三菱重工は2021年11月8日、H-IIAロケット45号機のコア機体を公開した。
ロケットは今年12月21日、英国インマルサットの通信衛星「インマルサット6 F1」を載せて打ち上げられる予定。インマルサットは長い歴史と高い実績をもつ世界的な衛星通信会社であり、搭載する衛星は同社にとって最新鋭の次世代型衛星の1号機となる。
連載の第1回では、初打ち上げから20年を迎えたH-IIAの概要と、今号機のミッションについて紹介した。
今回は、“ロケットの目利き”でもあるインマルサットが、なぜ重要な衛星の打ち上げに、三菱重工のH-IIAを選んだのかについてみていきたい。
インマルサット6 F1
インマルサット(Inmarsat)は英国ロンドンに拠点を置く衛星通信事業者で、主に海上などの移動体向けの衛星通信サービスを提供している。もともとは1979年に「国際海事衛星機構」という国際機関として設立。1999年から民間企業となった。現在、予備機も含めると10機以上の衛星を保有、運用している。
H-IIAロケット45号機で打ち上げられる「インマルサット6 F1(Inmarsat-6 F1)」は、同社にとって第6世代目となる次世代衛星の1号機で、現在運用中の第3〜5世代の衛星よりも広帯域の周波数帯で同時通信を可能とする。これにより、従来の衛星が担ってきたサービスを補強し、より安定した通信サービスを提供するとともに、密集状態でも通信速度が落ちない円滑な通信も可能としている。
衛星には、「ELERA」と呼ばれるLバンドの通信機器と、「Global Xpress」と呼ばれるKaバンドの通信機器を搭載。ELERAは通信容量と耐障害性の大幅な強化により、モノのインターネット(IoT)への対応を含む世界中への移動体通信サービスを提供。Global Xpressは大容量通信能力による高速ブロードバンド通信を提供する。LバンドとKaバンドの機器を両方搭載したハイブリッド衛星は世界初だという。
また、同社が構想中の、既存の静止軌道衛星、低地球軌道衛星および地上5Gを1つの調和したソリューションとして提供するネットワーク「ORCHESTRA」を実現するための静止衛星としても重要な役割を担うことになっている。
衛星の製造は欧州のエアバス・ディフェンス&スペースが担当。打ち上げ時の質量は5470kg。電気推進スラスターを搭載しており、ロケットによる打ち上げ後、静止軌道に乗り移る。
機体公開に際し、インマルサットで同衛星プログラムのマネージャーを務めるエドウィナ・ペイズリー氏は「 パートナーである三菱重工と、インマルサット6 F1を打ち上げることを、心から楽しみにしています。これまでで最も大型で最新の商業衛星を打ち上げる三菱重工のロケットの勇姿を見ることは、これまでにない素晴らしい経験です」と期待を述べた。
「衛星、ロケットそれぞれの分野で世界を牽引する2つの企業が打ち上げ成功に向けて心を合わせることで、わが社が提供するELERAとGlobal Xpressが、日本とアジア・太平洋地域をさらに便利にすることが可能となります。打ち上げを大変楽しみにしています」。
酸いも甘いも嚙み分けたインマルサットが選んだH-IIA
三菱重工にとって今回のインマルサットからの受注は、通算5件目の海外顧客からの打ち上げ受注となった。
過去4件の内訳と打ち上げ年は以下のとおりとなっている。
- 韓国航空宇宙研究院の地球観測衛星「アリラン3号」(2012年)
- カナダの衛星通信会社テレサットの通信衛星「テルスター12ヴァンテージ」(2015年)
- アラブ首長国連邦(UAE)ドバイ政府宇宙機関(MBRSC)の地球観測衛星「ハリーファサット」(2018年)
- UAE火星探査機「HOPE」(2020年)
一方インマルサットにとっては、前述のように長い歴史をもつが、日本のロケットに打ち上げを発注したのは今回が初めてである。これまで、商業打ち上げで最も高い実績をもつ欧州アリアンスペースの「アリアン5」ロケットをはじめ、ロシアの「プロトンM」ロケット、そして米国スペースXの「ファルコン9」ロケットでの打ち上げ経験もあるが、日本のロケットだけは使ったことがなかった。
商業打ち上げの経験や実績が少ない三菱重工にとって、今回の受注は大金星となった。
三菱重工でH-IIAロケット打上執行責任者を務める徳永建(とくなが・たつる)氏は、「インマルサットという大きな衛星通信会社に認めていただき、衛星を打ち上げられるということは大きい。三菱重工にとっても、今後にとって大きなメリット、アピール材料になると考えています」と期待を語った。
だが、そもそも、さまざまなロケットとの付き合いを通じ、その酸いも甘いも嚙み分けてきた“ロケットの目利き”ともいえるインマルサットは、なぜ新型の次世代衛星の1号機というきわめて重要な衛星の打ち上げを、商業打ち上げの実績がまだ浅い三菱重工に発注したのだろうか。
受注を獲得できた要因について、徳永氏は「打ち上げ成功率の高さを信頼していただけたのが大きいと考えています。また、私たちが強みとしている、『オンタイム打ち上げ』率の高さも評価してもらえたのでは」と語る。
本連載の第1回で触れたように、H-IIAはこれまで44機中43機の打ち上げに成功しており、成功率は約97.7%。また、7号機以降38機が連続で成功しており、世界で最も信頼性の高いロケットのひとつに数えられる。
また、H-IIAはロケットの機体や地上設備などの技術的なトラブルによる延期が少なく(天候不良など不可抗力によるものを除く)、ロケットをあらかじめ決めた日程の中できっちり打ち上げることができる「オンタイム打ち上げ」率が高いという特長もある。
インマルサットのような商業用の通信衛星の場合、衛星からのサービス開始日などがすでに決まっており、打ち上げが失敗したり、延期したりしたせいでサービス開始日も遅れると、利用する顧客はもちろん、決算、株価などにも影響を及ぼすことがある。また、惑星探査機などの場合は、軌道などの条件によって、1年の中である時期のみしか打ち上げられない、それを逃すと次は何年待ち、という場合もある。
そこにおいて、H-IIAの信頼性とオンタイム打ち上げ率の高さは、とくに大きな魅力となる。
また、他国・他社には、H-IIAよりも安価で、同等の信頼性をもつロケットもある。しかしそれらのロケットは、安価さを武器に大量に受注は取ったものの、打ち上げが追いつかず“順番待ち”が発生し、衛星側が希望する日程で打ち上げられない場合や、信頼性は同等でもオンタイム打ち上げ率でH-IIAのほうが優っている場合がある。
コスト・価格の高さは否めないにせよ、高い信頼性とオンタイム打ち上げ率を武器に、衛星のニーズに確実に応えることで獲得できた今回の受注。それは決して偶然の産物でも、棚からぼたもちでもなく、H-IIAの20年、そしてそれ以前からも脈々と営まれてきた日本の、三菱重工のロケット事業の集大成であり、技術者と技能者、営業などが一丸となって勝ち取った大金星といえよう。
(次回に続く)