米宇宙企業スペースXは2018年2月7日、世界最強の超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」の初打ち上げに成功した。この超大型ロケットで、スペースXは、そしてイーロン・マスク氏は、いったいなにをしようとしているのだろうか。
連載の第1回では、ファルコン・ヘヴィの特徴や性能、開発の顛末について、第2回では、生中継を通じて世界的に大きな話題となった、ロケットの"ユニゾン着陸"と、宇宙を走るテスラ・ロードスターについて解説した。
第3回となる今回は、ファルコン・ヘヴィの打ち上げ能力と打ち上げコストの関係、そして衛星の商業打ち上げ市場におけるファルコン・ヘヴィの実力と可能性について解説する。
再使用と打ち上げ能力、コストの関係
第2回で触れたように、ファルコン・ヘヴィはファルコン9の機体を使っていることから、センター・コア(中央の第1段機体)も、その両脇のブースターも、地上に帰還、回収し、再使用できるようになっており、打ち上げコストの低減を図っている。
実際、今回の初打ち上げでも、ブースターには過去に一度、ファルコン9の第1段機体として打ち上げられたものが使われた。センター・コアは新造機だったが、もちろん帰還、再使用ができるようになっていた(ただし今回は失敗)。
だが、ここで注意しないといけないのは、ブースターやセンター・コアを回収する場合、打ち上げ能力が下がるということである。第1回で、「ファルコン・ヘヴィの地球低軌道への打ち上げ能力は"最大"63.8トン」と書いた。最大というのはつまり、機体を回収せずにすべて使い捨て、ロケットの能力を最大限に発揮して打ち上げたときの能力のことである。
もしブースターやセンター・コアの両方、あるいはブースターのみ回収するのであれば、打ち上げ能力はこれよりも下がることになる。だが、それと引き換えに、打ち上げごとにかかるコストは下げられる。
機体を回収する場合、しない場合の、打ち上げ能力と打ち上げ価格、コストの違いについて、スペースXやマスク氏はつまびらかにしている。ファルコン9との比較も含め、以下の表にまとめた。
低軌道 |
静止トランスファー軌道 | 打ち上げコスト、価格 | |
---|---|---|---|
ファルコン9 (第1段回収) |
? | 5.5トン | 価格:6200万ドル (スペースXのWebサイトより) |
ファルコン9(使い捨て) | 22.8トン | 8.3トン | コスト:約9500万ドル弱 (マスク氏の発言より) |
ファルコン・ヘヴィ センター・コア洋上回収) |
? | 8.0トン | 価格:9000万ドル (スペースXのWebサイトより) |
ファルコン・ヘヴィ センター・コア使い捨て) |
57.4トン | 24.0トン | コスト:約9500万ドル強 (マスク氏の発言より) |
ファルコン・ヘヴィ (すべて使い捨て) |
63.8トン | 26.7トン | コスト:1億5000万ドル (マスク氏の発言より) |
表1: ファルコン9、ファルコン・ヘヴィの、打ち上げ形態と能力、コストと価格の比較(なお、便宜上、またマスク氏の発言の文脈上、同列に扱っているが、本来打ち上げコストと価格は異なるものであること、またこの数字はスペースXやマスク氏が公表している価格であり、必ずしも実際にこの値段で打ち上げられるというわけではないことに留意されたい) |
2つの顔を持つ超大型ロケット
この表から、ファルコン・ヘヴィというロケットの価値と、なぜスペースXが挫折を味わいながらも開発を続け、完成させたのかが見えてくる。
たとえば、これまで世界最強のロケットであり、米国の超大型軍事衛星の打ち上げを独占していたデルタIVヘヴィは、地球低軌道に約22.6トン、静止トランスファー軌道に約13トンの打ち上げ能力をもち、打ち上げコストは3億5000万ドルとされる。
しかしファルコン・ヘヴィは、低軌道なら3倍弱、静止トランスファー軌道でも約2倍の打ち上げ能力をもちながら、コストは1億5000万ドルと、圧倒的なコスト・パフォーマンスをもつ。
そして最大の特徴は、ファルコン9では難しかった衛星の打ち上げを、手頃な値段で実現しているということである。
たとえば、6トン以上の静止衛星を打ち上げる場合、これまではファルコン9を使い捨てるしかなかったが、ファルコン・ヘヴィを使えばより安価に打ち上げられるようになる。
また、8トンを大きく超える静止衛星を打ち上げたいという注文が来た場合、これまでファルコン9では使い捨てでも打ち上げられなかった。しかしファルコン・ヘヴィなら可能になり、さらに価格もファルコン9とほとんど変わらない。
そして第2回で触れたように、ファルコン・ヘヴィには衛星を静止軌道へ直接投入できる、大きな付加価値もある。
ファルコン・ヘヴィは、どうしてもその巨体と強大な打ち上げ能力に目を奪われがちだが、何十トンもあるような衛星の打ち上げ需要がいまのところほとんどない以上、それはファルコン・ヘヴィの価値のひとつにすぎない。
