フランス大手食品メーカー、ダノンの日本法人ダノンジャパンが、スーパーなど店頭での棚確認業務にiPhoneソリューションを導入して情報ツールとして役立てている。以前と比べ約8倍の情報量を収集し、正確な棚情報が本社へ集約されることにより今後の業務にさまざまな効果が見込めるという。
小売現場では正確な売り場情報取得が売上確保のカギ
メーカーにとって、自社商品を陳列する棚をいかに有利な場所に確保できるかは、売り上げを左右する重要な課題だ。顧客の目に付きやすい場所や広い棚面積を確保できれば、それだけ商品の売上拡大につなげられる。棚を所有する小売店側も、売れる商品を多く仕入れて売上を伸ばしたい。回転率の悪い商品は棚面積を縮小されたり売り場から外されてしまう。各メーカーはいずれも条件のよい棚を求めるため、棚獲得競争は熾烈になる。
より有利な棚位置を確保するには、現在の棚での売上拡大が求められる。その施策策定に大きな影響を与えるのが、最前線である店舗の棚情報だという。
「この店舗でこれだけの売り上げを上げたいと決めたら、有利な棚位置の確保と棚面積の拡大、商品回転率を高めること以外ありません。従って、実際の売り場で商品がどのように陳列され、販売されているかといった店頭状況をできるだけ詳細に把握することが重要となります」と語るのは、同社でインフラストラクチャーおよびIT基盤系業務を統括するITマネージャー 瀬川大氏だ。
ダノン商品は、全国の小売店約2万店の店頭で販売されている。その現場からいかに情報収集できるかが、同社にとっての生命線といえる。同社の営業担当者の営業活動の質と効率を上げ最大のパフォーマンスを出すため、店舗情報収集業務ではラウンダーと呼ばれるアウトソース社員が活躍する。定期的に店舗を訪問し棚状況の確認を行っている。ラウンダーが、全国のエリアに分かれて担当店舗を車で回り店舗の商品陳列状況、棚状況などを本社にフィードバックしている。
業務プロセス効率化を推進しアプリ開発などを手掛けるISビジネスシステムマネージャー 戸川剛太氏はこう語る。
「ラウンダーから吸い上げられる情報によって状況把握が容易になり、その後の営業対策がスピーディになりました。たとえば商品がレイアウト通りの陳列になっていなかった場合は、店舗担当者に折衝して改善してもらいます。改善できない場合は、当社の担当営業を通じ再折衝します。店舗状況を正確に知ることで、様々なアプローチをとる事ができます」(戸川氏)
同社では、かねてよりラウンダーから情報取得するシステムを活用してきた。しかし、収集方法の効率が悪く、分析に役立つ情報を十分に得られないのが課題だった。そこで、既存システムを新たなシステムに移行させ、入力から分析まで一貫して情報管理できるシステム開発に着手した。これで取得できる情報量を増やし、より正確な分析を行うことができる。
並行して進めていたデータ回線、固定電話、携帯電話サービスなどインフラ環境の一元化によるコスト削減が見込めていたので、携帯電話も使い勝手の良いiPhoneに切り替えることにした。こうして2012年10月、ラウンダー全員へiPhoneを提供し、新システムでの稼働を開始した。
iPhoneと棚確認アプリ導入で、効率的な売り場情報取得を実現
同社が採用した新システムは、ダノングループのグローバルスタンダードとして利用されているSFA(Sales Force Automation:顧客情報や商談情報、日報などの営業活動に必要な情報を一元管理して、後方支援するためのシステム)のパッケージツールを日本語バージョンにカスタマイズしたもの。
使用方法は、ラウンダーがiPhoneからアプリを開き店舗の棚を確認しながらヒアリング項目を更新していく。目的、商品タイトルなどを選択すると、各商品について「取り扱いがあるか」「パッケージは不足していないか」「ブランドごとのPOPが設置されているか」といった項目に1つ1つ回答する。店舗から許可が出た場合は、iPhoneで撮影した棚状況の写真を添付して、最後にコメントを入力、サーバーへアップロードすれば棚確認作業が完了する。
「商品数が多いので、どうしてもヒアリング項目は多くなります。毎回一から打ち込んでいくと非常に時間がかかってしまう。そこで新しいアプリは、前回の入力情報を一部残したままでの操作が可能です。前回の入力情報を見ながら、今回変更があった箇所だけ情報更新していくシステムにして作業効率を上げることができました」(戸川氏)
