聞き取れそうで聞き取れない"あの歌"は…
ほんわかした春は一気に通り過ぎ、初夏のような気候になってきたところですが、うららかな春にぴったりと、本連載第46回の冒頭で紹介したYael NaimのNew Soulを聞いてみた方はいるでしょうか? MacBook Airのコマーシャルに使われていたので、曲をご存知だった方も多かったかもしれません。なんとなく口ずさんでみたくなる曲ですね。そこで、勉強を兼ねてまずは歌詞を聞き取ろう……としたものの、あらためてじっくり聞いてみると、スローな曲にもかかわらず意外にも正しく聞き取れないのではないでしょうか。
実は彼女の英語はフランス語なまりなので、特に子音の発音がネイティブスピーカと違うのです。文化圏の違う外国人が話す英語を日本人が正しく聞き取るのは、かなりの英語力がないと難しいことなので、たとえできなかったとしても嘆くほどのことではありませんのでご安心ください。では、ネイティブスピーカの歌はどうでしょうか?これは、きっと楽しく勉強できる英語学習方法です。ぜひ、トライしてみましょう。ということで、今回は歌で勉強する英語の話です。
ディクテーションでより深く理解できる歌詞の意味
なぜ、歌で勉強ができるのかというと、
- 日常会話で使う言い回しがよくでてくる
- 歌詞には文化的な背景がある
ことが理由です。本連載で何度も取り上げている技術的なプレゼンテーションは、どちらかというとフォーマルな表現が多く、書き言葉に近いものです。技術的な話題のみ英語でこなせばいいのならいいのですが、そこを離れて、日常的な会話になったときに、どう表現したらいいかの参考にはならないかもしれません。これに比べて、歌詞は言葉使いも、リズムも日常会話なので、ふとしたときに、あの曲のあのフレーズ! と思うことがあります。"Don't get me wrong." と言われたときにはThe Pretendersの"Don't get me wrong"の節が頭に思い浮かびました。
また、歌詞で表現されている世界は言葉の源ともなっている文化を色濃く反映していることがよくあります。 たとえば、ルイジアナ州出身のカントリーミュージシャン、Tim McGrawの"If you are reading this"は現在、アメリカが抱えている問題を浮き彫りにする歌でもあります。この歌は映像を見ていると最後に"Families of Fallen Heroes"というロゴが表示されていることからもわかるように、戦争で亡くなった兵士へのトリビュートソングです。ただ、patriot(愛国心)をむき出しにしたものではなく、ひとりの人間の死や家族への愛に焦点があり、これまでに多くのミュージシャンがイラク戦争をテーマにして作ってきた歌とは趣の違うものです。この歌に出てくる"soul"はYael Naimの歌の"soul"とはまるでちがう響きを持っています。
Tim McGrawは"If you are reading this, I'm already home."と、今は天国にいる兵士から、生きて再び会うことができなかった最愛の家族へ向けてのメッセージを歌い上げています。故郷で息子が、あるいは娘が戦地から帰ってくるのを待ちつづける母、会うことはもはやかなわぬこととなったこれから生まれてくる娘への思い、これらが淡々と歌い上げられています。イラク、アフガニスタンを合わせると、亡くなった兵士はほぼ5,000人。そのひとりひとりに親、兄弟、妻や夫、子供といった家族がいます。GoogleやFacebookの輝かしい成功もアメリカなら、戦争で犠牲になった兵士の家族の悲しみもまたアメリカの現実です。そして、歌は"So lay me down in that open field out on the edge of town"(自分を町外れの墓地に横たえてくれ(埋葬してくれ))や"Soldiers live in peace and angels sing amazing grace"(亡くなった兵士は安らかに暮らしているし、天使たちはAmazing Graceを歌っている)と続きます。
ここで、使われている"lay me down"のlayはネイティブスピーカでもよく間違える単語なので、この歌で用法を覚えておくと便利です。ご存知のように
- lay → laid →laid
- lie → lay → lain
のように不規則変化をする2組の動詞がありましたね。Layで始まる方は他動詞ですから、lay me downですが、lieで始まる方は自動詞なので、lie downで「横になる」です。発音も似ているので気をつけましょう。
この歌にも登場する"Amazing Grace"というのはとても有名な賛美歌ですから、みなさんも聞いたことがあると思いますが、米国ではちょっとした場面でもよく登場する歌です。アメリカの現実と英語の用法などを考えながらこの歌を聞いて、dictation(ディクテーション)にトライしてみてください。正解は"lyrics if you are reading this Tim McGraw"をキーにして検索すると見つけられます。なお、"If you are reading this"はとても反響の大きかった歌で、YouTubeにはいろいろな映像を追加したものがあるので、それらを見てみるのも面白いでしょう。
意外にもあのロック歌手は聞き取りやすい!?
