金融機関・自治体向けシステムや企業のコールセンター向けCTI(Computer Telephony Integration)システムといった独自パッケージソフトウェア開発を手がけるITソリューションプロバイダーのアイティフォーでは、経営トップを含めた取締役および事業部長以上にiPadの携帯を義務付け、情報伝達の迅速化に成功している。
全国の企業・自治体に自社ソリューションを提供する同社では、顧客対応に当たる技術職はもちろん、事業部長職以上の幹部社員も顧客対応や出張でオフィスを離れることが多く、承認作業が滞ったり、重要な情報がリアルタイムに伝達されないといった課題を抱えていた。
情報共有ツールとしてトップダウンでiPadの導入を決定
重要な顧客情報を扱う同社は、徹底した情報セキュリティ体制をとっており、パソコンの操作ログを残すのはもちろん、オフィスやサーバルームへの荷物持ち込み規制や監視カメラの設置などで、情報漏えい・改ざんなどの防止に努めている。パソコンの社外持ち出しは申請制となっており、顧客先でデモを実施する必要がある場合などを除いて、基本的に外出時にはパソコンを持ち出さない。こうした強固なセキュリティ体制は、一方で日常業務の遂行をやりにくくする側面もある。
「事業部長職以上の幹部社員が抱えていた課題のひとつは、顧客からの問い合わせや緊急対応が必要な事案が発生した際に、情報がすぐに伝わってこないこと。携帯電話のブラウザを使ってWebメールをチェックできる仕組みは提供していましたが、使い勝手の面などからリアルタイムな情報伝達にはなっていなかったのです。また外出や出張が重なると、数々の承認処理が滞留して、本来の業務を圧迫する状況も散見されました」と語るのは、事業本部 IT推進部 部長 百合野洋一郎氏。
そこで着目したのは、業務のリアルタイム性を向上させるツールとしてのiPadだった。
iPadの発売直後からテスト運用を実施した結果、通信機能を生かして場所を選ばない情報活用に効果があると判断。タッチパネル式の操作性も問題ないことから、社内導入を決定した。その際、まずは経営トップからiPadを使ったワークスタイル変革の口火を切ってもらおうと、社長と一部の役員にiPadを渡した。
「以前は、月曜日に出社すると大量の未読メールが溜まっていて、午前中はメール処理に追われてしまう状態でした。ところがiPadを使えば、休日中や出勤途中などの時間を使ってメールチェックを終わらせておけます。出社したらすぐに部門長などに指示を出せるようになったと、大変好評でした。iPadの配付範囲を幹部社員にまで拡大すれば情報伝達スピードの向上効果が出ると、トップダウンでiPad導入が決まり、最初のステップで取締役と事業部長全員がiPadを持つようになりました」(百合野氏)
さらに次のステップとして幹部社員に対して約50台のiPadを配布してから、情報の流れが速くなった。以前なら、何か問題が生じてもなかなか上層部まで情報がエスカレーションされないこともあったのだが、現在では常に幹部社員がiPadを持っているので、問題発生から間をおかずに担当の幹部社員に連絡を入れる習慣が現場に根付いた。iPadは現場と幹部社員を結ぶ“ホットライン”として機能しているという。
「例えば顧客先で何か問題が生じて、担当の事業部長が海外に出張中であったとしても、対策チームミーティングのような緊急会議をiPadとSkypeを使ってオンラインで実施することで、迅速な対応が可能になっています。また、幹部社員がどこにいようとも、iPadがあれば定例のミーティングにSkypeから参加できるので、会議によって行動が制約されることはなくなりつつあります」(百合野氏)。
海外出張が多い部門では、事業部長が海外にいるときには、Skypeを使ったオンラインミーティングが定着しているという。
情報セキュリティ向上を目的としたペーパーレス会議システム
社長以下役員全員がiPadを持ったことで、役員会や事業部長会議では、資料を電子化して配布するペーパーレス会議が可能になった。とはいってもセキュリティの観点から、役員が参照する重要な経営資料をクラウド環境に格納するわけにはいかない。そこで、社内サーバを使ったペーパーレス会議を構築できるiPadアプリとして「ECO Meeting」を選んだ。
