文具メーカーのゼブラでは、営業の勤務状況を調査したところ、移動時間が全体の約3割を占めるという結果が出たことを受け、移動時間中にメール応対や社内業務を処理できる業務改革が急務となった。こうした問題を解決するために、同社が検討したモバイル型デバイスがiPadだった。

スマートフォンやタブレット端末の普及に伴って、文具メーカーからさまざまなデジタル文具がリリースされている。文具メーカーのゼブラが販売する「手書きシリーズ」もデジタル機能を備えた新しいタイプの文具だ。ノートの上部にクリップ式の小型スキャナを挟むことで、手書きした文字を電子的に読み取り、テキストデータに変換してくれる……と言葉で説明しても、この製品の特長はなかなか伝わるものではない。

本社営業ユニット 営業業務企画部 部長 川口俊雄氏

「こうした今までにない特徴を持った商品は、紙カタログを使って説明しても時間ばかりかかってなかなか理解してもらえません。そこでiPadを営業担当者全員に配付し、商品紹介の動画をお見せするようにしたところ、たった30秒で商品を理解していただけるようになりました」と語るのは、iPadの導入を主導した営業業務企画部 部長 川口俊雄氏だ。動画制作は外注せず、営業業務企画部の社員が撮影、出演、編集まで行い、YouTubeにアップロードして日々の営業活動に活用している。

デジタル文具「手書きリンクパーソナル」の基本的な使い方説明のほか、商談編や議事録編などさまざまなバージョンの動画で商品をアピールしている(YouTube動画「ゼブラウィング 手書きリンクパーソナル」より)

パソコン持ち出し禁止が営業活動の制約に

同社ではセキュリティの観点から、パソコンの社外持ち出しを禁止しており、外出中の営業担当者が使える連絡手段は携帯電話を使った連絡とメールチェックに限られていた。

本社営業ユニット 国内営業本部 東京支店 販売1課 課長 江尻真人氏

「簡単な内容の連絡事項であれば、社内メールを携帯電話へ転送することで対応できていましたが、重要なデータを参照してお客さまへ回答するといった深い情報のやり取りまではできませんでした。そのため電話で内勤者に問い合わせてお客さまに回答するか、帰社してから対応するしかなかったのです」と、国内営業本部 東京支店 販売1課 課長の江尻真人氏はiPad導入以前の状況を振り返る。

東京支店の営業担当者は、朝から得意先を回って帰社するのはたいてい夕方になる。一方、地方拠点の営業担当者は、いったん出張に出ると数日間ホテルに泊まって顧客を訪問するため、帰社するまでパソコンにある各種の資料にはアクセスできない状況だった。帰社後に顧客からの問い合わせに対応したり、出張中にたまっていた日報や交通費精算といった社内業務を処理していると、肝心の商談に割ける時間を十分に確保できない。営業の勤務状況を調査したところ、移動時間が全体の約3割を占めるという結果が出たことを受け、移動時間中にメール応対や社内業務を処理できる業務改革が急務となった。

さらに出張の多い営業系の管理職にも解決すべき課題があった。大口顧客などに特別価格で販売したい場合には、各部長から本部長へ申請を上げ、決裁を得るというルールがあり、多い日には50~60件もの決済申請が上がってくる。部長や本部長が出張で社を離れると、すぐに100件以上もの未決案件がたまってしまうのだ。

セキュアな環境で外出先から自席パソコンにアクセス

こうした問題を解決するために検討したモバイル型デバイスがiPadだった。導入に当たって最も配慮したのはセキュリティ面である。端末の紛失盗難による情報流出への備えにはMDM(モバイル端末管理、リモート操作で工場出荷状態にリセットできる)の導入で対応。さらにiPad側にデータを残さない仕組みとして、RDP(リモート デスクトップ プロトコル)を利用することにした。VPN接続時と自席のパソコンに遠隔でログインする際の2重のアクセス制限を設けることで、非常に高いセキュリティレベルを確保した。社長以下全営業担当者、営業系を中心とした管理職、営業業務企画部のスタッフへiPadを配付、外出先からiPadを使って社内パソコンを利用できる環境を構築した。

