1. なぜ人的資本経営が注目されるのか
昨年辺りから日本でも注目されている「人的資本」とは、どのようなものだろうか。既にご存じの方も多いと思うが、今一度整理しておこう。まずは、なぜここまで話題に上がっているのか、注目される理由を簡単に整理してみる。
<注目されている理由>
a)投資家対策
リーマンショック以降、投資家がサステナブル(持続的)に業績を伸ばす企業を見極めるうえで注目するようになった「ESG」。従来の財務データに加えて、E: Environment(環境)、S: Social(社会)、G: Governance(ガバナンス)に関連するデータも評価して企業への投資を判断するケースが増えた。このESGのSに人的資本が含まれているため、人的資本に関連するデータの開示や活用が注目されるようになった。
b)世界の潮流
ESGに関連して、人的資本関連の情報開示を企業に求める動きが世界で活発化している。英国では2013年時点で会社法規制を改正し、上場企業に対し「戦略報告書」の公開を義務化して非財務情報の開示を定めた。EUや香港でも同じころにESG関連の情報開示を企業に義務付け始めた。世界の潮流のなかでもインパクトが大きかったのは、2020年8月に米国でSAC(米国証券取引所)が上場企業に対し人的資本の開示を義務化したことだろう。これで、人的資本に関して周回遅れだった日本のお尻にも火が付いた。
c)日本国内の動き
上記の影響も当然あったと思うが、日本でも経済産業省が中心となって「人的資本」に関する研究会が開催されるようになり、アウトプットも多くなってきた。その中でも2020年9月に公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書」が注目を集めるようになった。伊藤邦夫氏が座長を務めている研究会のレポートなので、「人材版伊藤レポート」として認知されているケースの方が多いようだ。この「人材版伊藤レポート」のなかでも、目指すべきビジネスモデルや経営戦略を実現するうえで必要な人的資本を整える必要があるとして、「3つの視点」と「5つの共通要素」が紹介されている。
このように、世界の企業を取り巻く環境の変化が、人的資本への注目を高めていることがわかる。そして、人的資本に関連する情報の活用先としては、上述した株式市場を含めた対外的な情報開示と、サステナブルに成長できる企業力を身につけるための社内活用ということになる。
2. 人的資本経営に必要になる情報とは
人的資本経営を実現するためには、前述したようにさまざまな情報を活用して、経営戦略を実現するために必要な人的資本を整備していかねばならない。では、具体的にどのような情報を管理して活用していく必要があるのだろうか。
現時点でその回答になりそうなのが、「ISO30414」だ。国際標準化機構(ISO)が発表する人的資本の情報開示のためのガイドラインとして、11領域、58項目の情報が規定されている。「リーダーシップ」「後継者計画」「組織文化」「組織の健康」「安全および幸福」「コンプライアンスと倫理」「費用」「生産性、労働力の可用性」「多様性」「採用・異動・離職率」「スキルと能力」の11領域がさらに細分化され、58の項目に分類されている。
この場で58項目すべてを紹介することはできないので、馴染みのある項目をピックアップしたのが、下記の表だ。
このように、どの情報をどのような視点で把握すれば良いかがわかるため、情報開示ならびに社内活用する際にも具体的でわかりやすい。
3. HRTechはどのように活用できるのか
人的資本に関する情報を「ISO30414」の内容を前提にした場合、情報源は従来から利用している人事・給与システム、勤怠管理システムやHRTechソリューションでもあるタレントマネジメントシステムやエンゲージメントシステムに蓄えられているデータだろう。例えば、上記の表にある「後継者計画」の「後継者準備率」については、前回に紹介したタレントマネジメントの後継者計画の機能を活用すれば、適時情報を把握できる。
また、社内の人的資本を整備する目的で「ISO30414」の情報を活用するのであれば、注力したい項目をピックアップした上で、各項目に閾値を設け現時点の状況が一目でわかるダッシュボードを情報分析ツールで開発することも可能だ。
例えば、上記の「後継者カバー率」も下図のようなダッシュボードがあれば、随時簡単に現状を把握することができ、問題があれば対策を講じられる。このダッシュボードでは、実データが黒字で表示され、指標となる数字対して、各社で設定した閾値を上回っていれば「青字」、下回っていれば「赤字」、要注意レベルは「黄字」で表示されるため、一目で現在の状況がわかる。
対策が必要な指標については、ドリルダウンで詳細データが表示されるので、実態を正確に把握したうえで対策を検討することができる。さらに、AIを利用することにより、今後の予測や、同業他社が開示するデータをベンチマークデータとして活用して、どの項目をどのレベルにまで伸ばす必要があるかなどをシミュレーション可能だ。
この手の情報分析については、ツールの機能は豊富なので、どの情報をどのように分析するか、ユーザーのアイデア勝負になる部分でもある。人的資本関連については、企業において現在HOTなテーマであるため、いろいろなソリューションベンダーがさまざまな視点でサービスを提供し始めている。アンテナを高くして自社に合ったソリューションを見つけ出して試行的に導入してみるのも良いだろう。
4. おわりに
全4回にわたり、「HRTechの動向とタレントマネジメントの目指すべき方向」をテーマに筆者なりの意見を述べさせていただいた。今回の連載を通じて、進境著しいHRTechの現在地とその活用の実態について認識いただき、今後の参考となれば幸いである。
昨今の「人的資本経営」に代表されるように、人事関連のデータは従来以上に企業経営の重要な要素となっていくことが予想される。企業の活用ニーズはさまざまだと思うが、試行錯誤しながら進めていくケースも多いと思われる。その際も人事関連の情報を管理する基盤と分析/可視化する仕組みがしっかりしていれば、多くの情報の中から自社に最もフィットした情報を可視化できるようになるはずだ。
人的資本を充実させて企業力を向上させるための戦略的なツールとしてHRTechソリューションを活用できるか否かが、企業のサステナブル(持続的)な成長のカギになってくると言っても過言ではないはずである。是非皆様の会社に合ったHRTechソリューションを見つけていただき、有効に活用いただければと思う。
最後までお付き合いいただき、感謝の気持ちを示すとともに、読者の皆様の今後の益々のご活躍を祈念して、拙稿の最後とさせていただく。