一般に、カントリーソングは数あるジャンルの中でも言葉がはっきりしているので、dictationにはもってこいですが、中でも、ニューメキシコ州出身、John Denverの"Take Me Home, Country Road"はお勧めです。Tim McGrawの歌は故郷へは帰れず、本物の天国へ行く歌でしたが、こちらは天国のように思える故郷へ帰ってくる歌です。かなり有名なカントリーソングで日本でも流行りましたが、とても古い歌(1971年)となってしまったので読者の皆様は知らないかもしれません。John Denverはゆっくりとはっきりと歌ってくれていますし、歌詞もシンプルなので、おそらくdictationは簡単なのではないかと思います。
この歌に登場するウエストバージニア州のCountry Roadののどかな風景は、おそらく30年以上経った今でもあまり変わらないはずで、ど田舎の国・アメリカならどこにでもある風景でしょう。次の町まで何十マイル走るのか、というような場所も多く、旅の途中、町に出くわしたらお手洗いに、給油に、水分の補給を気にしておかないといけません。そして、のどかな風景ではありますが、"Blue Ridge Mountains"と聞いて思い出すのは約1年前に起きたVirginia Techでの惨劇です。このカレッジはバージニア州にあるので歌とは山を越えた反対側、東側になりますが、のどかな田舎町で起きた、移民の国ならではの悲しい事件です。
そして歌詞にでてくる"drive down"という表現は非常によく使う言い回しなので覚えておくと何かと使えるでしょう。ただの"drive"ではなく"down"が付いているところに注目してください。どこかに向かって進んでいるときにはこのdownを追加して、"go down"(進んで行け)のようにも言います。懐かしい故郷の母の声や昔聞いていたラジオを思い浮かべて、dictationにトライしてみてください。
最後は、ライブのにぎやかさが混じっているのでちょっと聞き取りにくいかもしれませんが、いかにもアメリカンイングリッシュらしい発音をするニュージャージ州出身のJon Bon Jovi率いるBon Joviの"I love this town"を紹介しましょう。この曲はロックですが、Jon Bon Joviは大きな口を開けてはっきり発音してくれるので、わかりやすいのではないかと思います。何度も繰り返し出てくる"That's why I love this town"の部分は、おそらく間違えずに書き取れるのではないでしょうか。
ここにも出てくるのがdownを使った表現"This is where it all goes down, down, down"です。"go down"の使い方、覚えられそうですか? それからもう1つ、覚えておくと便利なのが、"keep spinning", "keep coming"というように"keep –ing"を使って「~し続ける」という表現です。同時に"keep from -ing"も覚えておくといいかもしれません。こちらは、「~ができない状態になっている」ことを表現しています。"keep from coming"ではやってきてはくれません。会場の人たちと一緒に、ノリノリ気分でdictationにトライしてみてはいかがでしょうか。
今回は歌で英語の勉強をする話をしましたが、いかがだったでしょうか。おそらく、テキストを広げてがんばるよりも楽しく勉強できるはずです。今回取り上げたほかにも、ニュージーランド出身のカントリーミュージシャン、Keith Urbanの"Tonight I wanna cry"などもdictationにはいい素材でしょう。とにかく楽しんで、勉強してみてください。