今年もインドの光の祭典「ディワリ」が終わった。特に今年の様子を聞いたわけではないが、例年通り、外国人は爆竹と花火で一晩中悩まされたことだろう。とても祭りとは思えない、恐怖である。筆者も5月初めの猛暑とこの時期だけはインドにはいたくない。
「BlackBerryが楽しくない」
少し前の話になるが、米国のテレビ番組でオバマ大統領が爆弾発言を行ったというAFP通信による報道があった。
オバマ大統領といえば、大統領選挙の時からカナダ Research In Motion社(RIM)の多機能携帯端末(スマートフォン): BlackBerry愛好者として有名だった。そのBlackBerryに対して大統領が「楽しくないよ」とこぼしたのだ。
オバマ大統領の端末に対するメール送信を許可されているのはわずか10人しかいないらしい。そのメールの内容も非常に堅苦しいという。
オバマ大統領は以下のように語っている。
認めるよ、あんまり楽しくない。というのも大統領記録法に従うことになるから、誰もおいしい話題を送ってこないんだ
(メールは)どれも非常に形式張った内容だよ。「大統領、間もなく会議が始まる予定ですので、事前にブリーフィング(状況説明)をさせていただきたいと考えております
たしかにこれでは楽しくない。筆者のように自由にFacebookやTwitterを使うこともできないのだろう。しかしこれも当然の流れだ。
BlackBerryがインド政府に屈服 - メール情報もすべて提供へ
このコラムの「第5回 巨大化するSNSは、やがて絶滅した恐竜のような運命に」でも少し触れたが、BlackBerryの通信は高度な暗号化機能のため、インド政府がメッセージを監視できない。そのためインド政府は、「テロリストに悪用される恐れ」を理由に、RIM社に対して情報を見えるようにするか、インドからの撤退を要求している。
8月末の回答期限では一時的にRIM側が譲歩し、メッセンジャーサーバーへのマニュアルアクセスを容認した。その後、治安当局がリアルタイムでメッセージを監視できるよう2011年1月1日までの自動アクセスを約束した。
一部の企業向けに提供されている暗号化されたメール情報についてはまだ決着していないが、大枠ではこれで決着した。ニューズウィークは「盗聴大国インドに屈服」と報じたが、SkypeとGoogleもインド政府から同じ要求を突き付けられている。
ついに米国も動いた
この件で筆者が不思議に感じたのは、米国が何も言わないことだった。
米国では1994年に盗聴法が成立しており、サーバーが米国内に設置されていれば自由に盗聴できる。だから何も発言しないのかと思っていたのだが、実はそうではなかった。
米国自身も一般の電話やインターネット電話(VoIP)のリアルタイム傍受はできるが、SNSや携帯メール(暗号メール)を見ることはできなかった。
しかしついに米国も動いた。
ニューヨーク・タイムズによると、米国政府は盗聴法改正を計画しているとのことだ。今回の改正はインターネット上の通信傍受強化を目的とし、BlackBerryによる暗号メールだけでなく、FacebookなどのSNS、SkypeのようなP2P電話なども対象となる。それだけではない。これら米国製ソフトウェアの利用者すべての情報、つまり日本国内での利用者も対象になるのだ。
筆者のTwitterへの書き込みも自動的に米国治安機関に送られるということか。見られて困ることはないが、やはりこうなってくると、良質の国産SNSが欲しくなってくる。
中国はどうか
Google問題以降、中国での規制の動きが見えない。BlackBerryもSkypeも使われている。表向きは遮断されていることになっているTwitterなども一部では公然と使われている。同じ問題があるはずなのだが、筆者が知らないだけなのか。
しかし、中国の基本政策は「国産ソフト」だ。
新宿西口のヨドバシカメラに行くと、ネットブックに搭載されるオフィスソフトはマイクロソフト社製ではなくて中国製のものになっている。それだけではない。大掛かりな国産ソフトを開発している。
6000億元の巨額投資によってデータベースやネットワークセキュリティソフト、次世代移動通信、デジタルテレビ……これらのすべてを中国の独自規格で開発しようとしている。ゆくゆくは米国製ソフトを使わなくなるということだ。
自国のソフトなら外国に情報が漏れることもないし、国内で自由に規制することが可能となる。
インドの新たな動き「カレーOS」
インドの動きはさらに激しい。個別のソフトウェアの規制に留まらない。
10月10日、インドのEconomic Times紙はインドの防衛研究開発機関(DRDO: Defence Research and Development Organisation)が独自のオペレーティングシステム(OS)を開発すると報じた。
国防省顧問であるV K Saraswat博士によると、「我々自身のオペレーティングシステムがない。使用されているOSはすべて外国製であるため、セキュリティ上の懸念がある」として、デリーとバンガロールで新たな独自OSの開発を行うとのことである。
日本も昔は汎用機のOS開発を行い、IBMに追いつき追い越そうとした(筆者も若い時分にこれに関わっていた)。その次の段階で日の丸OSとしてのTRONを開発したが、途中で断念する羽目になってしまった。これにインドは新たに挑戦するというわけだ。正面から米国とぶつかることになるが、それでもやろうというわけだ。
WindowsもMac OSも米国製である。OSさえ自前で作れば、OS上で動くソフトウェアを規制するのは簡単だとの考えであろう。
さて、中国がどう動くか。米国、中国、そしてインド、3人の「ならず者」(by ニューズウィーク)たちの国益をかけた動きが激しくなってきた。
インドのシン首相はFacebookの愛用者である。しかし、米国にすべて情報が流れるとしたら、これまでのように使うことはできなくなるだろう。米国の大統領だったらなおさらで、退任した後でも自由にメールを使うことなど無理だ。もうオバマ大統領には、自由にBlackBerryを使えるようになる日が訪れることはないのかもしれない。
著者紹介
竹田孝治 (Koji Takeda)
エターナル・テクノロジーズ(ET)社社長。日本システムウエア(NSW)にてソフトウェア開発業務に従事。1996年にインドオフショア開発と日本で初となる自社社員に対するインド研修を立ち上げる。2004年、ET社設立。グローバル人材育成のためのインド研修をメイン事業とする。2006年、インドに子会社を設立。日本、インド、中国の技術者を結び付けることを目指す。独自コラム「[(続)インド・中国IT見聞録]」も掲載中。