デジタルハリウッド大学大学院教授、ヒットコンテンツ研究所の吉田就彦です。このコラム「吉田就彦の『ヒットの裏には「人」がいる』」では、さまざまなヒットの裏にいるビジネス・プロデューサーなどの「人」に注目して、ビジネスの仕掛け方やアイデア、発想の仕方などを通じて、現代のヒット事例を分析していくコラムです。
第10回目のテーマは、落下傘参入の鉄則 - 福岡パルコに見る地域密着戦略
この3月19日に、福岡市・天神に大型ファッションビル「福岡パルコ」がオープンしました。この福岡パルコのビルは、2004年2月に地元の老舗百貨店 岩田屋が閉館したあとで、約6年1カ月ぶりに九州最大の繁華街・天神の一等地に大型商業施設の明かりが灯ったのです。
旧岩田屋本館は、1936年に岩田屋として開業し、戦後岩田屋が九州を代表する百貨店に成長する「原点」の建物で、天神に商業が集積するきっかけにもなったものでした。しかし、残念ながら地場の百貨店が全国で姿を消していった時代の嵐に呑まれた格好で、岩田屋も2005年に閉館。その跡に今回、九州では大分市、熊本市に続いて3店目となる福岡パルコが開店したわけです。
今や百貨店は冬の時代と言われています。百貨店というビジネスモデル自体がもうすでに時代のニーズを吸収できていないのではとも言われています。そんな中の福岡パルコの参入。しかも、昔からのなじみのある、知名度の高い「岩田屋」ではなく、新規参入者の「パルコ」ブランドの落下傘出店でした。
そんな福岡パルコの成功の可否は、今後の日本の百貨店ビジネスの未来を占う重要なチャレンジでした。結果は、3月19日にオープンして以来、1カ月間で140万人の集客動員数を達成し、大成功のスタートを切りました。
そのオープンプロモーション戦略に深く関わったのが、青山プランニングアーツ 代表取締役社長の尾中昭文さんです。尾中社長が考えた福岡パルコのオープニングキャンペーンの仕掛けコンセプトは、徹底した地域密着型の宣伝キャンペーンとデジタルサイネージなど、新しいデジタルメディアと連動させたソーシャルメディアの活用でした。
尾中社長は多彩な経歴の持ち主です。認知科学者でありながら、ミュージシャンとしてNHKのドキュメンタリー番組のテーマ曲を作ったり、コンピュータソフトの開発を手掛けるなどクリエイターとしての側面と、北京オリンピックの招致活動支援や民主党の政党PR支援などのコミュニケーションプランナーとしての活動など、実にユニークでさまざまなことを手掛けられています。そう言えは、あのダライ・ラマ法王14世が来日した際のトークイベントのプロデューサーもされていましたね。
そんな尾中さんが考えた福岡パルコの宣伝コンセプトにしたがって、さまざまな宣伝の仕掛けが行われました。
地元キーパーソンたちとの協業による宣伝活動やCM制作、天神の方々が登場するスナップカウントダウンやカウントダウンクロックを店頭デジタルサイネージとWebで配信しました。また、九州最大のファッションイベント「福岡アジアコレクション」に参加、Web「アジアンビート」とのコラボレーションによる限定オリジナル商品をプロデュースするなど地域密着型の宣伝キャンペーンを行いました。
さらに、それらのキャンペーンをブログやTwitter、デジタルサイネージといったデジタルコミュニケーションツールを使って拡げていきました。とくに、店頭のデジタルサイネージと来店ポイント制などの仕掛けで、モバイル会員のリピーターの促進を行いました。
パルコ・ブランドが得意なエンタテインメント性の訴求でも、自社プロデュースの演劇公演を福岡で行ったり、パルコファクトリーでのアーティスト展覧会を連続して行うなど、さまざまなイベントを地域密着型で行いました。
開店のメインポスターのキャッチは「みんなでつくろう。激論中、みんなの宣伝部」 - 若い社員がさながら熱い企画会議を行っているさまをビジュアルにしました。
そしてCM広告。PARCOのオープニングCMシリーズが福岡広告協会賞の「金賞」「銀賞」「銅賞」を取りまくり、オープンに向けて作られたフリーペーパー「PARCOCO」は、山木店長の「みんなの宣伝部が好きに作っていいよ!」との言葉で、みんなの宣伝部が思いっきり情報を発信しました。
とにもかくにも、すべてのキャンぺーンを地域密着、デジタルによる情報発信に徹して福岡の地元の人たちにパルコの存在を働きかけたことで大成功のスタートを切ることが出来たのです。
成功した尾中社長の戦略に透けて見えることは、やはりソーシャルメディアの時代になった今、TVに象徴される上からの情報シャワーだけではメッセージが伝わらないということです。お客様が自ら主体的になって百貨店に参加していく、かかわっていくという心理的な連帯意識をいかに演出できるか、ということが鍵なのです。
以前、あの「新潟美少女図鑑」の創始者で全国に「美少女図鑑」というコンセプトをフランチャイズしているテスクファームの近藤社長に伺ったことがあるのですが、今の地方の若い人たちは東京へのあこがれ志向がないと言います。大概のものは地元でも手に入るし、地元が好きで地元の街やネットワークが一番心地よいという意識があるようなのです。昔では考えられないことですが、昨今の若者の保守志向性とも合致する地元志向です。したがって、地元の自慢がしたいのです。その地元の自慢こそが地域に根差した百貨店やあらゆる産業のヒットの鍵なのかもしれません。
執筆者プロフィール
吉田就彦 YOSHIDA Narihiko
ヒットコンテンツ研究所 代表取締役社長。ポニーキャニオンにて、音楽、映画、ビデオ、ゲーム、マルチメディアなどの制作、宣伝業務に20年間従事。「チェッカーズ」や「だんご3兄弟」のヒットを生む。退職後ネットベンチャーのデジタルガレージ 取締役副社長に転職。現在はデジタル関連のコンサルティングを行なっているかたわら、デジタルハリウッド大学大学院教授として人材教育にも携わっている。ヒットコンテンツブログ更新中。著書に『ヒット学─コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則』(ダイヤモンド社)、『アイデアをカタチにする仕事術 - ビジネス・プロデューサーの7つの能力』(東洋経済新報社)など。テレビ東京の経済ドキュメント番組「時創人」では番組ナビゲーターを務めた。
「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」とは…
アイデアをカタチにする仕事術として、「デジタル化」「フラット化」「ブローバル化」の時代のビジネス・スタイルでは、ビジョンを「0-1創造」し、自らが個として自立して、周りを巻き込んで様々なビジネス要素を「融合」し、そのビジョンを「1-100実現」する「プロデュース力」が求められる。その「プロデュース力」は、「発見力」「理解力」「目標力」「組織力」「働きかけ力」「柔軟力」「完結力」の7つの能力により構成される。
「ヒット学」とは…
「ヒット学」では、ヒットの要因を「時代のニーズ」「企画」「マーケティング」「製作」「デリバリー」の5要因とそれを構成する「必然性」「欲求充足」「タイミング」「サービス度」などの20の要因キーワードで分析。その要因を基に「ミスマッチのコラボレーション」など、6つのヒット法則によりヒットのメカニズムを説明している。プロデューサーが「人」と「ヒットの芽(ヒット・シグナル)」を「ビジネス・プロデューサーの7つの能力」によりマネージして、上記要因や法則を組み合わせてヒットを生み出す。