独自の木質パネル接着工法を編み出し、工場で生産・加工された部材を建築現場で組み立てる木質系プレハブ工法のハウスメーカーとして知られるミサワホームは、本社業務のペーパーレス化から営業活動、さらに建築現場での施工管理に至るミサワグループ全体の業務効率化を目指して1,400台のiPad/iPad miniを活用している。
同社のiPad導入には3つのフェーズがあったと、情報システム部 システム企画課長の江口秀樹氏は語る。
「最初に取り組んだ業務改革は、事務所の外からでもメールのチェックやネットでの調べ物、社内ポータルサイトへのアクセスなどを可能にすること。そのためにメールシステムをGmailに変更しました。また、役職者にはiPad miniを配付して社内会議のペーパーレス化を進めました。私もiPad miniを使っていますが、当初は画面が小さすぎて使いづらいのではと思っていましたが、実際に使ってみるとA4サイズの資料でも拡大すれば問題なく閲覧できます。軽くてコンパクトなサイズが使いやすく、いまではiPad miniが手放せなくなりました」(江口氏)。
第1フェーズとして、iPadの基本機能を使った情報活用で成果を実感した同社では、第2フェーズではもう一歩進んだiPadの業務活用を模索する。
「営業用ツールとして、お客さまにモデルハウスにいるような体験をしてもらう『ウォークビュー』というアプリを作成しました。iPadを使って実際の建物の内部をリアルに体験できるものです」(江口氏)
そして現在は第3フェーズの取り組みとして、建設分野へのiPad活用を進めている。こうしたiPad活用の目的について、江口氏は次のように語る。
「営業での訴求力向上や建設現場での品質向上がiPadによってもたらされることで、お客さまの満足度向上につながり、そこからリフォーム受注や、ほかのお客さまの紹介などによる受注率向上へと向かうサイクルを完成させるために、iPadを使ったさまざまな業務改革に挑戦しています」(江口氏)
空間設計の技を顧客に訴求する独自アプリ「ウォークビュー」
木質パネル接着工法と並んで同社を特徴づけているのがデザインを重視した設計である。なかでも「蔵のある家」と呼ばれる大きな収納スペースを実現した空間設計は、同社でも人気の高いデザインだ。
「ところが、『蔵のある家』を代表とする当社の立体的な空間設計は、平面的な図面や写真ではお客さまに良さを十分に伝えられません。そこで、モデルハウスの内部をiPadでリアルに再現する『ウォークビュー』というアプリ開発につながりました」と語るのは、販売企画部 販売企画課の有川太郎氏だ。
iPadに表示させた平面図をタップするとモデルハウスの室内写真が表示される。写真を指でドラッグさせると360度のビューを表示できるほか、ピンチイン・ピンチアウトでの拡大、位置の移動も可能になっている。さらに、iPadのジャイロ機能(縦・横・斜めの状態を自動認識する機能)により、iPadを両手で持って上下左右に動かすと、画面もその動きに追随して、あたかも実際のモデルルームにいるような視覚体験ができる。
「住宅展示場に来られたお客さまに対して、営業担当者は別のモデルの展示場もご覧いただきたいと考えています。別のモデルハウスの説明を『ウォークビュー』で行い、バーチャル体験をしていただくと、ぜひそこも見てみたいとなり、後日に別の建物にご案内するアポイント取得率が高くなりました」(有川氏)
平日の住宅展示場は来訪客が少ないため営業担当者は常駐せず、パート社員のホームアドバイザーが案内するケースもあるというが、営業正社員ではないので接客スキルには限界があった。しかし、巧みな説明はできなくても、ウォークビューを見せることでホームアドバイザーでも次回のアポイントを獲得して、営業担当者に引き継げるケースも増えているという。
実際の利用シーンについては、以下の動画で紹介している。
ディーラー制の強みを加速させる施工品質管理アプリ「かん助」
現在、同社が力を入れて推進しているのは施工管理帳票のペーパーレス化を目指す「かん助」と名付けられたアプリだ。家が完成するまでには、実際の施工を行う基礎・大工といった職人の仕事をチェックするために、施工店の現場監督、ディーラーの現場監督・検査員・工事監理者・建設責任者がそれぞれの立場で施工内容を細かな項目まで確認して、帳票に記録しなければならない。従来は紙の帳票を使っていたのだが、一棟を顧客に引き渡すまでに約100枚もの帳票を記入・申請・承認する煩雑な業務が発生していた。
