大阪ガスでは今年4月より、インターネット接続できる家庭用燃料電池「エネファーム」に、別途開発したIoT基盤をつなげることで、発電見守り、メンテナンスにおける訪問前故障診断、顧客の省エネナビゲーション、スマートフォンからの遠隔操作など、新たなサービスを展開している。サービスプラットフォームにはAWSを活用しており同社にとって初のAWS上でのサービス設計事例となった。
今回、IoT活用をリードする、大阪ガス リビング事業部 商品技術開発部 スマート技術開発チーム ネットワーク対応技術グループ チーフ 八木政彦氏に話を聞いた。
IoT基盤との連携で障害対応のスピードアップや節電支援などを実現
IoTを活用したサービスの対象となるのは、次世代型となる「エネファームTypeS」。このモデルからインターネット接続機能を備えており、IoT活用サービスでは、各家庭内の無線LANルータなどを経由して、HTTPS接続によりAWS上のIoT基盤とデータをやり取りする仕組みとなっている。
IoT活用サービスの発電見守りサービスは、エネファームの運転状況を大阪ガス側でモニタリングし、万一故障などにより発電が停止していた際、電話で知らせて修理担当者が駆けつけるというもの。発電状況の遠隔見守りと10年間のフルメンテナンスにより、顧客の安心を支えることを目指したサービスだ。
エネファームに何らかの故障が発生した際は、詳細なデータがAWSに送られ、次にAWSからコールセンターに対して故障が発生した旨がメールで通知される。すると、コールセンターのオペレーターは既存の社内システムで顧客を検索して特定し、メンテナンス店に出動の手配を行う。メンテナンス店では故障内容を事前に把握できるので、訪問前に必要な部品や工具を準備することが可能となり、現場での作業時間の短縮化にもつながっている。
ちなみに、AWSと社内システムは分離されており、AWS上に置かれている識別情報は機器の製造番号とIDのみ。AWS側には個人情報は一切存在しない仕組みとなっている。
大阪ガスの品質管理部門では、顧客のエネファームに品質上のトラブルがないか、各種データを監視しており、機器メーカーと情報連携する体制が整っている。
顧客は、台所リモコンやスマートフォン・アプリから機器の制御が可能だ。アプリは、電気の使用状況をリアルタイムで表示するのに加えて、省エネナビゲーション機能により、当月の電気代を事前に予測したり、電力使用量が多かった時間帯を表示したりすることで、顧客の省エネを支援するようになっている。また、風呂のお湯はりや、床暖房のON/OFF操作、床暖房タイマー設定なども遠隔操作が可能だ。さらに、毎月「エネファームレポート」を提供し、前月の発電に関する情報をまとめて表示したり、電気、ガス、お湯の使用量や使用時間帯などをグラフで示したりといったHEMS(Home Energy Management System)のような機能も搭載している。
手間とコストがかかるメンテナンス業務を効率化したい
従来、大阪ガスではエネファームについてメンテナンス上の課題を抱えていた。まず、燃料電池の故障診断には一般ガス機器に比べて高い解析スキルが必要であり、現場ではメンテナンス業務スタッフが機器にPCをつないで内部のデータをグラフ化して解析する必要があった。また、複雑な機器であるため、故障の可能性がある場合は複数の部品を事前に準備して現場に訪問しなければならず、用意した部品が外れていた場合はまた会社に取りに戻るなど、スタッフの負担となっていた。そして部品交換後も、機器の起動から発電開始まで時間がかかるため、現場待機が必要だったのである。
「エネファームは10年間の無償サポートが売りの1つですので、修理費をいただくわけにはいきません。修理が発生したら会社のコストになるので、サービス向上も踏まえ、メンテナンス業務をもっと効率化できないかと考えたところ、IoTを活用して遠隔から機器の状況を把握することを思いつきました」と八木氏は振り返る。
エネファームは、国のエネルギー基本計画の中で、2030年に530万台という普及目標が定められている。IoT基盤をオンプレミスで構築した場合、エネファームが普及拡大していくにつれ、サーバ側も増強が必要となるが、事前にサーバ調達/設定を繰り返すことで、コストがかさむことが予想された。そこで、IoT基盤をクラウドのAWS上に構築し、エネファームの台数の増加に合わせて迅速かつ柔軟にサーバを増強していくことにしたのだ。
「他のクラウドサービスとも比較しましたが、AWS導入の決め手となったのはコストと導入実績です。米国のGEやCIAのように、極めてクリティカルな領域での実績があるのも心強かったですね」と八木氏は言う。
システム設計時は、情報システム部門が制定した「クラウドサービス利用指針」へ適合できるようにアーキテクチャを検討した。ポイントとなったのは「クラウドに保管するデータ」と「クラウドサービス終了時の対応」だ。前者はクラウドへ保管するデータは必要最小限とすることとし、後者はバックアップをすべて既存システム側に保管することで対応した。
スムーズなトラブル解決に役立った素早いコピー環境構築
IoT活用サービスに関わるシステムや機器の開発がスタートしたのは約2年前。エネファーム本体と台所リモコン、専用無線LANモジュール、サーバ、スマホアプリの開発を、各機器メーカーやSIerと協力しながら進めていった。
八木氏は言う。「上流のクラウドから下流の機器内部までの同時進行で進めたのですが、何か問題が発生すると原因究明が大変でした。原因が機器にあるのか、クラウドか、モジュールか、組み込みアプリか、スマホか、簡単にはわからないですから。そこで、開発に携わる全員に集まってもらい意見を交わしながら、一緒に通し試験をやるなどして、解決していきました。そんな形の開発は、当社としても初めてのパターンでしたが、結果的に信頼できるプレイヤーが圧倒的に多くなりました」
また、AWS CloudFormationで開発を行っていたことから、エネファーム環境構築テンプレートを用いて各機器メーカーが自由にアクセスできるコピー環境を容易に作成することできたのも、スムーズなトラブル解決につながった。
「コピー環境の構築が数時間でできてしまうので、必要に応じてテスト環境を用意できました」(八木氏)
日本のIoTのエコシステムをつくりたい
現在、大阪ガスのビジネスアナリシスセンターと連携して、エネファームから収集した故障データから故障原因を自動解析するツールの開発を進めており、近々リリース予定だ。ちなみに、ビジネスアナリシスセンターとは、同社グループ企業のデータ分析を担い、現場で業務改善を支えているビッグデータ解析の専門組織である。
「当面はメンテナンス用のPCに解析ツールを入れて、AWSからダウンロードした故障データを解析するつもりです。将来的には、解析ツールをAWS上に置いて、故障データが飛んできたらAWS上で原因を突き詰めてメンテナンス側に伝えるところまで自動化できればと考えています。現状は、ツールの出す答えは100%ではありませんから、あくまでメンテナンス業務スタッフは参考にとどめて、自分の目でも見て判断することになりますが、使っていくうちに診断事例のデータも増えてツールが賢くなっていくことに期待しています」(八木氏)
最後に八木氏は、今後のIoTの活用について次のような将来像を語った。「「WebAPIを使って他社のサービスや製品と連携するなどの取り組みを積極的に行っていきたいです。ヘルスケアや家庭内の見守りサービスなど、お互いの製品やサービスが連携することで、自社だけではできなかった付加価値を生み出すことができるのではないでしょうか」