デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、さまざまなヒットの裏にいるビジネス・プロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していくコラムです。

第14回目のテーマは、料理で地場食材を支援 - 奥田シェフが目指す地産地消の拡がり

山形県鶴岡市のイタリアンレストラン「アル・ケッチャーノ」をご存じでしょうか。「アル・ケッチャーノ」とは庄内弁で、「あ~、そういえば(こんなおいしい食べ物)あるよね」という意味です。そんなユニークなイタリア語風庄内弁の店名をもつレストランを2000年に庄内で開店したのが、シェフの奥田政行さんです。

奥田シェフは、1969年山形県鶴岡市生まれといいますから、地元っ子。東京で修業を積んだ後、地元に帰ってきて2店舗で料理長を務めて、その後「アル・ケッチャーノ」を開店しました。最近では「食の都庄内」の親善大使や山形県食育体系検討委員会委員を務めたり、イタリアやハンガリーなど海外にまで活動を広めています。

そんな奥田さんや「アル・ケッチャーノ」を有名にしたのが在来野菜の復活劇です。昔から庄内にあったサラダにするには苦い「外内島キュウリ」や大きくて煮るには手間のかかる「カラトリイモ」など、ひと癖ある庄内の在来野菜たちを見つけては、それを料理してみせることによって、これまでうずもれてきて命が途絶えようとしていた在来野菜に陽を当てました。

作家・藤沢周平のゆかりの地、藤沢集落だけで作られてきた「藤沢かぶ」。伝統の焼き畑農法でずっと守ってきた地元の農家のおじさんは、奥田さんの料理となったかぶを見て驚きと喜びに感動したといいます。

先日もNHKのハイビジョン放送「地球ドキュメント『MISSION』地方レストラン発! 日本の農家復活プロジェクト」で奥田シェフが紹介されていました。地元の料理人と地元の生産者を繋ぐ奥田さんの活動の紹介です。兵庫県豊岡からやって来た2人の料理人を奥田さんが指導して彼らに地元の食材を意識させることで、地元の生産者が作っている食材に陽が当たり、さらには彼らの料理が豊かになるというような相乗効果を狙っています。

奥田さんは、料理人の彼らに惜しげもなく自分が学んできた秘伝とでもいうべきノウハウを伝授していきます。自分で得た知識を体系化して、自分が気付いたことを次の世代になんとか伝えたいとの思いからです。

「畑を見るときは横の草を見ます。横の草を見てとがっている草が多いところは基本的に土が良くないところ。土が良くなると畑のまわりに丸い葉っぱが生えてきます」 - 畑に入って生産者の方と話し、畑から収穫した野菜をその場で食べてみて、奥田さんはその野菜の遺伝子の味の下にある土の味を感じているといいます。そこにその土地でなければ生まれない食材の味があるというわけです。

「生産者の方が自分のものを自分でおいしいと言っても説得力がない。しかし、料理人が言うことによって説得力が出るし、料理人同士の世界の言葉で庄内の食材の良さを伝えられる」「料理人は自分が分かったことをお皿で表現しなければいけない」と、自分の料理でその食材の良さをアピールしていくわけです。そこに奥田シェフの覚悟とメッセージが込められています。

埋もれていた地元の食材を探してきて、それに料理という魔法をかけて表に引き上げるだけでなく、奥田さんはその食材を救うために自ら販路開拓にも一役買います。肉質に惚れた地元の羊農家がもうやめようかと思案していたとき、奥田さんは東京のレストランに自ら出向いて使ってもらうことに成功し、地場の確かな食材が消えていくのを防いだりもしました。

番組で登場した2人の豊岡のシェフは、その後、自分たちで地元の優れた食材を探して自分たちの料理に取り込みました。そんなシェフ達の活動に、地元のワサビ農家の青年が答えていました。「自分たちはこういう感じで作っています。そういうことに共感してもらうと、こういうお付き合いが出来ると、また良いものを作っていこうという原動力になる」 - 確実に奥田シェフの思いが拡がっていっているようにみえます。

奥田さんの活動は、まさに地産地消による地元食材支援の究極です。地元の食材を地元の料理人が地元の人に提供するという環境にも優しい循環型の消費経済の提唱でもあります。そんな奥田シェフの活動が拡がり、最近では「アル・ケッチャーノ」の食事と地元食材生産農家をめぐるツアーが企画されるなど、庄内の食文化をアピールすることで、庄内観光の一助にもなっています。

奥田さんがシェフとして地元で店を立ち上げたときに、その店名に表れるように「地場イタリアン」というコンセプトを掲げました。これがまさに奥田さんが注目の料理人となった原点です。

もし奥田さんを「食」のプロデューサーとして私が勝手に分析させていただくと、これはまさにビジョン力、ビジネス・プロデューサーの7つの能力でいうと「目標力」の達人ということになります。その「目標力」とともに、その地元の隠れている食材を探し、それを発見する力「発見力」、そして、それをなんとか形にしようと動く行動力が、奥田さんのプロデューサーとしての凄みです。

そんな奥田シェフが番組の最後に言っている事があります。「一番の幸せを感じるときは、みんなの気持ちがお客様に伝わって、気持ちがひとつになる瞬間なんですね。その時に不思議な気持ちが出るんです」「自分の足元にある自分の幸せを見つけていく、それでその幸せを見にいろんな人がやってくる。そうするとその人たちがいろんなものを置いていってくれるので交流が生まれる。それでいろいろ日本に血流が生まれて元気になっていくっていう、活動的になっていくっていう…」

ビジョンをカタチにして、その喜びや達成感がさらにまた新しい食材や人との出会いを生んでいく。そんな奥田シェフの思いの伝搬が、また新しい料理と人の縁を作っていく原動力となるのです。

執筆者プロフィール

吉田就彦 YOSHIDA Narihiko

ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。

「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…

アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。

「ヒット学」とは…

「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。