国内営業本部 福岡支店 販売1課 黒木浩一郎氏はiPad導入によるメリットを次のように語る。

本社営業ユニット 国内営業本部 福岡支店 販売1課 黒木浩一郎氏

「お客さまに提出する資料や見積書に一個所でも修正が入ると、以前なら社に戻って作り直して再度商談に出向く必要がありました。今では商談中にiPadからRDPで自席のパソコンにログインして資料を修正し、パソコンからお客さまにメールで資料をお送りできるようになりました。紙資料を急いで用意する場合でも、外出先から社内プリンタで印刷して、内勤者に発送してもらうといった素早い対応が可能です」(黒木氏)

クラウドを活用した営業の提案力の向上

同社の営業先は、文具を専門に扱う代理店から大手の量販店や中小の文房具店、名入れサービスを利用する企業などのエンドユーザーまで多岐にわたる。同じ商品の提案書といえども、代理店向けには価格を記入するが、エンドユーザーには直接販売しないので価格は入れないなど、営業先のパターンに合わせた資料を用意するのは大変な手間がかかっていた。

「紙で資料を作っていた頃は、1つの提案書でもかなり分厚い資料になりました。一日の訪問先は数件から10数件になります。訪問先ごとの資料をかばんに入れて営業に出るのですが、準備するのが煩雑で資料を入れ忘れてしまうこともあり、そんなときは商談延期となってしまいます」(黒木氏)

こうした機会損失を防ぐために、クラウド上に構築されたファイル共有スペースをiPadから閲覧できる「CLOMO SecuredDocs」を導入、営業用資料は電子化して外出先からいつでも参照できるようにした。

「必要な資料はiPadを使っていつでもお客さまにお見せできるので、想定外の商材について聞かれてもその場ですぐに答えられるようになりました。CLOMO SecuredDocsには必要な情報が分かりやすく整理されているので、迷わずに必要な情報を取り出せます。さらにRDPで自分のパソコンにログインすれば資料を閲覧できるので、社に持ち帰って再提案という事態はほとんどなくなり、営業全体で提案のスピードアップが達成できました」(江尻氏)

冒頭に紹介した商品PR動画の活用も含め、iPadを使うことでそれまでにできなかった提案活動が実現して、営業力の底上げにつながっているのは確実だ。それ以外にも、iPadを導入したことでモバイル型のワークスタイルが実現し、業務効率の向上も始まっていると川口氏は指摘する。

「対昨年比で顕著に残業が減った地方拠点が出てきました。地方は出張が多いので、移動中やホテルでも業務を処理できるようになり業務効率が向上した結果だと考えています。東京は大手顧客が中心で競合も多く、あの手この手の提案を駆使する必要があるのですが、iPadを導入したことによって一日の訪問件数が増えたり、商談時間が増えているようです。また、課題だった管理職の承認業務についても、いまでは出張中に処理できるようになり、未承認案件が滞留することはなくなりました」(川口氏)

ゼブラでの実際のiPadの活用法は、以下の動画ようなものだ。


埋もれた情報資産や在庫データの見える化も視野に

同社がRDPを採用した背景には、セキュリティのほかに既存の社内システムに変更を加えることなく活用することでイニシャルコストを抑える目的もあった。営業資料に限らず、総務・人事系など多くの既存システムは、RDPにより外出先からiPadで利用できる環境が整った。しかし、商品在庫データの参照や顧客履歴といった基幹系データについては、現在のところiPadからはアクセスできない。

本社営業ユニット 営業業務企画部 営業ユニット管理課 市川宗幸氏

「以前に比べて、外出先の営業担当者から内勤者に掛かってくる電話の問い合わせはかなり減っていますが、まだ在庫データの参照依頼などは内勤者の対応が必要で、完全なモバイルワークスタイルは実現できていません。在庫データや顧客データなどをできるだけ早くiPadから見られるような仕組みを作って、直行直帰が可能な状況へ持って行きたいと考えています」と営業業務企画部 営業ユニット管理課 市川宗幸氏は今後の展開を語った。

過去の商談記録やカスタマイズした製品写真などは、社内の各所に散在してすぐに再利用できる状態にないという。こうした活用しきれていない情報を集約し、営業担当者が必要な時にいつでもどこからでも商談に利用できるSFA的なデータ統合を実現することで、競合他社にない競争力を獲得する活動も動き始めている。詳細は非公開とのことだが、こうしたデータ活用が完成すれば、同社の営業力は大幅に向上するに違いない。