デバイスには、以前はフィーチャーフォンを使用しており、ブラウザベースでシステム登録する仕様だった。ラウンダーは、棚情報をその場で登録しながらアップロードする必要があったため、限られた環境・時間で作業する必要があるにも関わらず、非常に時間がかかっていたという。オンライン状態でないとデータのアップロードができない仕組みは、電波がつながりにくい店舗や、多品種のPOP設置で作業時間がかかる店舗などは、特に効率が悪かった。
また、旧システムは新しいヒアリング項目を柔軟に反映できず、知りたい情報を十分得ることができないことも課題だった。商品の入れ替え時期や新商品投入時期などヒアリングしたい内容は変わるが、項目の追加方法は、新たな質問を「作り足す」機能しかなかった。古い質問項目は上に残ったまま、下に質問が追加されていくので、インタフェースもバラバラで、見た目も分かりにくい。ラウンダーは、質問項目を見逃さないよう注意深く下までスクロールし、漏れなくチェックする必要があった。
iPhoneに切り替えてからは、それらの課題は解消された。棚確認を終えて、車に戻ってから一括でアップロードが可能になり、電波状況を気にせず作業が可能になった。また、同じインタフェース内でヒアリング項目の入れ替えや削除ができるので、ラウンダーは必要な項目のみを表示した画面で作業ができる。分かりやすい画面になったお陰で、確認作業の短縮や項目の見逃しを防げるようになった。
ストア情報入力画面(左)、棚詳細情報入力画面(右) |
多角的な分析が可能になり、問題点や営業課題を正確かつ素早く解決
iPhoneによるヒアリング方法で、本社側の分析業務も大きく向上した。今までは、ブランド名など大項目でしかヒアリングできなかった項目を、SKU単位(Stock Keeping Unit:在庫管理を行う場合の最小の分類単位)で管理し細かいラインナップで状況確認が可能になり情報の質も向上した。本社側システムでマスター情報を修正すれば簡単に項目を変えることもできる。
さらに、特定の店舗に対してのみ項目を追加することも可能なので、小売店ごとに特有の調査結果を得ることもできる。小売店ごとにデータを取って個別の戦略を立てることも可能になった。また、旧システムでは2日程度かかっていたレポーティング作業も、ラウンダーがデータ入力した時点でサーバー上に自動集計されるため不要になった。
かつてのシステムでは、作業時間内で5行の質問項目に回答するのがラウンダー業務の限界だったが、今では40行の項目に回答可能になった。単純に行数で約8倍の情報量を取得できるようになったのだ。
「iPhone導入前は、収集できる情報量が少なかったため、現場の状況はラウンダーの主観的な報告に頼る部分が大きかった。しかし今では、ヒアリング項目も増えました。多角的な現場情報により、より深い分析ができるようになりました」(戸川氏)
圧倒的な情報量を取得し、情報精度の向上に成功した同社。新たな課題は、増加した収集データをどう処理し、活かしていくかだという。今までは収集できなかったさまざまな角度からのデータを用いて分析することで、数値的根拠に基づく具体的な施策策定が可能になり、判断までに要する時間の短縮や、方向性を見誤るリスクを減らせるメリットが期待される。
「具体的な棚の長さをヒアリングして集約し、各店舗にどれだけの棚面積があり、その何パーセントを弊社商品が獲得している、といったデータまで管理できるようになっています。このような情報を基に、数値的な説得力のある資料を営業担当がラウンダーへフィードバックできれば、得意先小売店の売上向上へより具体的なアクションが取れるようになります」(戸川氏)
クラウド化の流れを背景に最新営業ツール導入へ
導入時期は、毎日のように日本全国を回って講習会やトレーニングなどサポート業務に追われた瀬川氏は、iPhone導入の取り組みをこう振り返る。
「システムとデバイスの両方を同時に変更した今回の取り組みは、同社として本当に大きなチャレンジでした。ラウンダーさんはスマートフォンに不慣れな女性が多いので、デバイス自体への抵抗感をいかに克服するかも含めトレーニングには時間を要しました。しかし、やっただけの効果は今後充分に見込めます」(瀬川氏)
「できるだけ多くの人々に食を通じて健康をお届けする」を企業理念に掲げ190を超える製造拠点を有し、グローバルにビジネスを展開するダノングループには、新しい取り組みに対して積極的な社風があるという。
日本法人でのiPhone導入の成功事例に対しては、グループ各国からも注目され問い合わせがきている。大量の情報を取得できる業務ツールへの切り替えに成功した同社のノウハウは、今後ダノングループ全体の業務改革につながっていくだろう。