見えないことは、改善できない

自宅で掃除機を使うたびに、「あ、見える化って大事だな」と思います。その掃除機にはLEDライトが付いており、ホコリやゴミが緑の光で見えるので、綺麗に取ることができます。データ活用が遅れている企業の幹部にこの体験をしてほしいですね。「見えないことは、改善できない」という魔法のような言葉もあります。

ガートナーのプレスリリース「日本企業のデータ活用に関する調査結果を発表」を読むと、国内では長年データ活用の優先順位が高いにもかかわらず、利用の実態が伴っていないことが分かります。リリースの冒頭には、以下のような記述があります。

Gartnerが2022年7月に実施した日本企業におけるデータ活用の状況についての調査で、自社のデータ活用で得ている成果に対する評価を尋ねたところ、「全社的に十分な成果を得ている」との回答は2.2%にとどまり、ほとんどの企業では全社的な成果を得るまで至っていないことが明らかになりました。一方で、自社の一部も含めて「ある程度」の成果を得ていると回答した割合は、合わせて78.8%に上りました。

筆者は最近、エンタープライズアプリケーションのベンダーで仕事をしていますが、海外の事例を読むと、データ活用のためにERPなどのエンタープライズアプリケーションを導入して、”Singe Source of Truth”を実現していると述べている企業が実に多いです。

“Single Source of Truth” とは、訳すると「1つの真実」という意味です。信用できるデータのソースを1つだけにして、それを全員で共有して活用するということを指します。この逆の状態とは、いろいろな場所にいろいろな形でデータが重複して散在している状況です。日本の企業において、エンタープライズアプリケーションを導入する目的の一つがデータ活用であることは確かですが、まずは在庫の見える化をするところから始めている場合が多いです。

データは、ヒト、モノ、カネと同等の企業の資産になっています。意思決定、需要予測、マーケティングのターゲティングやパーソナライゼーションから、今後のサステナビリティの廃棄やCO2のトラッキングまで、ビジネスでデータ活用がないシーンは考えることができません。

では、データ活用を企業内で促進するためには、何が大事でしょうか?ベンダーの宣伝に乗ってBIやアナリティクスのツールを導入すれば済むわけではありません。以前、アナリティクスのソフトウェアベンダーであるSAS Instituteに勤めていたときに市場調査などで知ったことは、データ活用を促進するにはまずは企業の文化が大事だということです。その文化を基盤に、活用のためのスキルやツールを整備する必要があるのです。もちろん、データ管理をしっかりやることも大事です。

Inputのデータが汚いと、Outputの分析結果の品質が高いはずはありません。また、データを“Single Source of Truth”として最新状態にするためには、優れたオペレーションとガバナンスが必要になります。IoTなど機械が生成するデータだけならいいですが、CRMを考えても人間が入力するデータがまだまだ存在しますので、それがもし「面倒だ、入れない」となると、すぐに信用できない汚いデータソースになります。

データ活用のための企業文化を作るために

一番大事な企業文化のために、データの活用が前提での意思決定を浸透させないといけません。ここでは、需要予測を例に考えてみたいと思います。データ活用が進んでいない企業では、Excelなどで過去データを集計してから、担当者が経験で予測を出します。属人的ですね。

一方で、データ活用が進んだ企業では、データサイエンティストが需要予測のモデルを作成して、担当はそのモデルによって計算される数値を基準に、環境も考慮して数値を調整します。その数字を信じることが許されるかどうかが、まさに企業文化なのです。

この企業文化は、データ活用だけでなくDX(デジタルトランスフォーメーション)でも重要な役割を演じます。書籍『BCG 最高を超える戦略』(日経BP 著者:アリンダム・バッタチャヤら)で、ボストンコンサルティンググループ(BCG)は次のように述べています。

BCGの調査で明らかになったのは、カルチャーを重視すると、デジタルトランスフォーメーションははるかにうまくいくことだ。デジタル変革を進めた企業を追跡したところ、カルチャーを重視した企業の大多数(ほぼ80%)が【堅調もしくは飛躍的に高いパフォーマンスを維持】したが、カルチャーを軽視した企業はいずれにもそれに該当しなかった。

  • エンタープライズIT新潮流3-1

では、この企業の文化をどう作るかというと、なかなか厄介な課題です。文化は目に見えないからです。この文化ですが、『CHANGE 組織はなぜ変われないのか』(ダイヤモンド社 著者:ジョン・P・コッターら)によると、19世紀の終わりから20世紀の初めに社会人類学から生まれたようで、その4つの重要な結論は今日にも当てはまるとのことです。その4つが次の通りです。

