英国ハイテクベンチャーのスター、SpinVoxに逆風が吹き荒れている。従業員の内部告発や公式書類から同社の主張は不当とメディアが暴けば、Spin Vox側は「批判は嫉妬から」と返すなど、ちょっとしたスキャンダルに発展している。

SpinVoxといえば、2004年、ロンドンで英Symbian(当時)の「Smartphone Show」に参加したとき、PR担当に「すごいニュースがある」とSpinVoxが同イベントで正式ローンチしたことを聞かされたことを思い出す。なんでも、画期的な技術によりボイスメールをテキスト変換するサービスで、「絶対成功する」とこの担当者。なぜか覚えていたのは、その後SpinVoxの名前を定期的に目にしていたからか、小さなブースに立っていた"Christina"と紹介された共同創業者が若い女性だったからかもしれない。

そしてSpinVoxは成功した。

SpinVoxのサービスは、ボイスメールをテキスト変換して送信するというわかりやすいものだ。だが、あれば便利なサービスで、ユーザーはお金を払って利用しはじめた。テキストを受け取った後、「返信する」などのアクションもスムーズで、この点も人気の秘密だったようだ。ここ最近は、Facebook、Twitterなど他のサービスとの統合にも乗り出している。モバイルそのものが注目業界となっており、同社はうまく波に乗った。

対コンシューマはもちろん、Vodafone、Orange、3、Telestraなどのオペレータと契約するBtoBモデルも確立。無料サービスのWeb 2.0と比べ、最初から有料のSpinVoxは投資家に好かれたようだ。2008年には、Goldman Sachsが1億ドルの投資ラウンドに参加したことが大きく報じられた。IPOもうわさされ、英国が生んだ注目ベンチャーの1社となった。今年5月、SpinVoxの共同創業者兼CEO、Christina Domecq氏は、CNBCの"Entrepreneur of the Yea"(今年の欧州起業家)に選ばれた。

ところが7月、SpinVoxを正面から攻撃する記事が出た。それも英国営放送のBBCだ。

BBCの技術担当記者、Rory Cellan-Jones氏は7月後半、SpinVoxが主張する「マシンによる音声←→テキスト変換」は誇張であると暴いた。Cellan-Jones氏は、SpinVoxで働いたことがある人、現社員などの意見から、以前より怪しいと思っていたマシンによるテキスト変換に挑戦する -- わざと聞きにくい言いまわしを含むメッセージを録音し、5回送ったところ、5回とも違うテキストが送られてきたという。「マシンであれば、同じ結果を出すはずだ」と Cellan-Jones氏は記している。

これを機に、SpinVoxのネガティブな話が一気に噴出した。通常なら音声メッセージが送られた後、5 - 10分でテキストが送られるはずが時間がかかっている、と主張するものもあれば、北米ではSpinVoxのパキスタンにあるコールセンターのスタッフを名乗る人がユーザーに、「SpinVoxが給料を支払ってくれないので、あなたのメッセージをテキスト変換できない」というメッセージが届くという事件もあったようだ。特許についても、主張している数の特許はない、特許はマシンによる音声テキスト変換が関係するものではない、という指摘が出た。

さらには、元社員や元コールセンタースタッフなどから、入社が決定するとNDAを結ばされたこと、実際はほとんどのメッセージを人を使ってテキスト変換している、などの内部告発も出たという。英国のメディアは主張の虚偽、プライバシー問題などさまざまな切り口で手厳しくSpinVoxを非難した。

SpinVoxはCellan-Jones氏の記事に関する声明文を掲示している。そこで同社は、音声メッセージの多くが南アフリカ、フィリピンにあるコールセンタースタッフに聞かれているというBBC側の主張を不正確とし、自社はケンブリッジにある先進音声グループが開発した音声認識と関連技術を持つと主張した。SpinVoxのテキスト変換技術「VMCS(Voice Message Conversion System)」については、常に学習して精度を改善するシステムと形容する一方で、「VMCSの画期的な点は、わからない箇所がわかること」とし、わからない箇所については人間に支援を求めると記している。なお、SpinVoxは以前から、人間の介在を認めていたとのことだ。

このほか、英国のデータ保護法を順守していること、コールセンタースタッフは、顧客情報をいっさい知らないことなども主張している。

そんな折、SpinVoxに投資している投資会社Aiadne'sの著名な女性ベンチャーキャピタル、Julie Meyer氏がDemocq氏に対してエールを送るコメントを自身のブログに掲載した。Meyer氏は、SpinVoxは知的所有権、技術などを有する優秀企業であることに加え、Democq氏を絶賛し、「(SpinVoxは)女性が創業し、女性が率いた技術企業としては、欧州で初の成功例」とした。Meyer氏はSky Newsに対しても、SpinVoxたたきは「Democq氏への嫉妬からだ」とコメントしている。

SpinVoxは8月、報道関係者を集めてマシン音声テキスト変換技術のデモを行ったという。比較的小規模なシステムで行ったデモをジャーナリストらは認めたようだが、SpinVoxのCIOは人間とマシンの比率、コールセンターの数、スタッフ数などについては「あいまいだった」と報告している。