施した喫煙スペースの事例や各種アイテム(内装材やパーテーション、空気清浄機、灰皿など)のカタログ、同社Webサイトでも公開されている動画やテレビCM、分煙環境の設計資料、分煙コンサルタント自身が利用する社内マニュアルなど、ほとんどの資料をiPadに格納することで、分煙コンサルティング活動の効率化を目指した。
事例集、アイテム集、動画を集約した「パーソナルストーリー」の具体的な活用やその効果は、以下の動画の通りだ。
また、iPadの新たな用途として取り組んでいるのは、喫煙スペースの現地調査に利用する「喫煙環境チェックシート」の電子化だ。現在はExcelで作成した調査シートをプリントアウトして現地では手書きでデータを書き込み、必要に応じて帰社後にパソコンに再入力をしている。現地写真はデジカメで撮影して、こちらもパソコンに取り込むという一連の作業は、業務負荷を高める要因となっている。
これを解決する手法として検討を進めているのが、iPadからExcelファイルを開けるアプリ「Numbers」の活用だ。現地調査の現場でExcelファイルにデータを直接入力し、それをメールで自分宛てに送信することで、オフィスのパソコンからファイルを利用でき、データの再入力作業は不要となる。また、iPadで撮影した現地写真も同様にメール送信し、オフィスのパソコンに取り込む。こうした業務フローを構築することで、オフィスで行う業務の効率化も目指している。
動画を使ったプレゼンテーションが分煙の有用性の理解促進
快適な分煙環境を用意することで、オフィスビルであれば不動産としての付加価値が高まり、飲食店は非喫煙者からのクレームが減少して売り上げ増につながる。こうした分煙のメリットを理解してもらうのが分煙コンサルタントの重要な仕事だ。新しい提案ツールの導入で業務はどのように変化したのか、社会環境推進部課長代理の古田剛氏はその効果を次のように語る。
「やはり動画をお見せするとクライアントの納得感は非常に高くなりますね。当初はあまり分煙に積極的ではなかったクライアントでも、動画を使って具体的な効果を訴求すると、分煙環境を整えるメリットを理解してもらえます。以前の紙カタログでも理解は得られていましたが、iPadを使うようになって、より短時間で分煙のメリットを理解してもらえるようになりました」(古田氏)
例えばコンサルティング中に、有名な商業ビルに入っている喫煙スペースの構造や内装などについて質問されても、「スマートセールスカタログ」に格納した事例を検索して、すぐその場で詳細な情報を返答できるようになった。
「以前紙ベースの資料の時はクライアントから用意していない事例などの話が出たとき、口頭では説明するのですが、ビジュアルと併せて説明する場合と比べるとやはり理解度が変わってきます。あの資料も持ってくればよかったなと思うときがよくありました。iPadを使った提案ではその場で理解を得られるケースが増えたため、そういった機会が減り、顧客満足度向上につながるとともに、クライアントを再訪問する回数も減りました」(古田氏)
iPadの利用率を高めるための動画マニュアルを制作
同社のiPad利用については、まず、導入にあたっては各支店の活動に応じて弾力的に運用していると石田氏は語る。
「便利なツールは用意しましたが、使用するかどうかは担当者の判断にゆだねています。ただ、導入から1年後に、iPadの導入効果を調査したところ、ほぼ半数の分煙コンサルタントがiPadを定期的に利用しているという結果が出ました。これは予想以上に高い数字でした」(石田氏)
常時iPadを利用している人では、案件の完結までに要する訪問件数が平均3回から2回に減少、さらに訪問前の資料準備時間の削減など、定量的な導入効果が確認されたという。利用頻度の高いスタッフから寄せられた要望に対しては、前述した現地調査時の「喫煙環境チェックシート」を電子化する取り組みなど、iPadを使ったさらなる業務改善にも意欲的だ。
また、この調査から「利用していない理由」はiPadの操作方法がよく分からないためだったと判明した。そこで動画による操作マニュアルやiPad導入の効果をまとめた啓発動画を作成し、iPadの操作に不慣れなスタッフのサポート対策も始まっている。
iPadを導入した企業では、利用率の向上に腐心しているケースは少なくない。講師を全国支店に派遣して講習会を実施する対策もあるが、相当の経費負担がネックとなる。同社のように、動画マニュアルを利用する手法は、全国展開する企業にはよい参考となるだろう。