デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、さまざまなヒットの裏にいるビジネス・プロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していきます。
第7回目のテーマは、1300年を支える宮大工棟梁の口伝
今年の奈良は、平城遷都1300年ということで、第一次大極殿正殿等が復元公開されたこともあり、このゴールデンウイークなども大盛況になっています。この平城遷都1300年祭は、話題となったキャラクター・せんとくんにまつわるキャラクターバトルなどもあり、皮肉にもある意味では十分に認知が行き届きました。NHKで「大仏開眼」という歴史ドラマを放送したり、他のさまざまなメディアでも平城遷都1300年にちなんだ企画が目白押しです。
そんな平城京観光の大ヒットを支えているのは、もちろんキャラクターや記念イベントもありますが、一番は当然ながらその地にある歴史建造物や仏像などの文化財です。それらの文化財があってこそ人は奈良を訪れるわけです。それらに宿っている1300年の歴史と文化の深い物語性が、平城京観光の目玉なのです。
中でもその代表格は世界最古の木造建造物 法隆寺です。この法隆寺は、あの聖徳太子が建立させて、日本に仏教を広め、国家という政治体制を固めていく際の象徴的な建造物でした。この世界最古の巨大木造建造物を代々支えてきた宮大工の匠が今回のテーマです。
皆さんはこの法隆寺金堂や薬師寺金堂などの昭和大修復を果たした宮大工、西岡常一棟梁をご存知でしょうか。西岡棟梁は最後の法隆寺大工棟梁として、唯一の内弟子である小川三夫棟梁を育てた方です。小川棟梁は、斑鳩工舎を設立して全国の寺院の修理や新築をしていることでテレビにもよく取り上げられているので有名な方ですが、その小川棟梁の師匠が、残念ながら1995年に亡くなった最後の宮大工と言われた西岡常一棟梁なのです。
西岡棟梁は、その宮大工としての教えを祖父から受け継いだと著書の中などで語っていますが、その脈々と流れる宮大工の匠の技とその技を伝承していく口伝、さらには、その口伝により作られていく棟梁という存在が、1300年の長い時間を経てさらに次世代につなげていく大事業を行い、それが平城京の遷都イベント成功の陰の立役者だと私は思うのです。法隆寺棟梁に代表される時代をつなぐ匠の連鎖が日本の文化を支えてきたのです。
私はこれからの仕事手法としてビジネスプロデュースが必要だと考えていますが、そのビジネスプロデューサーをたとえて、牧場で羊を追う牧羊犬のようなもの、ということがあります。そしてもうひとつの例えとして大工の棟梁みたいなものだとも説明しています。それも大ヒットを生むような大きな仕事では、やはり宮大工のような大きくて長く残るような建造物を立てる棟梁ということを言っています。
実は、最近私は林業産業について研究を進めているのですが、まさに「ビジネスプロデューサー」のあり方としての珠玉の教えが、大工棟梁の口伝の中に豊富にあることに驚かされました。西岡棟梁の教えには、「人材の育成、引き際の決断、……思わぬヒントに満ちた本書は、どんな経営書より私にとっては、価値がある」と伊藤忠商事会長の丹羽宇一郎氏に言わしめたような説得力があるのです。先人の業と智恵が詰まった口伝と、それにより培われた修行が生んだ棟梁の覚悟に満ちています。
その法隆寺大工の口伝の中から、現代のビジネスに生かすことのできる智恵をいくつか拾ってみましょう。
- 木は生育の方位のままに使え
- 堂塔の木組みは木の癖で組め
- 木組みは寸法で組まず木の癖で組め
これらの口伝に共通していることは、木はすべて異なる個性を持っているので、その癖を生かして組み合わせて良いものを作りなさいという口伝です。右に曲がっている木は左に曲がっている木と組み合わせることによって強固な建物になるという教えなわけです。
これはビジネスプロデューサーがビジネスの成功に必要な「人」や「ヒットの芽」(HS)の本質的な意味をよく理解して(理解力)、それらを有効に組み合わせていくこと(組織力)が重要であることとまったく同じです。癖のある木ほど、うまく使えば強い味方となるという教えです。
また、これは生物である木を扱う宮大工の教えであると同時に、その大工たちをまとめ上げる棟梁への口伝として、さらに次のように集約されます。
- 百工あれば百念あり、これをひとつに統(す)ぶる。これ匠長の器量なり。百論ひとつに止まる、これ正なり
これはまさに宮大工棟梁の心得というもので、大仕事のために全国から集まる個性のある腕の良い大工をまとめ上げる器量がないと、棟梁としては失格であるということです。
さらに、その大工たちが皆納得する方向のことは正しいということも併せて言っています。上から押さえつけるのではなく本当に正しいこと、すなわち誰もが納得する真実に向けて、棟梁はみんなを導かなければならないというわけです。
これもまさに、ビジネスプロデューサーの大いなるビジョン(目標力)のもとに、周りの英知をうまく使い(組織力)、1つの方向に向けて集団を引っ張っていく(働きかけ力)棟梁の姿を見事に表しています。
「ちゃんとしたものを残すためにはできるだけのことをせなあきません。時代に生かさせてもらっているんですから、自分のできる精一杯のことをするのが務めですわ」(新潮文庫「木のいのち木のこころ」より抜粋引用)と西岡棟梁はおっしゃっています。これは棟梁たるものの覚悟であり、ビジネスプロデューサーに最も求められる力であるなんとか「1-100実現」を達成する「完結力」の表れそのものです。
宮大工の棟梁とは、まさにそのプロデュース術で、時を超え時代を超え人々を魅了する優れた建築物を、代々口伝で受け継いで作るビジネスプロデューサーなのです。
執筆者プロフィール
吉田就彦 YOSHIDA Narihiko
ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。
「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…
アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。
「ヒット学」とは…
「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。