ひとりに一台のパソコンが配付されるとは限らず、電話での注文や手書きの注文書とFAXで運用している企業もまだ多い建築業界。そんななか生コンクリート(以下、生コン)・鉄筋・建材の総合商社である吉田東光は、iPad miniの導入で売り上げに直結する業務効率化に成功した。

埼玉県さいたま市中央区にある吉田東光の本社(左)、工事現場の様子(右)

基礎工事を行う施工業者は、生コンプラント業者(以下、プラント)や建材店から資材を調達して工事を進める。さまざまな場所での工事を請け負うため、資材調達では都度近くの仕入先を探すことになるが、業者選定や価格交渉には時間も手間もかかり、施工業者は毎度頭を悩ませるという。

そこで吉田東光が施工業者とプラントや建材店との仲介役を果たし、施工業者の資材調達先を探す労力を解消している。同社では、関東一円に点在するプラントや建材店のほか、残土処理場などあわせて2,000社近くと提携しており、施工業者の要望に即したプラントや建材店を斡旋する。

施工業者が近隣の工事のみを手掛けていた時代から一変し、近年では埼玉の業者が都心など遠方の工事現場を担当することもあるため、付き合いのあるプラントや建材店が近くにない現場での工事も多々発生する。こうした状況下で吉田東光が窓口となって仲介を行うニーズが高まり、同社の広域のネットワークが活かされている。

「創業60年の歴史のなかでは、ゼネコンとの取引をメインとする時期もありましたが、受注額は大きくても利幅が減少していき取引を続けるメリットを見いだせなくなりました。そこで平成14年頃からは中小の基礎工事業者を主なお得意様として地道に新規開拓し、業績を伸ばしています。生コン中心に事業を続けていくうちに、生コンに付随して必要となる鉄筋や残土処理などをワンストップで提供すれば相乗効果となってすべてが売れる。この勝利の方程式に辿りつき、生コン以外の商材を扱う協力会社とも多く提携するようになりました。競合他社でも生コン、建材、鉄筋、残土受け入れの4つのほか、バラセメント(袋詰めされていないセメント。生コン工場に納める)、を扱う企業は当社のほかにありません」と語るのは、同社IT室長の益田栄治氏。

こうした施策が功を奏して業績は順調に伸び、コンスタントに毎月20件ほどの新規顧客を獲得している。そして昨年度末にはiPad miniを導入し、さらに加速度的な右肩上がりの売り上げを達成している。

2012年12月にiPad miniを導入。活用が始まって以降、売上の前年同月比の実績は右肩上がりの傾向が顕著

順調に業績を伸ばす一方で、新たな問題も浮上した。取引先が増加するのに伴い、営業がそのすべてを頭に入れるのは難しくなり、紙のリストでの管理は限界に達したのだ。

課題は売掛金の回収と事務員、営業担当の時間ロス

株式会社吉田東光 IT室長 益田栄治氏

益田氏が同社に入社したのはおよそ3年前。それまではソフトウェア開発業者の立場から吉田東光をサポートしていたという。

「入社して、見えていなかった課題に気づきました。1つは売掛金の回収。2つ目は営業、事務員の作業効率です」(益田氏)

手書きのノートで管理されていた売掛金の回収状況については、IT化することで振り込み状況を社員全員がリアルタイムに共有し、遅延があれば督促する仕組みを構築し、前者の問題を改善。続いて2つ目の課題に取り組んだ。

同社では顧客からの問い合わせは基本的に事務所にいる事務員が電話で受けて対応する。問い合わせ内容は、新たな工事現場の近くにあるプラントや残土処理場、建材店などを紹介してほしい、というもの。これを受けて同社は付き合いのある取引業者を調べて斡旋する。

株式会社吉田東光 営業担当 佐藤健太氏

「付き合いの長い得意先からは事務所へ問い合わせが入りますが、新しいお客様からは営業担当者に連絡がくることが多いです。外出先だと資料がなくて取引業者が調べられないため、事務所にいるスタッフに電話して調べてもらい、折り返しをもらって、お客さまに再度ご連絡する、という対応をしていました」とiPad mini導入前の状況を説明するのは、営業担当の佐藤健太氏。

営業担当にとってはすぐに回答できないもどかしさがあり、事務員は他のお客様からの電話対応に集中できない歯がゆさを抱えていた。

「営業と事務員の業務効率を上げるため、バックアップする仕組みを作りたい、と考えを巡らせました」(益田氏)

ここで注目されたのが、iPadだった。

自社での最適なITツール活用方法を模索

まずは個人的に益田氏がiPadを購入し、使い方を模索したという。

「当社はメーカーではないので、カタログや提案ツールといった利用方法のニーズはありません。何ができたら役立つだろうと頭を悩ませていたときふと思い浮かんだのが、地図でした」(益田氏)

