オムロンフィールドエンジニアリングは、全国で約140カ所のサービス拠点に、保守作業員(カスタマエンジニア、以下CE)を配置し、駅の自動改札機や銀行のATMなど幅広い機械システムの保守業務を行っている。保守依頼顧客のもとへ出動するCEの作業品質向上と作業時間効率化を目指していた同社では、iPadを活用した業務オペレーションの導入で、保守業務に関わる事前準備や事務処理時間がほぼゼロになるなどの効果をあげている。

その概要は、以下の動画のようなものだ。


同社で障害対応を担当するCEの鎌田祐也氏は、その効果を次のように語る。

東部カスタマサービス本部 首都圏第一支店 横浜テクノセンタ 鎌田祐也氏

「現在のATMなど、ほとんどの機器がパソコンのような精密機械です。そのため、障害に対する作業資料やソフトも、事前に綿密に調べて現場に持ち込む必要があります。現場に向かうまで、以前は必要な情報を調べるのに15分、それに加えて調べた資料の印刷時間に10分くらいかかっていましたが、iPadのお陰で、それらの作業がすべて不要になりました」(鎌田氏)

保守サービス業務を根底から見直し、まず現状の顧客要求に合致するよう、最適な業務フローを構築した。進めていく中で情報の伝達に情報端末が不可欠であるとの結論に達した。それがiPad導入のきっかけだったと語るのは、システム開発を担当した企画本部 情報システム部 情報システム課 課長 主幹 永田誠氏だ。

企画本部 情報システム部 情報システム課 課長 主幹 永田誠氏

「顧客満足度・サービス品質向上、併せてエンジニアの働きやすさ、この2点を追求したところ、ペーパレス化やレポートの電子化案が浮上しました。そこで、iPadを活用したコンタクトセンタシステムの根本的な業務改革を実行し、CEとコンタクトセンタやサポートデスクの業務連携の効率化やCEが本来取り組むべき保守作業に専念できる体制を追求したところ、CE、コンタクトセンタスタッフ、サポートデスクスタッフで、合計年間57万時間ほどの業務時間削減を見込める効果が生まれました。削減された時間でCEの研修時間を増やすなど、更なるCEの保守技術向上へと役立てていく方向です」(永田氏)

同社の年間保守件数は約31万件、扱う機器数は72万台と、常に一定量の保守業務が発生している。障害発生後、CEが素早く現場に到着し、精度の高い保守作業を実施すれば顧客満足の向上につながる。

企画本部 情報システム部 情報システム課 リーダ 相川祐二氏

「CEは複数の業界顧客を担当しています。またその顧客により複数種類の機械保守を請け負っているケースも多く、それらすべてを保守するための知識・技術が必要になります。そのため、習得する知識や、現場で使用するマニュアル類、手順書なども多いのが特徴です」と語るのは、企画本部 情報システム部 情報システム課 リーダ 相川祐二氏だ。

保守業務を見直した際に浮上したのが、CEが現場作業をするために必要な情報取得に時間がかかっている点だった。

「そこで、CE自身が現場で効率的に情報を取得できる環境を整えると同時に、CEの作業状況をバックオフィス側で正確に把握しサポート体制を強化できる方法を検討しました。構想を可能にするツールがiPadでした」(相川氏)

顧客情報やマニュアル類をiPadで自動伝達

同社は、全国のCEにiPadを配付し、iPadを介してコンタクトセンタやサポートデスクと情報のやりとりができるシステムを構築した。

「『情報武装化』と呼んでいるのですが、お客様先で必要な情報はあらかじめiPadにプッシュ送信しておき、CEが自ら作業現場で入手できるツールを提供したのです」(相川氏)

コンタクトセンタが顧客からの障害発生を受電すると、コンタクトセンタスタッフがiPadのGPS機能を利用して現場近くにいる作業可能なCEを特定し、担当をアサインする。担当CEのiPadには、顧客の地図情報、設置場所、受付内容が自動送付される。

「顧客契約情報、現在の障害状況、過去の対応履歴、修理回数など詳細な情報までiPadを見ればその場で確認できます。加えて必要なマニュアル類も自動で添付される仕組みです」(永田氏)

