これからがはじまり

三菱重工の二村さんは「高度化第2段を手に入れたことで、衛星側の負担が軽減できるようになった。これまで、アリアンは赤道から打ち上げられるため、多くの衛星はそれを基準としており、高緯度にある種子島からの打ち上げでは不利だった。しかし、今回の高度化でそれを補うことができ、アリアンなどと同等に近いところまでもってくることができた」と、意気込む。

11月24日の打ち上げが成功し、高度化で使われた技術が実証されれば、H-IIAや日本の商業打ち上げビジネスにとって、大きな一歩になることはまちがいない。

しかし重要なのは、この高度化とは、あくまでこれまでのH-IIAと比較して高度になるという意味であり、世界の他のロケットと比べて高度になるというわけではない。むしろ、ようやく同じ土俵に立てる「標準化」といったほうがふさわしい。

それでも、これまでは打ち上げすらできなかった、世界標準を念頭に造られた衛星がH-IIAでも打ち上げられるようになるのはひじょうに大きなことだ。打ち上げできる衛星の範囲が広がるということは、それだけ打ち上げを受注できる可能性も広がるからである。

しかし、第1回で触れたように、H-IIAにはまだ、打ち上げコスト、そして打ち上げ価格が高いという問題が残っている。

二村さんは「H-IIAは価格が弱み。我々としては、1円でも安くお客さまに提供できるよう、飽くなきコストダウンを続け、その弱みを少しでも軽減していきたいと考えている。機能や性能に直接影響しないようなコストダウンや軽量化は、日常的にやることでビジネスチャンスを広げることに繋がる」と語る。たとえば今回の29号機でも、新たに照明装置への電源を他の電池と共用させることで、証明専用に搭載していた電池を削除するというコストダウン策が施されている。

だが、細かな改良だけでは大幅なコストダウンは見込めないため、本格的に価格で勝負できるようになるには、一から新たに設計されたH3の登場を待たなくてはならない。

今回、高度化で開発された技術は、H-IIAの後継機となる新型基幹ロケット「H3」にも受け継がれ、またオプションとして、H3でもロング・コースト静止トランスファー軌道への打ち上げができるようになるという。この高度化はH-IIAだけでなく、H3という将来へとつながるという点でも、大きな意味をもっている(ただし、H3は開発が始まったばかりなので、最終的にどうなるかはまだ未定)。

また、H3の運用が始まっても、最初の数機が飛行するまでは信頼性が未知数なため、商業打ち上げの受注はあまり見込めない。そのため、H3の打ち上げが始まった直後は、H-IIAも並行して運用される。その中で、世界標準仕様の高度化H-IIAが連続成功を続けることで、H3もまたH-IIA並みの信頼性をもつロケットになるだろうという印象と安心感を広め、顧客の興味を引き止め続け、そしてH-IIAからH3に途切れることなく移行させることも重要になる。

日本は1994年に打ち上げられたH-IIロケットで、商業打ち上げ市場への参入を志した。しかしその道のりは険しく、20年以上にわたる苦難の末、今回高度化という技術をもって「テルスター12ヴァンテージ」の商業打ち上げを受注したことで、ようやくその第一歩を踏み出そうとしている。

その一歩を、H3の成功と、そして日本が商業打ち上げ市場で勝つための、次のもう一歩につなげることができるか。高度化H-IIAの挑戦が今、始まろうとしている。

写真集

最後に、三菱重工業が2015年8月28日に、同社飛島工場(愛知県海部郡飛島村)において行った、H-IIAロケット29号機の機体公開の写真をご紹介する。

愛知県海部郡飛島村にある、三菱重工業の飛島工場。敷地内には巨大な建物が立ち並び、また同社が1960年代に開発したビジネス機「MU-2」も展示されている。

H-IIAロケット29号機のコア機体。コア機体とは、第1段機体、第2段機体、そしてその間にある段間部をひっくるめた名称。

奥にあるのが第2段機体。

全体的な形や寸法などは、これまでの第2段と変わっていない。

高度化第2段は、白く塗られた燃料タンクが特徴。

燃料タンクの外壁には、ケーブル類が走っている。打ち上げ時にはもちろんカバーがされる。

段間部側から第2段を見る。

段間部には、今回の積荷である「テルスター12ヴァンテージ」を運用するテレサット社のロゴと、高度化のミッション・パッチが貼られている。

段間部の内部と第2段の下部。中央にあるのが第2段ロケット・エンジンの「LE-5B-2」である。

続いて、第1段機体へ。高度化でも、こちらは今までとあまり変わっていない。

ただ、今回の打ち上げでは固体ロケット・ブースター(SRB-A)を4基装着することから、SRB-Aの取り付け部も4か所あり、ブースターを2基使う際の第1段機体とは設計が異なっている。こちらはSRB-Aの根元側。

SRB-Aの取り付け部の頭側。

SRB-Aが4基付くことで、第1段エンジンのカバーも、2基装着時とは形が違う。

第1段機体を下側から。

第1段機体の側面には三菱重工のロゴ・マークが光る。

第1段と第2段の比較。H-IIBでは第1段のほうが一回り太くなっているが、H-IIAでは同じである。

このあとコア機体は、種子島に向けて出荷され、最後の組み立てがおこなわれる。そして積荷である衛星が搭載され、打ち上げられる。

2015年10月1日現在、H-IIAロケット29号機は、2015年11月24日の15時23分に打ち上げられる予定となっている。

参考

・https://www.mhi.co.jp/technology/review/pdf/514/514053.pdf
・http://h2a.mhi.co.jp/service/manual/pdf/manual.pdf
・http://www.jaxa.jp/press/2012/01/20120125_sac_h2a_j.pdf
・http://www.jaxa.jp/press/2005/02/20050226_h2af7-ignition_j.html
・http://fanfun.jaxa.jp/topics/detail/3404.html