社長からの「おもちゃにならないように」との言葉を受け、具体的な利用シーンを想定して検討がなされていた最中、iPad miniが発売となった。携帯電話で通話しながら地図で工事現場を検索し、近くの業者を検索する。この利用用途においてiPad miniのサイズがちょうどよかったという。

株式会社エクサス プログラマー 田村仁志氏

取引業者の約2,000社すべてがマッピングされた地図検索システムを開発したのはエクサスだ。前職でSEをしていた経験を活かし、的確な要望を出す益田氏の期待に応えたのは、同社プログラマーの田村仁志氏。

「絞り込み検索がしたい、地図上に表示するアイコンを分かりやすいものに変えたい、といった細かな注文にも対応し、わかりやすいインタフェースに仕上がりました」(田村氏)

営業の意見もヒアリングし、使いやすさの追求がなされた。現場住所をキーワードに検索が可能で、地図上に近隣のプラントや建材店が表示される。それらはプラント、建材店、残土処理場などジャンルごとに色分けされたアイコンで表示されるので、目的の業者を見つけやすい。このシステム開発に目処が立ち、営業担当向けに25台のiPad mini配付が決まった。

地図検索システムにより営業効率と事務効率が向上

「社内でも社外でも同じ環境を」をキーワードに、Webシステムとしてリリースした地図検索システム。「パソコン、iPad miniどちらからでも利用できる」(田村氏)ので、営業担当はiPad miniのSafari経由で外出先からシステムを活用する。

「URLをブックマークし、IDとパスワードを入力してログインします。プラント、残土の処理場、など取引業者のカテゴリごとにアイコンが違うので、見やすいです。操作研修などを受けなくても、直感的に利用できています」(佐藤氏)

検索バーにキーワードを入れて検索できる。地図には色分けされたアイコンでプラント、残土処理場などが表示される。アイコンをタップすれば住所や電話番号など詳細情報が閲覧可能

iPad mini配付にあたっては、貸与者全員に誓約書へのサインを義務付け、MDM(Mobile Device Management)を利用することでソフトインストール不可などの制約を設けて運用している。外出先で利用するため、端末自体のパスコードロックも設定してセキュリティ対策を行っている。

「出先でこのシステムを利用できるようになってからは、お客様の問い合わせに即答できています。地区の名前で検索できるので、工事現場の所在地を聞いて検索すると、近くの工場などが一目瞭然です」(佐藤氏)

事務所への問い合わせも不要になり、営業効率だけでなく、事務員の作業効率も向上した。

今までは住所の一覧リストで管理していたため、問い合わせに回答するまでに10~15分ほどを要していたが、5分あれば対応できるようになったという。また土地勘のない場所であっても、地図で視覚的に検索できるのもメリットだ。

「対応スピードが向上して余裕が生まれ、こなせる件数が増えました。一件にかかる成約までの時間短縮により、確実にターゲットを獲得できるようになっています」(佐藤氏)

取引先の売り上げ履歴も同システムから閲覧できるので、「コストを抑えたい」といった顧客からの要望にも応えられる。「目的としていた営業、事務員どちらもの効率化ができ、みんなに喜んでもらっています」と満足気に益田氏はその効果を話してくれた。こうした効率化が少なからず売上向上にもつながっているようだ。

新規開拓の営業活動でもiPad miniが重宝

新しい営業先にアプローチする際も、地図検索システムが活躍するという。

「取引業者が多いことを言葉で伝えるより、『これがうちの取引業者です』と地図を見せると説得力がまったく違います」と佐藤氏。信頼性がある情報として伝わり、必ずいいリアクションが返ってくるため営業活動の効果的な手助けになっている。

地図検索システムのほか、メールもiPad miniで対応するようになったという。

「お客様からの依頼メールにPDFファイルが添付されている場合もあります。すべてiPad miniから閲覧できるので、外出先から対応可能になり、レスポンスの速さが向上しました。」(佐藤氏)

顧客からのメールには地図や図面などがPDFファイルで添付される。事務所に戻らなければ確認できなかった依頼にも、迅速な対応が可能になった

社内だけでなく取引先、得意先も巻き込んだシステム化を狙う

同社には、社名のイニシャルをとって「YTワールド」と銘打った計画がある。電話やFAXでの受発注や実績報告などアナログな面がいまだに多い建設業界。それをシステム化することで正確性の向上と業務の効率化が図られる。プラントや建材店などの仕入先、基礎工事を行う得意先、そして同社にとっても、手間を削減できるIT化は理想的。これがYTワールドの目的だ。

具体的には、プラントからの実績報告やミキサー車の空き状況の確認をWeb上で行うシステムを構築中だ。既に数社でのテスト導入が始まり、年内で10~20社への展開が予定されている。また、得意先には請求書を紙だけでなく、Web上でCSV形式のデータを取得でき、得意先の仕入れデータとのつき合わせ作業の効率化を図る仕組みを検討している。

今後、新卒を含め新たに営業担当となる社員向けには続々とiPad miniを配布予定。同社のITツール活用による成長は続く。