「人への投資」と言われるように、教育研修にはお金がかかります。投資検討の際は、将来のリターンの大きさと確実性を考慮しますが、教育研修の場合、そのいずれもが予測しづらいと言えます。そのため、教育研修はややもすると単なるコストと見られてしまうこともあります。
しかし、社内研修に拡張エンタープライズラーニングの考え方を取り入れることで、研修を直接的な収益を生み出す活動へと転換させることが可能です。米国で進展している、研修をコストセンターからプロフィットセンターに変える取り組みを紹介します。
社内の研修コンテンツを「社外に展開できる商品」と捉える
どんなビジネスも収益は顧客から生み出されます。社内の研修コンテンツも、社外の顧客に提供できる商品として見直せば、収益源に変えることができます。
米国の調査会社、ブランドンホールグループの2020年の報告によると、調査した企業のうち46%が何らかの形で研修コンテンツを社外に有償で提供していると回答しています。
提供の仕方はさまざまで、サブスクリプションや講座ごとの買い切りのほか、製品価格にトレーニング料金をあらかじめインクルードして請求する方法などがあります。
LMSの費用を研修コンテンツの販売収益で賄う
研修コンテンツを受講者に提供する方法として、LMS(学習管理システム)の利用がありますが、上記のレポートでは、LMSのコストを拡張エンタープライズラーニングの収益(研修コンテンツの販売収益)で賄っている企業が多数存在すると報告しています。
同レポートでは全体の12%の企業が、LMSのコストの半分以上を社外向けに研修コンテンツを販売することによる収益で賄っていると回答しています。eラーニングのシステムの費用を、掲載している研修コンテンツの売上で補填するという自給自足を実現できている企業が驚くほど多いことが分かります。
また、このような社外へのコンテンツ販売の需要により、拡張エンタープライズラーニング向けの学習管理システム(EE-LMS)の多くには、ECサイトのような決済機能を搭載したものが多く見られます。
日本でも広がる研修コンテンツの社外展開
研修コンテンツの社外への展開は海外では多くの企業で実践されていますが、日本国内にもその波が到来しています。
近年、多くのIT企業が自社のエンジニア向けの新人研修で使ったスライド資料をインターネット上に公開しています。多くは無償で公開されており、研修コンテンツの収益化が目的ではありません。IT技術者の採用難が叫ばれる中で、自社の教育体制や技術力をアピールし、採用ブランディングの一環として研修コンテンツが公開されていると考えられます。
社外に発信する拡張エンタープライズラーニングの場合、社内の従業員のみが受講する研修と異なり、受講者は複数の会社から、自分が好きなコンテンツを選んで受講することができます。企業側からすると受講者を獲得するために、他社よりも優れたコンテンツを発信するインセンティブが働くことになるので、研修コンテンツの公開の動きが進めば進むほど、より魅力的な学習コンテンツがインターネット上に増えるかもしれません。
また、無償提供にとどまらず、一部の企業では動画講座のマーケットプレイスなどで自社のコンテンツを有償で販売する動きが見られます。例えば、毎日新聞では、記者のスキルを動画にまとめた「記者トレ」講座というコンテンツを、広報業務に関わるビジネスパーソンや就職活動中の学生向けにオンライン学習サイトで有償の講座として販売しています。
今後、拡張エンタープライズラーニングが日本にも広がり、多くの企業が社外に対して社内のノウハウやナレッジを発信する動きが期待されます。
組織の学びの未来
あらゆるものの複雑さが増し、予測が困難な時代を生き抜くために、オープンイノベーションに見られるような組織の壁を超えた取り組みが活発化しています。
組織の学びにおいても、企業間の壁を超え、従業員教育の枠の外に広大に広がる、拡張エンタープライズラーニングの重要性がますます高まっていくことでしょう。
社外のステークホルダーを対象とした学びの提供は、社内のみを対象にした従業員教育と異なり、複数の学習コンテンツ提供者との競争の波にさらされます。その競争に打ち勝ち、拡張エンタープライズラーニングの取り組みに成功した企業が、競争上の優位性を確立できるのかもしれません。
会社のeラーニングはつまらない、形式的な研修に価値を見いだせない、という状況から脱却するための起爆剤として、拡張エンタープライズラーニングが機能し、組織における学びの価値が高まる未来を期待しています。