1. 成長期に入りつつあるHRTech
HRTechが注目されるようになって久しい。日本でHRTechという言葉が巷で使われるようになったのは、2016年ぐらいからだろうか。経済産業省が後援している「HRテクノロジー大賞」も2016年に創設されている。その後6年が経過し、日本でもHRTechは随分浸透したように感じている。事実、HRTech関連のマーケットは堅調に推移しているようだ。ミック経済研究所の調査によれば、HRTech関連市場は、2019年度以降平均30%以上のペースでマーケットが拡大しており、2025年度には1700億円以上のマーケットになるという。
HRTechは、マーケットの成長とともに「何かやってくれそうな新しいソリューション」から、「企業が必要とするソリューション」へと存在感を高めている(図1)。
2. HRTechの変遷
一方、HRTechソリューションは、どのような変遷をたどってきたのだろうか。簡単に整理してみよう。前出の「HRテクノロジー大賞」が創設された2016年当時、日本においてはまだHRTechの認知度が低く、HRTechソリューションといってもまだ駆け出しの状態だった。AIを活用するソリューションもまだ少なく、人事業務にクラウド技術を取り入れるなど、ビックデータを活用した分析ソリューションが目立っていた。ちなみに第1回(2016年)の大賞は、『クラウドテクノロジーを最大限活用し、世界中の社員相互をインターコネクト(情報・人材をつなぐ)する採用、人材育成戦略の展開』が評価されて、日本オラクルが受賞している。
その後、人事業務にAIを活用するソリューションも増え、第2回以降は、AIを活用したソリューションやピープルアナリティスク関連のソリューションが大賞を受賞している。
最近の傾向として、AIなどの最新テクノロジーを搭載していることのみを強調したソリューションでは、もはやマーケットは関心を示さない。最新テクノロジーを活用したうえで、基本となる人事システムのフレームと融合させることで、従来とは違った次元で人事業務を支援し経営に貢献するソリューションに関心が集まっている。
慶応義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授の岩本隆氏が、論文「HRTechの変遷」(2018年5月)の中で、「HR Techは、『人に関するさまざまなパラメータにおいてデータ化する』→『データを分析する』→『分析結果を表示し経営に生かす』という3つのレイヤで構成される」と述べているが、現在のマーケットが求めるHRTechのレベルもこの「レイヤ3」になってきている。
2021年9月に発表された「第6回HRテクノロジー大賞」では、「『テクノロジー』と人事施策を融合し、個人の好奇心を刺激~個人の成長と組織の成長をつなぐタレントマネジメントシステムの構築」のテーマで、ソリューションベンダーではないニトリホールディングスが受賞している。いよいよ日本のHRTechも、ベンダーが新しく開発・発表したソリューションに注目が集まるレベルから、ユーザーが活用し経営に生かすレイヤ3の事例が注目されるレベルに昇華し、HRTechの活用が企業競争力を左右すると認知されるフェーズに突入したようだ。
3. HRTechは今後どこへ向かうのか
HRTechの「現在地」が、その活用いかんによって企業競争力に影響を及ぼす存在として認知されるレベルに到達したことは理解いただけだろう。それでは、今後HRTechはどこに向かうのだろうか。やはり期待されるのは、従来はITで支援することが困難だった領域や、以前よりも数段高い精度で人間の判断を支援する領域での最新テクノロジーの活用だ。
筆者は今後の具体的な活用テーマとして、以下の5つのテーマに注目している。
1.応募者情報の分析による採用判断精度の向上
2.適材適所配置の精度向上による生産性向上と離職率の低減
3.エンゲージメント情報などの活用によるウェルビーイングの実現支援
4.人事、人材情報を活用した人的資本経営の実現支援
5.関連情報を分析し人事課題の解決につなげるピープルアナリティクス
そして使用するテクノロジーは、やはりAIが中心になるだろう。実用化レベルに成熟してきたAIをどのように活用するかのアイデア次第で、画期的なソリューションが誕生する可能性も、まだまだHRTechには残されている。AIの活用については、以下のような調査結果もあり、今後の普及に弾みがつきそうだ。
前出の岩本隆氏は2021年4月に発表した『HRテクノロジーの現況と今後の展望』のなかで、「職場でのAIツール投資に関する調査結果」について、以下のように述べている。
「現在職場でAIを活用していると回答した人は日本では26%であり、2019年の調査に引き続き、11カ国の中で最下位」(図2)
「一方で、コロナ禍によりAIツールへの投資を加速すると回答した人は日本において44%。特に経営者層は63%、部長クラスは58%が投資を加速すると回答しており、事業をけん引する経営者層のAIツールへの投資意欲が高まっている」(図3)
コロナ禍を契機に、諸外国から遅れを取っているAIの職場活用が、企業の前向きな投資で前進し、HRTechの活用促進につながることを期待したい。次回以降は、筆者が注目している5つの活用テーマの中から、いくつかの事例を紹介していきたい。