過去2回の連載では、2030年の教育環境に先回りする形で、グローバリゼーションやデジタライゼーションを踏まえた学生/保護者/教職員の在り方について見解を述べてきた。先の見えない少子化と経済界のグローバル化に端を発し、国内大学を取り巻く環境は大きな転換期を迎えている。国内の約4割の私立大学は定員割れを起こし1)、限られたパイの食い合いからの脱却を目指した海外からの留学生獲得やデジタルを活用した社会人教育などが、成長に向けたキーワードとなっている。また、学力上位の高校生が海外大学に流れる状況も散見され、上位大学においては海外大学との激しい学生獲得競争が生まれつつあり、2030年に向けてこうした傾向は日々加速していくだろう。

本連載のターゲットイヤーとなる2030年には今5歳前後の子供たちが大学受験の主役となる。こうした世代の保護者は、どのような視点で大学動向を先読みしていくべきか。今回は、保護者と子供の間で生じている進路に対する認識のギャップを紹介するほか、政府主導で検討が進む「高大接続」と「指定国立大学」の施策を踏まえて、保護者が子供のキャリアを考える際に持つべき大局的な視点とこれらのテーマに対して子供と会話するためのポイントを探っていきたい。

存在感を増す「保護者」

大学における保護者の在り方を考えるうえで、面白いデータが存在する。リクルートマーケティングパートナーズと全国高等学校PTA連合会が2015年に合同で実施した調査では、高校生が進路選択において最も影響を受ける相手として「保護者」を挙げており、高校教員や予備校講師を大きく上回る結果となっている2)。インターネットによる情報収集が当たり前となった現代にあっても、高校生は進路選択の際に保護者の意見を踏まえて判断しており、大学生の未来像を語るうえで保護者の存在は無視できない状況であることが見て取れる。

一方、この調査では別の視点から興味深い結果も導き出されている。詳細は調査結果をご覧いただきたいが、「進路について家族で会話をしているか?」という設問に対して、保護者(話し手)と子供(受け手)の回答に齟齬が生じている。また、保護者が伝えたつもりの内容と、子供に伝わっている内容にはかい離が存在し、「子供が聞きたいことについてアドバイスしきれていない保護者」が浮き彫りとなっているのだ。

この手の認識のギャップは、ビジネスの世界においても往々にして存在するが、多くのケースがちょっとしたコミュニケーションのミスに起因する。これは、語り手が聞き手の要望に応えていないという構図から生まれるものであり、進路選択のシーンに当てはめると、聞き手となる子供が欲しているものが事実を基にした客観的なアドバイスである一方、保護者は自身の価値観を基にしたアドバイスを子供に押し付けるという構図だ。前述のアンケート結果においても、それが如実に表れた結果であることが読み取れ、子供のキャリア形成に関する保護者の在り方には改善の余地が残るものと推察される。

「第7回高校生と保護者の進路に関する意識調査結果報告」による高校生の進路選択における保護者からのアドバイスに対する受け止め方と保護者のアドバイス頻度 (出所:全国高等学校PTA連合会Webサイト)

それでは、2030年を考えるうえで保護者の在り方はどのようなものだろうか。ここからは、国内教育機関に大きな影響を与えるであろう「高大接続」と「指定国立大学」という2つの政府検討施策を紹介し、保護者の在り方を考えてみたい。

高等教育を一新する可能性を秘めた高大接続

高大接続とは、政府主導で高い専門性を有する人材を輩出する取り組みの総称であり、高校教育と大学教育に有機的な連動性を生むことを目的としているものだ。高校教育/大学入試/大学教育を三位一体で改革し、中等教育/高等教育という縦割だった状況に横串を通すことで、我が国の教育制度の全体最適化が一気に進む可能性を秘めている。

大きな成果を挙げている公立中高一貫校にまで視野を広げると、中学・高校・大学という構図を維持しつつも、教育という観点から垣根を超えた体制を確立できる。これまでは、極めて成績の良い生徒であっても、高校在学中はその枠組みに縛られ、大学入学まで高度な教育を待つ必要があった。高大接続の確立により、突出した能力を有する子供は、高校に在学しながら大学の授業を前倒しで履修し、先手で専門的な教育を受けることが可能となる。

