英国の"3ストライク"法案こと「Digital Economy Bill(DEB)」が難航している。審議が進んでいる上院での反発に加え、人権団体やインターネットアクセスを提供する公共機関、ホテル業界団体などからも懸念や不満が噴出しているようだ。

このコラムで以前取り上げたDEBは、文字通りデジタルによる経済促進を主題とした法案で、周波数帯ポリシー、デジタルラジオへの移行などを含む包括的なものだ。ビジネス・イノベーション・技能大臣のPeter Mandelson卿が発起人となり、2009年11月に議会開会を告げる女王演説で発表された。

法案の最大の目玉は、違法ダウンロード対策だ。お隣、フランスのHADOPI(Creation et Internet)に習い、著作権のある音楽や映画などのファイルを許可なくダウンロードしたユーザーは2回の警告の後に3回目にインターネット回線を遮断されるという3ストライクの導入を試みる。

だが、不明確な部分も多い。たとえば、図書館、大学など、市民にインターネットサービスを提供する公共機関はどうなるのか。実際、英国図書館、ロンドン大学、エジンバラ大学、大学連盟、博物館・図書館・文書館国家評議会などが先日、連名で書簡を公開している。「インターネットアクセスを提供する公共機関の立場が不明確であり、現在のまま法として成立した場合、公共インターネットアクセスに脅威となる」とする懸念を示している。学生など、自宅にインターネット回線がなく、公共のインターネットに頼る人は約1,500万人といわれている。生活に欠かせないインターネットへのアクセスを切断してしまってよいのだろうか、と疑問も投げかける。

民間企業からも同じような懸念が出ている。ホテル、ケータリング、観光業などの業界団体British Hospitality Association(BHA)は、ホテルなどが利用客にインターネットアクセスを提供する場合、利用客の詳細情報をISPに提供することに懸念を示している。「現在の法案では、利用客が違法ダウンロードを行い続けるとホテルの回線が切断される可能性があるが、顧客の情報の収集が難しい場合がある」と主張している。総じて、DEB=インターネットアクセスを提供するホテルの事業に悪い影響を与える可能性が大きい、と見ているようだ。

インターネット回線の切断を中心に法案をレビューしていた英国議会人権合同委員会は2月5日、法案評価報告書を発表した。それによると、インターネット回線の切断という措置は深刻な刑罰であるとし、「推定無罪を土台とした審問は絶対に不可欠だ」と記している。推定無罪を前提とした抗議プロセスがない点、政府に大きな権力を与えてしまう点などとともに、明確さに欠けるとも指摘している。たとえば、家族の一人が違法ダウンロードをした場合、世帯全体が遮断の対象となるのか、インターネット利用停止は無期限なのか、代替サービスの利用はできるのか、などについても具体的に明記されていないという。法案は全体として詳細に欠けており、人権の観点からのプロセス評価は難しいというのが結論のようだ。

なお、DEBには、政府による著作権法改正を容易にする条項が盛り込まれていた。この条項に対しては、米Googleや米Facebookなどのインターネット企業が違法ダウンロード以外のトラフィック監視につながるのではないかと反対を示していたが、1月中旬、ビジネス・イノベーション・技能省はこれを修正し、著作権法の修正には草案段階で両院の承認を得る必要がある、と変えている。

DEBはISPにコスト増を強いることから、反対するISPも多い。そんな中、大手のVirgin Mediaは違法ダウンロードモニタリングを目的に、英Detica(BAE Systemsの子会社)が開発したディープパケットインスペクション技術「CView」を試験的に導入する計画を明らかにし、大きな議論に発展している。Virgin Mediaではデータは匿名化されること、違法音楽ファイル共有のみをモニタリングの対象とすることなどを主張し、DEBの効果を測定できると述べているようだ。1月末、欧州委員会はPrivacy Internationalなどの苦情を受け、Virgin Mediaのモニタリングについて調査を開始することを発表している。

このように英国で審議が進む一方、2月に入り、ベルギーでも3ストライクを含む法案を議員が示唆したというニュースが流れた。今後、正式に法案として発表される可能性がありそうだ。

DEBに反対するOpen Rights Groupでは、単にユーザーの回線を遮断することは違法ダウンロード対策として適切とはいえず、着手すべき課題はデジタル音楽事業が発展しない背景(レコード業界のライセンス形態)を調査することだと主張している。

そこでフランス。HADOPIは根本的な問題解決にならないとして、自分たちで合法プラットフォーム「Apiadopi」を立ち上げようという動きがある(発起人は、なんと「HADOPI」の商標登録を政府より先に出願していた人物らしい)。Webサイトによると、音楽、動画などの作品を自由にアップロードできる場所で、アーティストと売り上げを共有する(売り上げの70%はアーティストに、残りの30%は管理費用として徴収)モデルを導入するようだ。今年9月にサービスインするとしているが、果たしてどうなるだろうか。