Appleの「iPad」成功を伝えるニュースに並んで、メディアの転換期を思わせるニュースが2つ並んだ。1つはフランスの高級紙『Le Monde』の身売り、2つ目は英国の高級紙『The Times』オンライン版の有料化だ。
Le Mondeは1944年創業の中道・左派の日刊紙。記者をはじめとした内部者が筆頭株主となることで中立的な報道を目指してきた。このような独自の編集方針もあってフランス内外からの評価は高く、インテリに見せたいがためにLe Mondeを小脇に抱える人がいるといわれたこともある。だが、時代は変わり、発行部数はここ数年のピークだった40万7,000部(2002年)から2008年には30万部、4分の3に減少している。いまの時代、格好良く見せたいのなら、Le MondeよりもiPadを携えた方がサマになりそうだ。
数年前から深刻な経営難に陥っていたLe Monde、人員削減を含むリストラ策を講じてきたがその努力もむなしく、とうとう6月初めに増資を発表した。負債は約1億ユーロに膨れていた。引き受け先が過半数の株式を取得することになるため、事実上の身売りとなる。
引き受け先として名乗りを上げたのは、Lazard Franceのトップを務める銀行家Matthieu Pigasse氏、新興テレコム企業のIliad創業者Xavier Niel氏、故Yves Saint-Laurent氏のパートナーで実業家のPierre Berge氏のグループ、それにスペインのメディア企業Prisa、仏ビジネス紙『Nouvel Observateur』などを所有するClaud Perdriel氏、そしてFrance Telecomの3社連合らだ。
Le Mondeは6月28日、それぞれのオファーをレビューした結果、Pigasse氏らのグループ(Berge氏-Niel氏-Pigasse氏の頭文字をとってBNPともいわれる)による増資を支持することを決定したと発表した。これを受けてFrance Telecomグループらが撤退、引き受け先が固まった。Le Mondeはまずは約1億1,000万ユーロの投資を得ることになる。
増資発表から引き受け先決定までの数週間、メディアをにぎわせたのはフランス大統領のNicolas Sarkozy氏の動きだ。
Le Mondeの将来が政治に与える影響をおそれてか、Sarkozy氏は左派で野党との親交があるといわれるPigasse氏らがLe Mondeを買収することに懸念を示し、Le MondeのCEOに対しPigasse氏らグループの取得に反対する意見を表明したと伝えられている。Le Mondeは機器調達にあたり国の融資を受けることが決定しているが、Sarkozy大統領は(Pigasse氏らに決定した場合は)これを取り消す可能性も示唆したとか。Sarkozy大統領が反対意見を示したことと元国有企業のFrance Telecom(現在でも28%の株式を国が保有)が名乗りを上げたことが同時期だったことから、反Sarkozy派を中心に大統領の行動が批判された。
このような経緯があってだろう、5月末に行われたLe Monde記者会の投票ではPigasse氏らグループ取得に対する反対票はなかったという。Pigasse氏らは編集には介入しないことなどを約束しているが、パリ政治学院メディア学教授のThierry Dussard氏は、Le Mondeはジャーナリストが営利や出資企業の影響をうけないという点で「最後の恐竜だった。一つの時代が終わった」とAP通信にコメントしている。
この取引でシンボリックなのが、"BNP"のNこと、Niel氏だ。Niel氏は19歳で起業して成功した実業家という、フランスでは珍しいタイプだ。Iliadは「Free」ブランドのISP事業で知られ、いち早くインターネット/TV/電話の"トリプルプレイ"を提供した革新的ベンチャー。フランスのブロードバンド普及に大きな役割を果たした。Niel氏はIliad創業前、France Telecomの家庭用情報端末Minitelでポルノ系サービスを開始して財を成したといわれている。ポルノからキャリアをスタートしたインターネット起業家が権威あるLe Mondeを買収する - これは時代を象徴している気がしてならない。
さて、お隣英国では7月1日をもって、The Timesおよび日曜版『Sunday Times』のオンラインサイトが有料となった。これは親会社のNews Corporationの方針によるもので、News Corporationを率いるメディア王ことRupert Murdoch氏は以前から、新聞の生き残り対策として、(Googleを責めると同時に)オンラインニュースサイトの有料化を打ち出していた。6月中にWebサイトのリニューアルを済ませ、読者に告知してきた。料金は紙の新聞と同じ1日1ポンド(1週間で2ポンド)となる。
英国でオンライン版を有料にしているのは経済紙『Financial Times』ぐらいだ。The Timesは有料化とともに質の高い記事の掲載を約束するが、Twitterで速報程度の情報ならすぐに入手できる時代。対価を払ってオンラインで新聞を読もうという読者がどれほどいるのか。リスクが高いとみる向きも少なくない。成功すれば、後に倣う新聞社も出てくるだろう。そういった点からも、有料化したThe Timesの今後の動向に世界が注目している。
新聞は広告の減少、インターネットの出現、都市部を中心とした無料紙の登場、と複数の負の要因に囲まれている。一方で、iPadのような新しいプラットフォームと端末を利用して新しいビジネスの可能性を探る動きも出てきている。メディアの激動期ははじまったばかりだ。