日本でも取り入れられつつある「ジョブ型雇用」

筆者は以前Microsoftに勤めていたのですが、その最後の年にはMicrosoftのテクノロジーを訴求するエバンジェリスト管理の仕事に関わっていました。エバンジェリストは、Developer、IT Professional、Architectなど、グループ分けがされていました。これが、実はIT部門における職種の種類なのです。

今は内製化の話題が盛り上がっていますが、海外ではソフトウェアを作るDeveloperがIT部門の中にいて、IT部門の中でキャリアを構築できるのです。大企業に所属する男性で、長髪のいかにも"ソフトウェア開発者"のような方もいらっしゃいました(笑)。ですから、ジョブ型というのはIT部門にとっても他人事ではなく、システムの内製化の前提で整備するべき事項の一つかもしれないです。

国内のIT業界でも、日立製作所、富士通、NECなどが、「ジョブ型雇用」を取り入れ始めています。これは年功序列型雇用を打破して、特に給与について、年功の社員の給与を抑えながらパフォーマンスを上げる若手に多く配分するのが目的だとも言われています。

筆者は考えてみれば米国企業でもう30年以上働いており、「ジョブ型雇用」にすっかり慣れてしまっています。また、Microsoft、Cisco Systems、SAS Instituteでは、「ジョブ型雇用」を進化させるプロジェクトに関わりましたので、今回はその経験を共有したいと思います。

ジョブ型雇用の取り組み方

まずは、2022年5月20日に公開された人事ソフトウェア大手のCompany社のジョブ型についての調査レポートを紹介します。

そのレポートによると、『ジョブディスクリプションの導入検討状況については、既に導入している法人が12.6%、導入しておらず検討予定もしていない法人が最も多く39.5%という結果でした。導入理由には「同一労働・同一賃金の実現のため有期雇用の従業員に対して導入した」「中途採用に関して、特定の業務の補充のため」との回答がありました。また、検討理由には「職務・職責に応じた人事制度改定の検討を具体的に進めるため」といった回答もありました』とのことです。

筆者がジョブ型雇用を初めて意識したのは、1993年に入社したMicrosoftの時でした。責任や必要なスキルなどのジョブ内容が明確になった社員の「枠」がポジションになっており、そのポジションに既存の社員や採用される新しい人が入ります。また、ポジションごとに給与の範囲が決まっています。

場合によっては、別のポジションに移れば給与が違うということも発生するのです。日本の終身雇用制のように、人に給与が付くのではないということです。当初は「これが外資なんだ!」「なんて厳しい世界だ」と思ったものです。

ジョブ型を取り入れている組織では、ポジションをベースにゴールや目的を達成するための予算の範囲や、必要人材の人数を考えて構成されていきます。ある意味で、これが組織戦略になります。新規に開発するビジネスや拡張するビジネスに新しい役割が必要な場合には、新規にジョブを開発します。決して硬直したモデルではありません。

筆者がMicrosoft、Cisco Systems、SAS Instituteで経験したのは、この進化です。外資系企業では大体、人事のトップも転職をしますので、人事に関するベストプラクティスが転職先に持ち込まれて同じような仕組みを実装していく傾向があります。トップの人は、企業や組織を変化させることが仕事みたいなものです。まさにこれでした。筆者が何をしたかを紹介します。

ジョブの洗い出しから始まる

まずは、必要なジョブの洗い出しです。冒頭のDeveloper、IT Professional、Architectなどです。ちなみに筆者がいるマーケティング組織は細分化されており、かなりの数のジョブの種類があります。フィールドマーケティング、デジタルマーケティング、PR/AR、イベント、ブランド、ソーシャルメディア、オペレーション、製品マーケティング、コンテンツマーケティングなどです。

そしてジョブごとにJD(Job Description:職務記述書)を作成しました。JDとは、ジョブの概要とそのジョブに要求される責任や役割と必要なスキル(およびそのレベル)の種類を明確にするものです。LinkedInなどで外資系企業の採用募集を見るととても参考になります。

そして、ジョブごとにグレードの定義をしていきます。日本では職務レベルというのでしょうか、シニオリティともいいます。同じジョブでもグレードの上にいけば責任やスキルなどの要求が高くなっていきます。もちろん給与も高くなります。

筆者が今まで見た中で一番ユニークなJDは、なんと飛行機のパイロットです。SAS InstituteのCEOは2台のボーイング機を所有しており、そのパイロットも社員だったのです。社員ですから当然JDがありましたし、それが社内で公開されていました。

横軸にジョブの種類、立て軸にグレードがあり、階段のように見えるので、ジョブラダー(仕事の階段)とも言われます。そして、管理職と専門職ではジョブの種類が異なります。キャリア開発とは、この階段をまっすぐ上るか、違う階段を斜めに上がっていくかになります。パフォーマンスが著しく悪い場合は階段を下がることもあります。降格です。

