マイナンバーカードとデジタルトランスフォーメーション

今回は社会的な問題にもなっているマイナンバーカードにまつわるトラブルについて、違う角度からその問題の原因を探りたいと思います。基本的に筆者はマイナンバーカードについては、取り組みを高く評価しています。"エセ"DX(デジタルトランスフォーメーション)が溢れる日本で、本当の意味でのデジタルによるトランスフォーメーションを実践しているからです。それも壮大な規模です。

新しいITシステムの導入初期には、トラブルがつきものです。この初期トラブルについては、デジタル社会ではある程度は許容する必要があると筆者は考えています。なぜなら、プログラムは人間が作りますから、いくらテストをしても、規模が大きくなれば、どうしてもバグを取りきれないからです。

特に初期のバグが大変です。私もプログラマの経験があるのですが、不具合はテストを実行されていないところで起こります。どうしても本番環境で初めて実行されるコードがあるため、トラブルを起こすのです。また、オペレーションが確立していない初期の段階では、不慣れなため人的なエラーを発生してしまいます。もちろんそれを見越した体制や導入プロセスが必要にはなります。

しかし、今回はちょっと考えものです。展開のやり方が稚拙だったかと。十分な準備が整う前に、ポイントキャンペーンなんかを実施して、いきなり全国展開をしてしました。私もポイント目当てに、乗ってしまいましたが......

マイナンバーカードの問題に潜む要因

マイナンバーカードの問題には、2つの要因があるかと筆者は考えます。1つ目は、適応の範囲を特定の地域などで限定した本番環境でのパイロットを実施して、初期のクリティカルなバグをできるだけ取り、また、オペレーション上の課題を洗い出して、対応し、その後、本格展開することをしなかった(と筆者は認識)。2つ目は、変化を定着させるためのチェンジマネージメントが十分でなかった。

今回の記事では、この2つ目のチェンジマネージメントについて記載してみたいと思います。これは名前のとおり、変化を管理する手法です。

チェンジマネージメント協会のホームページを見ると、チェンジマネージメントとは「組織を変えるときに発生する『人』の課題を体系的なアプローチで解決するための考え方であり手法です。いわば組織変革の『虎の巻』」と定義されています。組織変革の虎の巻とは、絶妙な例えですね。

ただ、組織だけでなく、新しいプロセスやオペレーション、新しいシステムの導入にもチェンジマネージメントはとても有効です。実際に、ERPの導入によく利用されています。なぜならERPを導入することは、プロセスやオペレーションが変化するためです。今回のマイナンバーカードも、システムの変更とオペレーションの変更ですから、チェンジマネージメントが大事というわけです。

  • エンタープライズIT新潮流12-1

チェンジマネジメントに求められるプロセスとは?

書籍『チェンジマネジメント―組織と人材を変える企業変革プログラム』(英治出版 著者:佐藤文弘)によると、チェンジマネージメントは三段階でアプローチするべしとのことです。最初は新しい価値観を組織に浸透、次に新しい価値観を常識化、最後に新しい常識を組織に定着、という段階で実施していきます。変化後の世界を新しい常識として定着させる手法とも言えます。それぞれの段階で、やるべきことがあります。

新しい価値観を組織に浸透する段階では、コミュニケーションです。新しい価値観やそれが必要となる理由、そこから得られるベネフィットを一生懸命伝えます。マイナンバーカードはどうでしたでしょうか?政府は努力されていたかと思いますが、十分ではなかったのでないかと筆者は感じます。「マイナンバーカードはなんのため?」と考える人がまだまだ多いのではないかと思います。

新しい価値観を常識化する段階では、正しく実行するための教育がとても大事になります。啓蒙だけでなく、国民への利用の教育、自治体や医療機関のオペレーションのための教育はどうでしたでしょうか?少なくとも、国民にはいきなり使わせていたと思います。ミスオペレーションが多発しているのも、教育不足が原因ではないでしょうか。教育は、マニュアルの整備、トレーニングの提供・実施などがあります。

最後の、新しい常識を組織に定着する段階では、定着のために安心感を与えるサポートが鍵です。特に日本は高齢化社会なので、サポートが大事ですよね。全体に社会のITリテラリーを上げる必要性は感じますが。

何か変革を行う場合は、この3段階を慎重に設計して、新しい常識を定着させていくのです。そうでないと、失敗の可能性が高くなり、かつ、初期に失敗したときに、問題が余計に大きくなります。

ちなみに、チェンジマネージメントの分野で有名なジョン・コッター氏は、著書『Leading change(日本語版:企業変革力)』(Harvard Business Review Press)で、次の変革の8段階のプロセスを定義されています。1996年の書物ですが、この8段階のプロセスはいまだに利用される場面も多いです。
・危機意識を高める
・変革推進チームを結成する
・ビジョンの策定
・ビジョンの伝達
・社員のビジョン実現へのサポート
・短期的成果を上げるための計画策定・実行
・改善成果の定着と更なる変革の実現
・新しいアプローチを根付かせる

ちなみに、私はこのLeading Changeという言葉が好きで、自身のリーダシップフィロソフィーにしています。変革をリードするなんて素敵じゃないですか。

人間は新しいことに抵抗します。現状維持バイアスをもっており、本能が変化を恐れて受け入れず、何もしないで現状維持しようとしてしまうのです。それによって人類が繁栄してきたのではありますが。ですから、変革には慎重で戦略的なアプローチが大事になります。