コンタクトセンタからアサインがあるとCEのiPadにアサイン情報が表示される。CEは、iPadから詳細な顧客情報を確認し現場に向かう

毎回同じCEがアサインされるとも限らず、障害内容の難易度によっては、途中でCEが交代することもある。そのような引き継ぎ情報もiPadなら瞬時に情報共有できる。

導入前、CEは携帯電話でアサイン指示を受けると、事務所のパソコンから顧客情報を見て必要情報を準備していた。

「実際は、出先でコンタクトセンタからのアサインを受けることが多いため、携帯電話ではほとんど情報が分かりません。受電時に聞いた障害内容からCEが経験と勘で、『この障害ならこのまま直行できるだろう』『これは一旦事務所に戻って資料を準備してから向かおう』と判断していましたが、直行で現場に向かってみても、到着したら様子が違っていて、事務所に資料を取りに戻ったり、その場でサポートデスクに電話で聞くなどして時間がかかっていました」(鎌田氏)

iPad導入により、CEが場所を問わずに自分の目で詳細情報を確認することが可能になった。事前に詳細な情報を確認した状態で現場に到着すると、その後の作業もスムーズだという。

「今は、現地とサポートデスクでのやり取りがピンポイントな技術情報の問い合わせに限定され、事前準備等に関する問い合わせがなくなりました。現地に向かう間に、iPadから詳細情報をインプットして現場に到着できるので、保守作業が効率よく行えるようになったと実感します」(鎌田氏)

また、帰社後の事務作業報告も一切不要になった。作業報告書は、iPad上で入力・チェックしていく過程で、自動的に作成される。iPadの作業報告書画面に顧客から手書きでサインしてもらえば、そのまま電子書類としてデータベースに格納される仕組みだ。データは、アクセス履歴が詳細に分かるセキュリティ度の高いサーバに保管される。

「私が担当している業界の機器メンテナンスでは、多いときには1日5~6件の保守をこなして事務所へ帰社します。以前は、事務所に戻ってから報告資料を作成していました。1件あたり3~5分。作業報告書は保管が必須となる書類のため、ファイリング作業も必要です。作業はその日のうちに欠かさず行っていましたが、遅い時間に帰社した後の事務作業はやはりつらいです。しかし、それらもすべて不要になり、業務負担が減りました」(鎌田氏)

iPad上で顧客に保守サービス報告書(左)を確認してもらい、iPadにサインしてもらう(右)

必要なマニュアル類はiPadに常備

CEが現場に持ち運ぶiPadには、マニュアル、手順書、作業チェックリストなど現場で必要とされる情報がすべて格納されている。

「現場で使用するこれらの資料は、常に最新版を携行する必要があります。万が一古いバージョンを基に作業を実施してしまうと作業ミスにつながってしまう恐れがあり危険です。iPadを導入し、作業時に必ず最新のドキュメントを閲覧可能にしてミスのない作業ができる環境を整えるということも導入目的の一つです」(永田氏)

かつては、こうした資料はすべて紙媒体だった。個人資料のファイリング管理もCEが各自で行っていた。このため、各個人が持っている技術ノウハウが共有できていなかった。iPadが配付されてからは、Google ドライブ上で資料やノウハウの共有が可能になったため、「以前は、先輩からコピーさせてもらって伝授された『虎の巻』も、今では誰でも『虎の巻』を作って、Google ドライブ上にアップロードすれば、CE全員で共有できます。いつでも誰でも閲覧可能になり、本当に便利です」(鎌田氏)

東部カスタマサービス本部 首都圏第一支店 横浜テクノセンタ 山本明里氏

さらに、Google Apps経由で情報連携し、サポートデスクでナレッジを精査し、全国で同機器をメンテナンスするCEに情報共有するというルートも生まれたという。

iPadに資料を格納することについては、まず女性CEの反応が好評だったと相川氏はいう。重たい資料の持ち運びは深刻な負担だったと語るのは、CEの山本明里氏だ。

「作業用工具も必要なため、CEは工具かばんに資料と工具を入れて持ち運ぶのですが、かばんを持ち上げることが困難なほどの重量があり、キャリーバックに入れて運んでいました。電車に乗ってお客様先へ移動するので、満員電車や階段など、現地に着くまでに一苦労でした。今は紙の資料がなくなって、移動が楽になり保守業務に専念できます」(山本氏)