このジョブラダーのよいところは、上にいくときや斜め上にいくときに(場合によっては横に異動するときに)、どのような役割でどのようなスキルが必要なのかが分かり、その準備ができるということです。マネージャとは年に何回かそのような話をして、どこに行きたいのか、そして、そのために必要なスキルの開発をトレーニングやプロジェクトの経験を通して行います。「ジョブ型雇用」にはキャリア開発のロードマップが描けるという光があります。

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ジョブ型雇用と給与基準

給与の基準はジョブの種類とグレードで決まります。ジョブの種類とグレードごとに給与の範囲があり、通常はその範囲を4分割します。ちょうど真ん中が、その会社がベンチマークする企業の給与モデルになります。

当時のMicrosoftでは業界2位の企業をベンチマークしていました。1位じゃないところが渋いですね。4分割の上2つのエリアに入ると、もうそのグレードでは給与はあまり上がらないという領域ですから、給与を上げたければ上のグレードにプロモーションされる必要があります。

会社によっては、昇給については3つの予算があります。昇給、プロモーション、調整です。昇給と調整は社員のパフォーマンスやポテンシャルを見ながら、予算の範囲で割り振ることができますが、プロモーションの予算はグレードが上がった社員でしか使うことができません。よって、大幅アップの昇給を狙う場合はグレードのアップが必要になるのです。

また、ボーナスもジョブの種類とグレードに連動する場合もあります。ジョブごとにMBO(Management by Objectives:目標による管理)やKPIの種類が設定され、グレードによってターゲットの数字を変えます。売上や顧客満足度のような共通のターゲット数字もあります。ターゲットの数字に対してどれだけ達成したかでボーナスの額が決まるのです。複数ある場合は重みづけされます。もちろんボーナスの原資が確保されてからの話ですが。

当時のMicrosoftは採用にも工夫がありました。採用時の質問カードみたいなものがあり、ジョブの種類ごとに採用面接でどのようなことを聞くのかがカード形式になっていました。それをヒントに採用面接を進めるのです。別の企業でも、複数の面接官が、そのジョブごとにどのようなことを聞くのかを振り分けるアプリケーションがあるのを見たことがあります。そのジョブに適したベストな人を採用する必要がありますからね。

ジョブ型雇用の影

お分かりの方もいると思いますが、ジョブ型雇用の影は、専門職のグレードはあるところで止まるということです。そうすると、給与もある程度の上限までしかいかないのです。それはそうですよね。管理職でチームとしてパフォーマンスを上げる人と、専門職でパフォーマンスを上げる人では、その貢献度合いに通常は違いが出ます。

そういうことをご存知の方が、「ジョブ型雇用への移行は年功者の給与減らし」とおっしゃる理由です。管理職は理論上、一応CEOまで登っていけます。一方で、企業は組織をできるだけフラットにして意思決定を迅速に行うようになっています。そのため、管理職と部下の最低比率が決められていることも多く、管理職になるポジションが減ってきています。

日本企業が上手にジョブ型雇用を取り入れるために

日本のジョブ型の課題としては、大学の専攻をどのようにジョブ型雇用につなげるかだと思います。米国では、例えば社会人でマーケティングの仕事を得る場合は、大学でマーケティングを専攻する必要があります。そして、そのままマーケティングのキャリアを積んでいきます。

日本でもジョブ型の新卒採用が18%ほどに増えているようですが(出所:経団連「採用と大学改革への期待に関するアンケート結果」2022年1月18日)、大学の専攻とは関係なく一般職として仕事を得る場合が多いので、どのようなジョブでキャリアを構築していくかは、良い意味で社会に入ってから選択できる柔軟性があり、一方で大学の専攻があまり意味ないものになる可能性もあります。これはキャリアの二毛作モデルと言うようですね。

一方で、データサイエンスなどの特殊な知識が必要な分野は大学での専攻が必須になり、めったにリスキリングできる分野ではないので、米国のように大学での専攻がキャリアに直結します。

筆者は幸いコンピュータサイエンス系を専攻して、富士通にSEとして入社しましたので、キャリア初期のジョブとの連携を図ることができました。どのようにジョブ型のキャリアで開始するか、そのあたりは企業の人材育成の戦略の見せ所でしょうか。

また、日本人ならではの影もあります。それは、がんばりすぎて個人やチームが定義されたジョブの範囲を大きく超えてしまうことです。「がんばっているのだからいいじゃないか」と日本人は思いがちですが、実は問題を引き起こしているのです。それは、誰かががんばりすぎることによって、本来は別のジョブとして定義されて人員を追加すべきところを、うやむやにしてしまって、本来あるべき組織が作れないことです。与えられたジョブの中で継続的に努力するのはよいのですが、ジョブを超えてがんばる場合、そのリーダーは大きな逸脱に注意をする必要があります。

このように、ジョブ型雇用は専門性を有する人材を確保・育成しやすい、仕事内容と報酬を一致させられる、社員、特に若手社員の満足度を上げるという効果があると思います。うまく回りだすと、社内の優秀な人材も確保しやすくなるかもしれません。