・人は自ら文化をうまく説明できない
・文化を構成するさまざまな要素が意図したプロセスではなく、非公式な形で継承されることにある
・文化は基本目に見えないものだが、影響力は極めてある
・文化は目を見張るほど安定していて、ゆっくりとしか変わらない

なるほど、企業文化を変えるのは簡単ではなさそうです。

書籍『マッキンゼーCEOエクセレンス 一流経営者の要件』(ダイヤモンド社 著者:キャロリン・デュワーら)では、成長を成し遂げたCEOの調査から、企業文化を変えるには「職場環境をつくり替える」「率先して自ら変化する」「意義を具体的に示す」「大切なことは測れるようにする」ことが重要と述べています。

リーダーによるリーダーシップが大事であり、そのための正しいKPI設定をしないといけません。また、MIT スローン経営大学院の記事「Data literacy for leaders」には、「データサイエンティストは需要があるかもしれないが、データリテラシーはリーダーから始まる。リーダーは適切な意思決定を行うために十分にデータを信頼し理解する必要があり、組織全体でリテラシーの取り組みを推進し、データを信頼する文化を創造しなければならない」(筆者訳)とあります。経営者も大変です。

企業文化の上にあるスキルの面では、統計やデータマイニング、フォーキャスティングなどのサイエンス的なスキルと、ビジネスの課題解決のスキルが必要になります。これも筆者がSASで働いていたときにネタでよく言っていたのですが、Analyticsの元々の語源はAnalysisと同じで、古代ギリシャ語で「(結び目を)すっかりほどくこと」を意味します。

これをビジネスで考えると、課題解決になります。データを活用して、ビジネスや業務の課題を解決することがアナリティスクの本質で、決してデータ分析することではないのです。データサイエンティストも同様です。データサイエンティストはサイエンスとITを活用して課題を解決する役割の人であり、やっぱりいまだにセクシーな仕事だと思います。

BIツールを活用するレベルのスキルでしたら、取得はそれほど難しくはありません。ただ、それ以上のサイエンスの知識や技術が伴うものについては、なかなか厄介な分野です。私は大学が理系だから分かりますが、流行のリスキリングで乗り越えるには、山が高いのです。よって、大学での教育が不可欠かと考えます。

ですから、データサイエンスの人材は貴重なのです。この分野は大学の専門が社会人のジョブ型雇用に完全に連携しています。ちなみに、日本でデータ活用が遅れている原因の一つに、日本の大学教育があります。

最近では、滋賀大学などデータサイエンス学部・学科開設の動きが加速していますが、それ以前は理学部の下に統計学科がある程度でした。一方、欧米では有名どころの大学では、ほとんど統計学部が以前からありました。サイエンス人材の社会への輩出数に圧倒的に差があったのです。

実は、これには日本が影響しています。日本の高度成長期に、欧米の人が日本を研究した際、その要因がQC(Quality Control)であることを見抜きました。そのため、その基礎となる統計を学ぶ機会を増やしたのです。そしてQCだけでない分野にも応用していき、今日があるのです。QCはせっかくの宝でしたが日本では十分応用できなかったのです。残念としか言いようがないです。

ヒトとデータこそが21世紀で最も大切な企業資産

上記の『BCG 最高を超える戦略』では、次のようにも述べられています。

最先端企業はデジタル情報という動力源を活用して、より効率的なプロセス、より適切な価格設定、より価値の高い商品・サービス・体験を作り出す強力なグローバル・データ・アーキテクチャを構築することで、グレートを超えた企業になろうとしている。こうしたデータ・アーキテクチャは成長を促進して巨大な価値を生み出させるよう戦略的に設計され、ユーザーをプラットフォームや世界中のパートナーとシームレスに結びつけ、21世紀の企業のための新しいタイプのサプライチェーンを構成する。

これは、世界の最先端の企業はデータ活用によって高い競争力を得るということです。つまり、自社でデータ活用に本格的に取り組まないと差が広がります。国内ではデータ活用とDXの話題が混在されることが多いのですが、その違いを理解して両輪でやっていく必要があると思います。ヒトとデータこそが21世紀で最も大切な企業資産になりつつあると思います。おカネももちろん大事ですが。