いろいろな教科で身近なICT活用を考えてみる
前回に引き続き、「ICT活用実践研究教師塾2009」(以下、教師塾)から取り上げる。
ポスターセッションで紹介されていたのは、どれも“身近な実例集"といった内容で、「現在、それぞれの先生が抱えている問題を、今あるIT機器の力を借りて改善する」という発想を持つと、ICT教育への間口も広がり、さまざまな教科や単元での活用方法が見つかるのだなと感じた。この発想は、“調べ学習"以外のパソコン活用が見つからないと思っている先生や、新しい機器を導入しソフトウェアを購入できないとICT教育に取り組めないと考えている先生へのヒントになると思われる。その中から、いくつか紹介しよう。なお、残念ながらポスターセッションは諸事情で撮影禁止となっていたため、説明のみとなるがご了承いただきたい。
【事例1】小規模校における伝える力を高めるためのテレビ会議システムの活用
ある離島にある少人数規模の小学校では、別の離島の小学校と繋がっている「テレビ会議システム」を授業で活用した。全学年で数人という環境では、当然のことながら調べ学習を行って発表を行うといった際にも、相手が限られている。そこで他校との子どもたちとのやりとりをICTで実現することで、「新しい意見を聞くことができる」「普段、頻繁に他校の子どもたちと触れることができないので、とても消極的であった子どもが、何回かやりとりするうちに積極的になってきた」「子どもたちは、中学に進級した際にはお互い同級生になるのだが、事前に顔の見えるコミュニケーションを図ることができている」などの効果があったという。
【事例2】デジタルカメラでカルタづくり ~特別支援の取り組み~
ひらがなの習得が困難な特別支援クラスの児童に、デジタルカメラを使った「オリジナルカルタづくり」に取り組ませた。まずは、学校内にあるものから「えんぴつ」「つくえ」など50音順の単語を考えさせた後、その単語に関係する写真を、デジカメを使って自由に撮影させ、世界でたった一つしかないオリジナルカルタづくりを行った。また、単語を元に簡単な文章作りにも挑戦させた。
この例では、自分の作ったカルタを持つことで、何度も手に取りながら、言葉に対しての興味を継続させることができた。その結果、これまで区別の付きにくかった文字を判断するようになった。文章を学ぶということに関しても、イメージがしやすく、飽きずに反復できるという環境を作れる。また、絵を描かせたり、切り抜きを貼らせたりといった作業ではできにくい、子どもの頭の中にある要素や発想を、デジカメを使ってアウトプットさせるという効果があると思われる。例えば、この子どもは、トランポリンをしている姿を撮影して「あそぶ」という言葉を付けていた。
【事例3】友達とかかわりながら学ぶ家庭科 ~デジタルコンテンツを利用して~
小学校高学年の家庭科でミシン縫いを教えるにあたり、ミシンの部位や糸掛けの手順、縫い方などといった各ステップを説明するデジタルコンテンツを制作した。パソコンについては、一般的な使い方しかしたことがなく、得意というわけではないというこの先生は、ネット上の公開素材やデジカメで撮影したミシンのパーツ写真などを取り込んで、このデジタル教材を制作した。
家庭科の授業の時間には、クラスに設置した1台のパソコンでこのコンテンツを閲覧できるようにしたが、デジタルコンテンツを作っておくことで、糸の掛け方などの細かい手順について不明点が上がると、子どもたちはパソコンで確認する。それによってお互いに教え合う、集中できる環境が続くなどといった効果があり、授業が円滑に進んだそうだ。
公立の小学校では、家庭科専門の先生ではなく、担任が家庭科を教えることになっているが、頻繁に行う国語などの授業と違って、その教科を得意とする先生、そうではない先生とが出てくる。あらかじめこうしたデジタル教材を作っておくことで、先生自身の得手不得手に左右されない授業が可能になると考えられる。
先生の役割とは?力量とは?
最後のパネルでは、「活用型学習を創る教師の力量」と題したディスカッションが行われ、中川一史教授がコーディネーターを務めた。そこでの教える側のスタンスを説く、以下のようなコメントが印象的だった。
- デジタル化して何かをやったからと言っても、教師自身が明確な評価基準を持っていないと駄目である。
- 活用型の学習には、教師の(「手法」という意味で)道具箱の中にはどれだけ豊富にものが入っているか、(子どもたちの問いかけに)手を替え品を替えての引き出しを、どれだけ持っているかが、成功への鍵となるのではないか。
- 道具を持っていても、使わないと思い出せない。常に実践した内容を振り返り、反省しながら取り組んで行くことで、どんどん道具が洗練されて行く。
- いつでも授業力を強く持ち発揮している先生は、行なったことに対してアンテナを広げて、「どうだった?」と子どもたちに聞きながら、常に確認を怠らず授業をする先生も多い。
- デジタルで記録を残せるからと言って、授業の中で残すもの、消えて良いものの両方がある。そこには教師自身の明確な判断が必要となる。
“熱い"先生たちに期待
この発表は、まず発表を行った参加者にとっても、やはり教育現場に携わる人たちを中心に集まった聴講者たちにとっても、かなりハードなスケジュールであったのだが、何よりも参加した先生をはじめ、関係者たちの熱心な様子が大変印象的だった。
ここでまとめたICT活用例にしても、決して特別なアプリケーションを使って、複雑な作業をさせているわけではない。少ない人数の学校を簡単に繋いだり、五十音とデジカメで子どもが持っている言葉と認識を結び付けたり、自作の反復学習教材を作ったりと、ITにおけるもっとも基本的な機能を使っているだけだ。そうした簡単な機能の利用だけでも、授業の目的にあった効果を出せることを、もう一度認識するべきなのではないかと気付かされた。
そして教育現場を取材するたびに感じることは、ICT活用を含めて、授業環境をより良いものにしようと積極的に努力を続ける先生が多いことに驚く。何か事件が起こると「教師の質が問題だ」といった声が上がることが多いが、こうした先生たちに接すると大げさでも何でもなくて、日本の教育現場はまだまだ捨てたものじゃないと感じる。先生たちにはICT活用の新しいアイディアをどんどん出しながら、指導力にさらに磨きをかけて行っていただききたいと思う。
中川一史教授が提案し、アドビ システムズの協力のもと発足した「D-project(デジタル表現研究会)」では、全国の小中高学校の教師と大学の研究者を中心に、プロジェクト形式でさまざまなテーマに取り組んでいる。同サイトでは、教育現場ですぐに使える操作と授業実践の手順マニュアルや実践事例集などがダウンロード可能となっている。中川氏のサイトはこちら。