今後、高大接続の改革が進む中で、これらの生徒に対する成績認定や、大学進学後の単位認定についても議論が行われ、各種手続きを簡便に行える環境が整備されるはずだ。言わずもがな、前倒しで大学の授業を受けた生徒は、大学入学後により高度な教育を受ける時間が確保されることになり、近い将来、22歳のMBAホルダーが生まれてくることも夢物語ではなくなるような画期的な施策と言える。

このように我が国の人材育成の起爆剤となり得る可能性を秘めた高大接続であるが、裏を返せば当たり前となっていた「大学受験」が大きく変わることを意味する。これまでは「高校3年生の夏頃までに徐々に志望大学を絞り込む時代」であったが、高大接続の普及により「中学3年生で迎える高校選びが、3年後の大学選びに向けて極めて重要となる時代」が到来する。

仮に、この状況を理解した保護者とそうでない保護者がいた場合、筆者の個人的な感覚として、中学時代の子供との接し方に大きな差異が生まれるように感じる。前者であれば、志望高校の接続先大学まで視野を広げた情報収集とアドバイスを行うが、後者ではあくまでも高校選びに閉じた視点での情報収集とアドバイスとなる。同じ高校選びではあるが、視点の違いから来る質の違いは明白だ。

日本版スタンフォードを目指した指定国立大学

2016年5月に改正法案が可決され、2017年4月から施行される「指定国立大学法人制度」についても触れておきたい。これは、世界トップレベルの大学と伍して戦える大学の創出を目的に、一部の国立大学に高い次元の目標設定を課し、研究者や教授陣の報酬に特例を設けたり、資産運用に対する規制を緩和したりするものだ。米国の大学を中心に、世界ランキングの上位を占める大学の多くでは独自の基金を有して、寄付金などの収入を運用し、それを研究活動に充てることで大きな成果を出している。これを国内の国立大学でも実現しようという考えの下、指定された大学は今後15年をかけて段階的に海外大学と同様の経営モデルに転換していく。2016年11月に公開された公募内容を見る限り、指定には相応の条件が課されるため、初年度から指定を受けるのは狭き門になることが予想される。

指定国立大学法人制度に関する法律案の概要 (出所:文部科学省)

高大接続同様、「指定国立大学法人制度」の動向に対しても保護者が保有する情報レベルによって、子供の大学選びに大きな影響を与えるように感じる。2030年となれば、制度が充分に確立された時期になり、国立大学選びに迷うようなシチュエーションがあれば、候補となる大学が指定国立大学であるか否か、仮に指定国立大学であれば、基金の運営状況や教育・研究資金への配分状況を調べることで、より投資対効果の高い大学を勧めることができる。これにより、子供が大学時代に受けられる授業や研究の質に差が生じ、結果的に出口(就職)にも影響を与える可能性がある。

本稿で挙げた高大接続、指定国立大学ともに、今まさに検討が進み、実行に移され始めているところだ。これらの施策が成熟するタイミングがまさに2030年頃となる。また、本連載でも過去に取り上げた「デジタライゼーションによるバーチャル教育の加速」も、2030年には少なからず存在しているだろう。2030年を見据えると、大学の在り方や産業構造そのものが大きく変化するなかで、中学3年生または高校3年生では理解が追い付かないスピードで、デジタライゼーションの波を受けた変化が生じる事が予想される。

大学選択において保護者が担う役割は大きい。政府や大学を含む教育機関では、年々情報公開の量と質を拡大しており、我が子の進路先に関する情報を保護者が先回りして収集・取得することは容易な時代である。今まで以上に家族が絆を深め、総力戦として進路選択に臨んでいく必要があり、そのためには目まぐるしく変化が生じる政府や企業の動向、それらにいち早く対応している教育機関の情報を保護者が能動的に入手し、翻訳した形で子供に伝えていく必要があるのではないだろうか。

参考

1) 私立大学の財政基盤について(文部科学省)
2) 進路選択と親子のコミュニケーション・大学入学者選抜の改革の動向 -高校生と保護者の進路に関する意識調査2015より-

著者プロフィール

根本武(ねもとたける)
アクセンチュア株式会社 公共サービス・医療健康本部 シニア・マネジャー
入社以来、数多くの大学改革案件を主導。
経営戦略や教育改革、組織・業務・IT改革に至るまで幅広い分野に精通。
保有資格は中小企業診断士、システムアナリスト、テクニカルエンジニア(ネットワーク)など

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