多種多様な最新技術が驚異的な速さで生まれ、デジタル技術の活用が重要となる中、企業のIT環境に柔軟性をもたらすハイブリッド・マルチクラウド戦略。
「日本のデジタルトランスフォーメーション(DX)は遅れている」とよく言われます。しかし、決して悲観的に捉える必要はありません。他国での失敗例を参考にすることで、日本の企業はDXの落とし穴を事前に知ることができます。成功と失敗を理解することで、後発者としての利点を得ることができます。
DXにおいて、クラウドを活用することは重要ですが、日本でDXを推進するリーダーが学ぶべき教訓は、単一のソリューションに「ロックイン」されないことです。世界の多くの企業が、ロックインに事前に気づくことができず、多くの課題を抱えることになりました。
その原因の多くが、クラウドに移行することをゴールとして捉えてしまったことだと言えます。クラウドを使うことは目的ではなく、また究極の解決策でもありません。クラウドは必要に応じて、他のツールと連携して使用されるべきリソースなのです。
一時期、CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)はデータセンターからの脱却を宣言し、アウトソーシングの一環としてパブリッククラウドへの移行を急ぎました。しかし、いざ移行を進めると「クラウドか、非クラウドか」という二者択一の判断は危険だと気がつきました。膨大なコストと予期せぬセキュリティリスクに直面し、CIOたちは現在、部分的なデータセンターへの回帰を検討しています。
Nutanixが発表した「2020年度版Nutanix Enterprise Cloud Index」によると、IT部門の意思決定者における87%はハイブリッド・マルチクラウドが理想的なIT運用モデルであると回答しています。また、46%は新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、ハイブリッド・マルチクラウドへの投資が増加したと答えています。ビジネスリーダーは今、より現実的な「デジタルのバランス」を求めています。
ITインフラのバランスを考える
デジタルのバランスは、ビジネスのどの部分がパブリッククラウドに移行すると最適なのか、何をオンプレミスに残すべきか、あるいはサービスプロバイダーに管理を任せるべきかを、適切に判断して区分けし、必要に応じて動かせることが重要です。
組織が大きくなると、ワークロードも進化します。効果的に管理するには、ワークロードを簡単に動かせなければなりません。これこそが、真のハイブリッド・マルチクラウド戦略における重要ポイントです。
オンプレミスシステムとクラウドサービスを組み合わせて活用するハイブリッドクラウドや複数のクラウドを活用するマルチクラウドを活用した変革は、デジタル時代においてビジネスを成功へ導くための堅実な戦略です。ただ、どんな戦略も適切に実践しなければ、望んだ効果を発揮しません。真のハイブリッド・マルチクラウドを実現するための注意点を確認していきましょう。
ロックインを避け、目的から逆算
真のハイブリッド・マルチクラウドの実現は、単一のベンダーロックインのリスクを避けることも重要ですが、まずはテクノロジーの変化に容易に対応でき、競合に対して優位に立つことを目的に考えることからはじめます。
つまり、アウトカムドリブン(成果指向)思考により、最終的なゴールから逆算して計画を立てます。業務に応じた柔軟性を確保できるようにするためには、ビジネスおよび組織における戦略的判断が必要です。
例えば、コンピューティングは1か所だけで行われるものではなく、工場、5Gのエンドポイント、スマートシティでは自動運転など、あらゆる場所で行われます。それぞれのデータソースが互いに連携することで、円滑なIT運用が実現するのです。
意識する必要のない「インビジブル」なITインフラの構築
日頃のインフラ運用に関わる負荷を極限まで低減させ、意識する必要がないITインフラを構築することで、低予算での実験的なツールの導入や、自由なサーバの拡張が実現でき、企業の競争力は高まります。これには、まず組織におけるサイロ化を解決しなければなりません。
組織におけるサイロ化は、各部署によって課題や予算も異なるため、互いに対立してしまうことに起因します。真のハイブリッド・マルチクラウドを実現するには、各部署が共通の目標を持つ必要があります。
組織的な変革に着手する企業が増えているのは、個人レベルの仕事でも柔軟性のメリットを認識しやすく、ビジネスの競争力を高めることにつながるからです。これは、設計から開発、運用サポートまで、サービスのライフサイクル全体で運用エンジニアと開発エンジニアが連携するDevOpsのコンセプトにも通じます。
世界的に見ても、商業分野のみならず、医療、教育、金融から製造業まで、幅広い業界でこうした動きは広がりつつあります。特に、新型コロナウイルスの感染拡大により、大量のデータ処理とリモートワークの両立が急務となった医療や教育の分野は、IT運用の最前線に立っています。
扱うデータ量が多い企業は、ハイブリッド・マルチクラウドを利用して、オンプレミスの従来のSoR(システム・オブ・レコード)を維持しながら、1つのプロバイダーのデータレイクと、別のプロバイダーのAIモデルを組み合わせることで、業務の効率化を実現しています。複数のツールを組み合わせることで、最良の環境を構築しているのです。
ビジネスとITの目的を合わせて、まずはスモールスタートが鉄則
DXを掲げる中、多くの日本企業は「何から始めればいいのか分からない」という現状に直面しています。その解決策として、まずはビジネスの目標を再確認したうえで、組織のサイロ化の問題を解消し、ハイパーコンバージドインフラストラクチャー(HCI)を基盤としてシステムを集約するなど、ITインフラを整理することから始めましょう。
そして、既存のインフラ、アプリやデータを確認し、クラウドに移行できるもの、移行できないもの、移行すべきものなどを区別し、スケジュールを立てていきます。基盤と方針を整理したら、スモールスタートで実践します。すぐに効果が得られるデータ処理の時間の短縮などから着手し、変革を段階的に進めることが大切です。
その後、徐々に実績や知見をCoE(センター・オブ・エクセレンス)に集めることで、組織全体に広めていきます。やがて、小さな変革の種が木になり、実を結び、大きな成果を上げていきます。イノベーションの源泉となるハイブリッド・マルチクラウドは、日本企業が今後さらに世界の競合に対して競争力を勝ち取る鍵となります。