「社外からは接続できないローカルなシステムを構築しました。具体的には、社内の通常Wi-Fiネットワークとは別に、役員会議専用のWi-Fiネットワークを用意して、会議中はそのネットワークに切り替えてECO Meetingにログイン後、PDF化された会議資料を開いてもらいます。PDFへの書き込みも含めてiPad側には資料を残さないことで、従来の紙を使った会議よりもセキュリティレベルは向上しています」と、システム構築を担当した事業本部 技術企画部 シニアスペシャリスト 井出真利志氏は語る。
ペーパーレス会議は紙コスト削減や資料配付など事務方の負荷低減で導入されることが多いが、同社では機密性の高い資料の流出防止を重視している。
このほかにも承認、経費精算、出張レポート提出といったワークフローに関しては、パソコン用に開発された基幹システムをiPadから利用することで、追加の開発コストを回避している。基幹システムをiPadから利用するには、VPNで社内ネットワークに接続し、iPad用のリモートデスクトップ・アプリを立ち上げてWindows環境にログインしている。もちろん、社内メールやWebシステムについてはiPadから利用できるので、現在ではパソコンを持ち出すことはなくなったという。
一方、顧客先で自社ソリューションのデモを実施する必要があるときは、デモ環境を構築したパソコンを持っていかざるを得ない。しかし、客先でパソコンを立ち上げ、種々のサーバインスタンスを起動させて実際のデモが動くようにするのにはそれなりの時間がかかり、製品のバージョンが上がればその都度、デモ環境もアップデートさせる必要があるなど、少なからず保守コストが発生していた。そこで現在では、デモ環境をクラウド上に構築して、iPadでリモートデスクトップを使ってデモを見せる取り組みも始めている。
事業本部 事業推進部 フィナンシャルシステム担当 スペシャリストの榎本顕介氏によれば、タブレット端末を検討している顧客にはiPadによるデモを実施して、好評を博しているという。
iPadを使ったデモ風景。訪問先にプロジェクタやモニター設備があればiPadから投影し(左)、投影設備のない場合はiPadを直接見てもらう(右)。iPadだけでデモができるようになったため、事前準備や移動が楽になって助かると榎本氏 |
電話とスマートデバイスの融合に向けて
同社がiPad導入に踏み切れたコスト面での裏付けは、シスコシステムズのPBX(Private Branch Exchanger:内線電話同士や加入者電話網との接続機器)とソフトバンクモバイルのホワイトオフィス(内線電話を社内・社外でも利用可能にするサービス、固定~携帯電話間、携帯電話間も内線通話となる)を導入することで、通信コストを削減できたからだ。
「iPad導入による追加コストを含めても、通信コストは昨対比でマイナスになっています。今までは、個人の携帯電話料金についてコントロールが困難でしたが、会社支給の携帯電話でどこからでも内線発信できるのはコスト削減効果が大きいです」と、管理本部 総務部 主任 細井恒一氏は評価する。
こうした内線電話システム拡張を踏まえて、現在利用している携帯電話をiPhoneにリプレイスすることも検討している。試験的に導入したiPhoneから内線電話システムに接続して、問題なく稼動することは確認済だ。例えば、シスコシステムズが提供するiPhoneアプリ「Web電話帳」を使えば、連絡先の電話番号や氏名といった個人情報を端末には残さない仕組みが実現する。iPhoneを会社支給とするかBYOD(Bring Your Own Device:社員が個人所有の端末を業務でも利用すること)にするかなど、詳細については現在検討中というが、iPhone/iPadといったスマートデバイスと内線電話システムの融合による業務改革を実現して、将来的はそのノウハウをコールセンター向けのソリューションとして顧客に提案することも構想している。