自身も建設現場で施工管理を経験してきた建設推進部 建設業務・安全課の大森真司氏は、「現場で紙帳票を書いていた頃は、承認を得るためにはどうしても事務所に戻る必要がありました。現場にいて申請ができれば、事務所に戻る移動時間を節約でき、空いた時間をお客様のために活用できるようになると思って『かん助』のアプリ開発に取り組みました」と開発の背景を語る。
ミサワホームグループでは、商品開発、建設部材の供給をミサワホームが行い、建物の販売から施工、アフターメンテナンスまでを全国のディーラーが担当している。ディーラー制のメリットは、メーカーが作成している施工基準を遵守しながら、各ディーラーが創意工夫をし、より高品質を目指していることにある。例えば、施工管理に使う帳票は基本的にメーカーが作成した統一書式を用いるが、ディーラー各社で現場でのノウハウを活かした独特の管理項目を追加で定めている。
標準的な管理帳票を「かん助」に取り込み、全国のディーラーがiPadを使った帳票入力を実施すれば、ミサワホームグループ全体で施工管理データを客観的にチェックする仕組みができ、充実した写真登録機能やコメント機能から、現場の職人の意見やノウハウの吸上げにも活用できる。これらのデータをメーカー内で施工基準の改善や工業化の推進につなげることが可能となり、各ディーラーへ水平展開し、フィードバックすることもできる。
またiPadを使って帳票記入する現場管理者にとっても「かん助」を使うメリットは大きい。従来は同社の基幹システムに紙帳票の日付を転記入力し、また、住宅履歴情報システムに紙帳票をスキャニング後、手作業で登録していた。「かん助」は帳票の日付が基幹システムと自動連携され、住宅履歴情報システムまでデータが送られるため、手入力していた日付や帳票登録は不要となる。
現場管理者が実感するiPadの業務改善効果とは?
「かん助」は九州地区のディーラーであるミサワホーム九州に先行導入され、順次全国のディーラーへと展開する計画だ。一気にグループ全社へ展開しなかったのは、「第一線で働いている方々の意見を開発に反映させることで、より使いやすいツールにしたかったのです」と大森氏。「かん助」のプロトタイプを現場で使いながら一緒に改良していくディーラーを募ると、真っ先に手を挙げたのはミサワホーム九州だった。本部建設推進部 建設推進課長の川上直高氏は開発過程を次のように語る。
「ミサワホーム九州の7支店で『かん助』を使いながら、各支店からの要望を取りまとめて、メーカー側の大森氏とキャッチボールしながら作り上げていきました。通常のシステムだと、改善要望を上げても半年後のバージョンアップで反映するといった対応が普通ですが、「かん助」は早ければ1週間で対応してくれるので、どんどん要望を上げてより良い仕様で作り上げようという機運になりました」(川上氏)
現場から出た要望は、操作性に関する部分が多かったという。例えば当初は、3階建ても平屋も同じ施工管理帳票を使っていたが、実際の確認項目は建物の階数ごとに異なる。そこで平屋を選択すると、2階建て・3階建ての確認項目が非表示になるように改良した。また、申請を上げた時に、当初は管理者が「かん助」にログインしないと気付かなかったが、申請・承認などが発生するとメールで通知する機能を追加して、リアルタイムに業務を進められるようにした。こうした細かい操作性を改善していった結果、高い操作性のアプリに仕上がったという。
ディーラーの建設担当者にとって「かん助」を使うメリットは、現場で帳票作業が完結するので、早く帰宅できるようになったこと。以前はいったん事務所に戻ってから、夜遅くまで帳票の記入作業を行うこともあったという。また、従来は確認業務で指摘を発見した場合、修正依頼を電話などでやり取りしていたのだが、「かん助」ならiPadで写真を付けてすぐに工事担当者に依頼をかけられる。修正が完了したら、すぐに写真付きで報告が上がってくるので、担当者と検査員とのやり取りが効率化した。
今後は「かん助」を業務改善ツールの核として、工場の生産管理や納品管理、さらに顧客に対しても建築中の現場状況をリアルタイムに伝えるなど、さまざまな用途に使えるよう他のシステムと連携し、機能を拡張していきたいと大森氏は構想している。紙帳票と電話連絡からiPad+電子帳票に移行することで、各担当者が常に同一データを参照する情報の一元管理が実現する。その結果、伝言ゲーム的なミスがなくなり、品質が向上して工期も短縮されれば、ユーザーにとって大きなメリットとなるだろう。