そのもうひとつの側面にして、そして商業ロケットとしての真価は、既存のファルコン9では届かない打ち上げ能力を手頃な値段でカバーし、あるいは同じ能力をより安い値段で提供できるというところにある。そしてそれを可能にしているのが、スペースXのウリである"ロケット再使用"なのである。
またマスク氏は、今後ファルコン・ヘヴィの打ち上げをなんども行い、再使用が常態化し、さらに改良などを加えれば、打ち上げコストはさらに下げられるとも語っている。
他の大型、超大型ロケットと直接対決へ
この打ち上げ能力と値段が確かならば、スペースXは衛星の商業打ち上げ市場に、これまで以上に深く食い込むことができるだろう。
たとえば近年、静止通信衛星の中には、7トン前後の質量をもつものが増えてきている。そうした大きな衛星の打ち上げはこれまで、欧州のアリアンスペースが運用する「アリアン5」がもっぱら使われていたが、ファルコン・ヘヴィはそれと同等か、あるいはより安価な価格で販売されることになる。ファルコン9はやや打ち上げ能力が低いため、これまでは直接対決とは相成らないことがあったが、ファルコン・ヘヴィの登場で一変する。
また、同じIT長者ということでなにかとライバル扱いされる、ジェフ・ベゾス氏の宇宙企業ブルー・オリジンが開発中の「ニュー・グレン」とも対等に太刀打ちできるようになる。
ニュー・グレンも巨大なロケットだが、ファルコン・ヘヴィと同じく再使用することを念頭に置いているので、打ち上げ能力は地球低軌道に45トン、静止トランスファー軌道に13トンにとどまっている。つまりファルコン・ヘヴィをすべて、あるいはブースターのみ回収する場合に近い。
ニュー・グレンは価格を公表していないが、衛星会社などによると、ファルコン9やヘヴィよりも安い価格を提示しているという。もっとも、ニュー・グレンは2020年以降の運用開始を予定しており、いまはまだ影も形もない。したがって、これは運用開始直後の、まだ信頼性がない段階での割引額である可能性がある。またマスク氏が「ファルコン・ヘヴィはさらに安くできる」と語っていることからも、実際の市場ではほぼ対等に戦うことになろう。
ただ、ファルコン・ヘヴィには衛星フェアリングが小さいという弱点がある。最近の静止通信衛星の中には、搭載機器が増え、質量は据え置きながら体積が大きくなっているものがある。また数トンある衛星を2機積んで打ち上げたり、小型衛星を大量に積んで打ち上げたりといった需要もあり、この場合もやはり、質量より体積が大きくなる。
ファルコン・ヘヴィのフェアリングは直径5.2m(内径は4.6m)しかない一方、ニュー・グレンは7mもある。つまり打ち上げ能力ではどっこいどっこいでも、実際に搭載できる衛星の大きさ、あるいは数に大きな差が生じてしまっているのである。
スペースXもこの点は認識しているようで、今回の打ち上げ後にマスク氏は、フェアリングの直径を太くする可能性についても触れている。
商業打ち上げ市場はどう応え、変化するか
ファルコン・ヘヴィはまだ1号機が打ち上げられたばかりで、今後も安定して打ち上げを続けることができるか、コストや価格が発言どおりの数字に収まるかなどは未知数である。
それでも、ファルコン9よりも打ち上げ能力が大きい、アリアン5などと真っ向から対決することが可能になったことは大きな意味をもつ。また、ブルー・オリジンに先んじて超大型の再使用ロケットを実用化したことも大きな優位性となり、ニュー・グレンが登場する2020年まで成功が続けば、信頼性で勝ることになる。
現に、ファルコン・ヘヴィはすでに、米空軍や衛星通信会社から打ち上げ契約を取り付けている。今回の打ち上げ成功を受けて、さらに受注が増える可能性もあろう。
こうした新たな、そして安価なロケットがいくつも出てきている一方で、衛星の全体の打ち上げ数は大して増えていない。これから衛星打ち上げ市場は、数少ないパイの奪い合いになるのか、それとも安価なロケットの登場と共に市場規模も拡大するのか。これからの変化に目が離せそうにない。
(次回に続く)
参考
・Falcon Heavy | SpaceX
・Capabilities & Services | SpaceX
・Military certification the next big test for Falcon Heavy - SpaceNews.com
・Elon Muskさんのツイート: "Side boosters landing on droneships & center expended is only ~10% performance penalty vs fully expended. Cost is only slightly higher than an expended F9, so around $95M."
・Blue Origin | New Glenn
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info