前回は、中小企業の視点でFinTechを概観し、ビジネス変革の機会と成り得ることについて触れました。今回と次回では、FinTechが具体的にどのように中小企業のビジネスに変革をもたらすのかについて解説します。

中小企業の現状と課題

はじめに、日本の中小企業の状況を簡単に触れると、中小企業庁の「2015年度版中小企業白書」において、中小企業(小規模事業者含む)は約385.3万社、従業員数は約3217万人である一方、大企業は1.1万社、従業員数は1397万人と示されており、全事業者数の約99.7%、全従業員数の約70%が中小企業であることが分かります。一方で、日本の非製造業における労働生産性(従業員一人あたりが生み出す付加価値額※1)は、中小企業では570万円に対して、大企業では1212万円※2であり、中小企業の生産性は、大企業の1/2程度でしかありません。

特に日本では、少子高齢化や人口減少等の構造的な社会問題により、今後、労働人口が加速度的に減少していくことが予測されており、日本経済の持続的成長には、中小企業において業務効率化による生産性の底上げが不可欠となるのです。

クラウド会計への期待

ここでFinTechサービスの中でも特に、中小企業の業務効率化の向上に期待されているのが「クラウド会計」になります。実際に、日本におけるFinTech分野への投資額は、2013年1月~15年9月までの累計で、約138億円(12億4500万ドル、111円/ドル換算)に達しますが※3、そのうち特に投資額が集中しているFinTechサービスが、クラウド会計分野になります。freee、マネーフォワード、A-SaaS(エーサース)は、3社合計で約100億円(各社資本金、プレスリリース等を参考にした推定値)の投資をベンチャーキャピタル等から受けており、FinTechの中でもクラウド会計への期待の大きさを表しています。

それでは、なぜクラウド会計の導入が中小企業の業務効率化の向上に資するかを以下で説明します。

クラウド会計導入によるメリット

まずは、記帳業務の省力化です。経理業務の中でも手間のかかる業務の代表的なものが日々の帳簿つけです。今までは、納品書、請求書、領収書、通帳等の証憑を目で確認しながら手作業で帳簿をつけていました。そのためにミスも多く、口座残高と合わないなど差異の調整等に多くの時間を割いていました。クラウドであれば、会計ソフトを金融機関等のインターネットバンキングのデータと連携させることで、銀行口座の入出金データやクレジットカードの利用明細データを自動取得し、記帳を自動化することが可能です。例えば、クレジットカードの利用明細に「タクシー◯◯◯円」とあれば、「(借方)旅費交通費◯◯◯/(貸方)未払金◯◯◯」といったように会計上の科目も自動提案した上で仕訳化します。手入力の手間や人為的なミスを大幅に削減することが可能であり、業務時間の大幅な短縮につながります。

次に、リアルタイムな経営状況の把握です。現状、月末に会計期間を締めた後に、必要な証憑を準備し、自社もしくは会計事務所で記帳した場合、月次試算表が2カ月後になって報告されるようなケースも存在します。このように2カ月先にならないと利益が確定しないのでは、結果の要因分析と課題把握が困難であり、2カ月後には打ち手の実行機会を逸していることが多くあります。クラウドであれば日々の取引を自動で記帳しますので、決算早期化が可能となるとともに、経営状況をリアルタイムに把握することが可能となります。

また、コミュニケーションコストの削減も挙げられます。会計データは、企業活動の結果そのものであり、決算書作成には多数の関係者が関わることになります。今までは、社内や税理士等と共有する場合、紙での受け渡しや電子ファイルでの交換等が一般的でしたが、会計データは日々数字が動くものなので、バージョン管理とデータのやりとりは手間のかかるものでした。クラウドであれば、IDとパスワードさえあれば、必要なメンバーはクラウド上にある同じデータをいつでもどこでも共有することができるため、コミュニケーションコストを削減することができます。

最後に、クラウド会計ソフト自体が低コストであるということです。これらの会計ソフトは月額1000円程度から利用することが可能です。税制改正/保険料率改定などに伴うバージョンアップは自動で対応されるため、制度改正への対応は万全である上に、アップデートは基本無償なのでコスト負担の心配は不要です。

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中小企業にとって、限りある経営資源をどのように配分するかは重要な問題であり、販路拡大や技術開発等の「本業」の部分に経営資源を集中できる環境を構築することが付加価値の創出には不可欠です。クラウド会計の導入を機会に、まずは経理業務プロセスを見直してみてはいかがでしょうか。

出所
※1 企業の生産活動によって新たに生み出された価値。付加価値額= 営業利益 + 人件費 + 減価償却費 等で算出される
※2 平成27年11月 中小企業庁「中小企業・小規模事業者の生産性向上について」
※3 アクセンチュア「Fintech Investment in Asia-Pacific set to at least quadruple in 2015」

著者略歴

依田 勇生(よだいさお)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社  プロダクトグループ マネージャー 公認会計士
2006年あらた監査法人に入社。会計監査業務、ストラクチャードファイナンスリスク査定/開示業務に従事。2011年プライスウォーターハウスクーパース株式会社(現PwCアドバイザリー合同会社)に転籍し、中小企業から上場企業まで幅広く事業再生業務に関与。2015年にアカウンティング・サース・ジャパン株式会社に参画。中小企業及び会計事務所へのクラウド会計・税務システムの導入を支援し、FinTechを活用した中小企業の経営改善を推進。