書籍も出ているのでご存じの方も多い「Value Proposition」。日本語では「価値提案」といわれますが、これは製品を新規に開発する際の重要な設計図になります。この価値提案によって、製品のポジショニング、ターゲットとなるペルソナ、訴求するメッセージ、および競合に対する差別化を明確にして、製品を開発すれば、競争力の高い製品が作れる可能性が高まります。
大事なことは、Value、つまり価値をターゲットのペルソナに、利用のシナリオごとにどう提供することかを決めることです。これがないと、単に「技術があったから作っちゃいました」という製品になって、後々販売に困ることになります。
筆者が以前働いていたマイクロソフトでは、この価値提案をポジショニングと呼んでいました。名前は異なりますが、同じ目的で使われます。今回は、筆者がマイクロソフトのプロダクトマネージャー時代に学んだポジショニングのやり方を解説します。外資IT企業を渡り歩きましたが、どのグローバル企業でも同じような仕組みで製品を作り、マーケティングを実行していました。
ポジショニングの重要性
ポジショニングは企業の製品やサービスの開発においても重要です。製品・サービスのポジショニングとは、どのターゲット顧客に、どのような価値訴求をして、競合他社ではなく自社のものを買っていただくかという位置付けになります。市場での製品やサービスの位置付けを考えるために必要であり、それを作成する枠組みが「ポジショニングフレームワーク」です。
これを知ったのはマイクロソフトでプロダクトマネージャーを担当していたときで、わざわざマーケティングの世界で有名なケロッグ経営大学院の教授が日本に来日して、マイクロソフトと共同開発したポジショニングフレームワークの講義をしてくれました。
そこで学んだコンセプトは、"てこ"の理論でした。ターゲットとなる顧客をてこの中心に置き、製品やサービスが提供する価値のてこの一方に、これを購入する際に生じるコストやリスクをもう一方に置きます。
価値がコストなどよりも大きければ、オーディエンスが買う方にてこが傾くというものでした。その価値で大切なのは、顧客視点での価値に加えて、競合を特定して、競合にない特長を明確にして、かつ、第三者によって証明されなければいけないというものでした。説明するときには、製品・サービスの機能を羅列する場合が多いと思いますが、決定的に他社と違うことを打ち出さす必要があります。一方的に説明しても、それは自慢話でしかなく、顧客には響きません。社外にある事実でそれを証明する必要があるということです。
ポジショニングフレームワークの作り方を紹介
ポジショニングフレームワークの作り方を少し詳しく見ていきましょう。
まずは、起点となくターゲットです。いわゆるペルソナです。どのような顧客が買ってくれるか、または意思決定に参加するかで、性別、年齢、居住地域、収入、職業、学歴など、その人が持つ人口統計学的属性のデモグラフィックと、購買者の習慣、趣味、嗜好、価値観などのサイコグラフィックなどを決めていきます。
一般的なのは、ペルソナを作りターゲットを擬人化して、どのような行動をするかまで想定する方法です。例えば、「年齢は40代の男性で結婚しており、朝は必ず日経新聞を読み、新しいことが好き。ワークワイフバランスを大事にして夜は家族と過ごす」などです。
そして、差別化のために、競合製品やサービスを特定して分析をしておきます。この差別化がなければ、ブランド力なくコモディティの安売り商品になります。筆者は日本の企業を支援していますが、ここが抜けている場合が多いです。
さらに、ターゲットが製品・サービスを使うシナリオを考えていきます。例えば、「製品が持つダッシュボードの機能を使って在庫の予測分析を行い、在庫量を最適化する」などです。
その後、シナリオごとに、競合はどこで、どの点で差別化できるかを記載していきます。それを使うリスクや費用があれば明記します。差別化ポイントをどう証明するかも記載します。この証明で代表的なのは、事例の紹介や、インフルエンサーの声、調査会社による市場調査の結果です。これを、想定する全てのシナリオで行います。
全体ができたら、それを包括するメッセージを作ります。1行、3行、5行で表現できる文章をそれぞれ作り上げるのです。1行はヘッドラインで、3行が簡単な説明部、5行は30秒で読める程度の説明文です。これらの分は新製品を出したときにプレスリリースやWebサイトに引用されます。ですから、インパクトのあるものを作る必要があります。
ここで筆者がやるのは、製品・サービス名をマスクして文書を読んだときに、その製品やサービスが想起できるかで出来映えを確認します。皆様も自社の会社のブランドメッセージでぜひテストしてみてください。
以前、筆者は別の連載で同じようなことを記載して、その連載元のメディア企業のメッセージを評価しようとしたことがあります。そうしたら、当時の編集長に担当記者が筆者の代わりにこっぴどく怒られたという思い出があります。そうです、メッセージが今ひとつだったのです。それは、親切心だったのですが......。
デジタルの時代、このメッセージを基盤に作るキャッチコピーやヘッドラインがとても大事です。昔のように雑誌を斜め読みして広告や記事を拾ってもらう時代は終わり、キャッチコピーとコミュニティの評価でコンテンツを見に行くか判断されるからです。
ポジショニングでパスをもらいにいく
前述しましたが、競合にはない差別化と、どのようにそれを証明するかがポジショニングのポイントであり、厄介なところです。差別化の証明なんかできないと嘆かれるかも知れません。外部に調査を依頼する、お値引きによって顧客に事例をお願いするなど、計画的に証明を作り出して行く必要があります。
筆者は高校生のころバスケットボール部に所属していましたが、当時の顧問の先生に「パスはもらいに行け」とよく指導されました。実は、パスは待っていても来ないので、ポジショニングを考えて自分からもらいにいく必要があります。これと同じで、調査などの証明もその製品・サービスで作りあげていくのです。ここでも、ポジショニングです。
多くのグローバル企業では、営業とマーケティングでポジショニングフレームワークを活用して、一貫したメッセージを販売およびマーケティングの複数のチャネルを介して出していきます。それもとても効果的ですが、マイクロソフトや他のグローバル企業では、製品開発の時点でこれをやっているのです。
作ったポジショニングのコンセプトで製品を開発して、開発が終われば営業やマーケティングに引き継がれていきます。最初から差別化を図った製品が作れるということです。作ったものと売る時のメッセージがズレると、差別化も曖昧になってしまいます。
筆者はマイクロソフトがSmall Business向けのサーバソフトウェアを売り出した際の苦い経験があります。当時、まだまだ日本ではオフコンが多く使用されており、本来ならばコミュニケーション用のサーバなのに、日本ではオフコンの代替機のアプリケーションサーバとポジショニングしてしまい、悲惨な販売結果を体験しました。断言しますが、製品ができてから差別化は作れません。
ちなみに、ポジショニングフレームは個人のキャリアを考えるときにも有効です。自分を商品としてポジショニングフレームを作ってみて、将来の"パス"を取りに行くのです。ぜひ、やってみてください。