iPad導入前の移動風景。現場で不足する資料がないよう、必要そうなマニュアルはすべて持ち運ぶ必要があったため、移動には相当負荷がかかっていた

CEの作業進捗状況をリアルタイムに把握

今回、iPad導入によるもうひとつの大きな成果は、CEの作業工程を位置情報も含め正確に掴むことが可能になったことだ。エンジニアの到着時刻や復旧見込みを正確に知りたい、保守時間を少しでも短縮してほしいなどの顧客リクエストに応えるには、現場にいるCEの情報把握が必須だが、iPadのGPS機能がこれを可能にした。

CEがiPadで作業を進めていくと、その時点の正確な位置情報とステータスがサーバに送信される。これでCEの現在位置を地図上にプロットでき、コンタクトセンタやサポートデスク、事務所にいるマネージャーが作業進捗を確認できる。

「たとえば、以前はサポートデスクで経過時間を確認し、1時間経つと電話を掛けて状況確認していましたが、電話応対のために作業中断することをCEは嫌がります。今は、何にどれだけ時間がかかっているか遠隔から把握できているので、例えば『原因特定中』のまま長時間ステータスが動かないCEへはiPadにポップアップで知らせて確認を取るなど、適切な対応が可能になりました。あとどれくらいでCEの作業が終わるのかを正確に把握できることで、長時間ダウンの削減や次の顧客へ効率良い業務アサインが可能になりました」(相川氏)

iPadで作業ステータスを選択するCE

サポートデスクのパソコン画面。地図上にCEの現在位置と作業ステータスが表示される

iPadのデジタルチェックで作業精度向上

CEの作業品質の向上の大切な要素である作業ミスゼロ徹底のためにも、さまざまなシステムロジックが取り入れられた。

iPadの作業チェックリスト自体が、決められた順番・箇所で重要事項のチェックを終えないと先の作業には進めないという仕組みになっているので、作業工程を飛ばしてしまうなどのミスは発生しなくなる。さらに、必要な箇所は、現場で作業をするCEの単独確認だけでなく、第三者確認を電話にて行っていたが、本システムはシステムを介し確認を経ないと次の作業画面に進めない。第三者確認とは、サポートデスクや、事務所のマネージャなど有識者が第三者の目を通して工程終了を担保する仕組みだ。

CEの作業過程が第三者確認箇所になると、サポートデスクに確認依頼が届く。責任者が、送られてきた写真やチェックリストをパソコン上でチェック後、確認ボタンを押すと第三者確認が完了する。以前は、サポートデスクに電話して"読み合わせ"などでミスがないことを確認していたが、聞き間違え・読み間違えなども稀に発生していた。直接現物資料を見ながらの確認作業の方が口頭確認より確実で効率もよい。

チェック未実施のまま先の工程に進もうとすると「注意事項を確認してください」のエラーがでて、次の画面に進めない

CEスキル向上でさらなる顧客満足度向上へ

iPadを導入したシステムを稼働させるために、既存のコンタクトセンタシステムも現状の顧客要求に併せた対応が可能になるよう、再構築を行い、2年半の歳月をかけ取り組んできたという同社。

例えば、コンタクトセンタでCEをアサインする際は、「このお客様のシステムをメンテナンスさせていただくためには、この資格が必須」とか、「このCEの次のスケジュールは定期点検予定だから、別要員を配置する」などの条件をシステム上で順位付けをして候補者が並ぶロジックを組んでいる。適正な人員配置で効率の良い稼働が実現しているという。

「こうしたコンタクトセンタ・サポートデスクと現場をつなぐ情報連携による業務効率化は、iPadのようなツールが世に出たから実現できたこと」と語る永田氏。

2014年は本システムでの成果を発揮するとともに、メンテナンスに使用する機材・部材の在庫手配を行う物流システムとの連携や、CEの研修をiPad上のeラーニングで実施するなどさらなる顧客満足度向上を目指し取り組みを進める予定だ。