タブレットPCやゲームの活用など、進化するICT環境

"日本人学生は「積極的に発言すること」が苦手だ"。他人の発表に対して意見を言ったり、理解できなかった箇所について質問したりすることに慣れていないように感じる。だが、東京大学が開発した新しいプレゼンテーションソフトウェア『MEET Borderless Canvas(ミート・ボーダレスキャンバス)』を利用すれば、全員参加型の「議論するプレゼン」が意外と簡単に実現できそうだ。

「ボーダレスキャンバス」は、マイクロソフトの寄付により設立した「マイクロソフト先進教育環境寄附研究部門(略称:MEET; Microsoft chair of Educational Environment and Technology)」が開発したもので、MEETは、東京大学総合教育研究センター内に設置されている。先頃(2008年12月5日)、その「ボーダレスキャンバス」の発表と公開デモが行われた。

MEETでは、これまでタブレットPCを使った新しい授業スタイルの開発に取り組んできており、学生達が放送映像を資料として検索・視聴することのできる「MEET Video Explorer(ビデオエクスプローラ)」や、クリティカルなリーディング能力とライティング能力を育成するための読解力育成ソフトウェア「MEET eJournal Plus(ジャーナルプラス)」を開発してきた実績がある。

今回、プレゼンテーション教育に一石を投じる目的で開発された「ボーダレスキャンバス」は、2009年3月4日から無料公開の予定だ。先駆けて行われた公開デモの様子と、筆者のインプレッションをお伝えしよう。

ICT活用でも興味深い東京大学の公開デモ

公開デモでは、同大学大学院情報学環 准教授の山内祐平氏による、実際のゼミ授業の様子が披露された。山内氏が行っている授業の内容そのものも、教育現場での新しい形のICT活用という観点からすると非常に興味深かった。併せて紹介する。

同授業では、"シリアスゲーム"と呼ばれるシミュレーションソフト「Virtual U」を用いて、

  1. 学生たちが大学の学長になり
  2. カレッジ経営についての疑似体験をさせ
  3. 問題解決型学習について学び
  4. 議論を行う

という方式が採用されている。"シリアスゲーム"は、従来のコンピュータゲームが持つインタラクティブ性やデザイン性を活かして、教育、医療、経営などに関する社会問題を解決することを目的として開発された、非エンターテイメント用途向けのゲームシステムである。アメリカの教育現場では、こうしたゲームを取り入れた授業が増えてきているという。公開デモンストレーションでは、この「Virtual U」を使って大学の学長体験を済ませた3人の学生が、その体験と文献学習をもとに現実とゲームの共通点および相違点、シミュレーションを学習に利用することのメリットとデメリット、学習教材としての効果などについて問題を提起するプレゼンテーションが行われた。

大学経営シミュレーションゲーム「Virtual-U」

当日の様子を追いながら、「ボーダレスキャンバス」を使ったプレゼンテーションが、従来のものとどう違い、どのような効果があるのかを見ていこう。

教室内には発表内容を映し出す3つのモニター(PCも各1台)が用意されている。また、聴講する学生たち一人ひとりにはタブレット機能付きのPCが用意されている

中央のモニターに「現在説明中のスライド」が、向かって左に「前のスライド」、右に「次のスライド」が映し出されている。PowerPointで作成されたプレゼン資料を読み込んで活用が可能である

聴講者は、その場で疑問点のある箇所、インパクトのあった箇所などにペン入力のマーカー機能を使って囲み、下線、疑問符、感嘆符などを付けて行く

聴講者は画面を左右にスクロールして、前や次のスライドの確認を行ない、議論を続けることができる

スクロールや画面の拡大などの操作も、キーボードやマウスを使わずペンタッチのみで進められる。インタフェース的なストレスは見ていてもまったく感じられない

発表者は、聴衆の反応を把握することができる。指導者(講師)は、学生たちの書き込んだ内容をその場で確認しつつ、発表後に行われる議論内容を検討することができる

プレゼンテーション終了後、講師が登壇し、学生たちのマークやコメントを確認、その意見や感想に対して、発表者からの回答を求める形で議論を促す

直感的に繋がることで議論が活性化するしくみ

一連の流れを見ていて強く感じたのは、システムそのものは、至ってシンプルで、それほど大げさなものではないが、これだけの仕組みを取り入れるだけで、議論が活性化し、今までとは理解の深まりが違うということだ。

このソフトウェアの良さは、ペンタッチ入力の手軽さと共有ホワイトボード感覚で、参加者が気負うことなくスライドの画面に書き込みができるところにある。無駄に長いコメントを苦労して付けるのではなく、瞬間に浮かんだ疑問などを直感的にラインやマークを付けることで、時間が立った後でも思い起こし易く、そこを深めて論じることができる。また、3台のモニターを使った3面プレゼンシステムによって、聴講者は発表者のペースに巻き込まれることがない。学生たちは、通常のノートへのメモも併用するなどといった使い分けをしていた。聴講者は聞くためのプレゼンから、議論するためのプレゼン、後の議論を聴きながら準備するためのプレゼンとして活用することができているわけだ。

山内准教授は「このシステムを使うと確実に議論の内容が濃くなる。確かに使い方はシンプルで、なぜ今までなかったのかと思うくらい。これまでは、一部の学生たちが発言せずに終わることもあったが、ボーダレスキャンバスを使うことで講師側は難しい手法を使わずに、全員参加型の議論を展開することができる」と話す。

学生たちの反応は、「他の人が、どんなところに興味を持ったのか、自分と同じところで疑問を持つ人がいるといったことが分かるので、躊躇しないで意見を聞いたり、発言したりし易い」、「オンタイムでみんなの反応が見えるので、いい意味で緊張感があるのと、"自分のプレゼンのここが分かりにくいのかな"といったことが客観的に判断できる」などだった。

「ボーダレスキャンバス」を開発した栗原一貴氏(マイクロソフト先進教育環境寄附研究部門特任助教)は「聞く側が、受身にならずに考え、参加することのできる双方向のプレゼンテーションのあり方を考えた」と話す。ICTの教育活用を研究する同氏は、MEETプロジェクト以前からマウスやペン操作だけで使えるプレゼンテーションツール「ことだまレクチャー」や、プレゼンテーションのトレーニングソフト「プレゼン先生」などの開発を行ってきている。

「ボーダレスキャンバス」はプレゼンソフトとしての利用法のほか、初等、中等教育での活用事例もあるという。公開時には、「すぐに実践可能な活用シナリオ集」も配布予定とのことだ。各機関で有効活用できるようにオープンソースとして公開されるほか、今後は「Windows Live@edu」と連携して学生が使い易い仕組みを作って行くことも検討しているという。

「MEET Borderless Canvas」について

使用環境:Windows VistaまたはWindows XP SP2以上。タブレットPCを推奨するが通常のPCのマウス機能でも利用可能。400MHz以上のCPU、512MB以上(Windows Vista)、256MB以上(Windows XP)推奨。.NET Framework 3.5が必要。2009年3月4日に、マイクロソフト運営の開発者向けコミュニティサイト「[Microsoft CodePlex](http://www.codeplex.com/)」に公開予定。