前回は2030年の教育環境を踏まえた足元の対応について、就職戦線の変化を踏まえた学生行動、それをサポートする大学側の支援の在り方についてアクセンチュアなりの見解を述べた。
近年、大きな変化が生じている就職戦線においては前例踏襲という考え方は通用せず、学生自身はその年度の経済界の方針に合わせた形で戦略を描き、それを先回りする形で大学側は支援を検討・整備していくことが望ましい。
大学側の支援の中心は教員・職員になるが、近年、"教員の事務業務の負担が過大になり、教育・研究といった本質的な活動に時間を割きづらくなっている"という声が多方面から聞こえ出した。一方、時流に目を向けると、SGU(スーパーグローバル大学)をはじめとした学力上位の大学では海外トップ大学とのし烈な競争が始まっており、また中堅・中小大学においても学生獲得力の向上に向けた教育力の強化が不可避な状況となっている。
筆者が所属するアクセンチュアでは、既存の組織構造が限界点に達しつつあるという危機感を有している。本稿では中長期的に国内大学が「教員」目線で改革すべき事項と、それを支える事務基盤改革の在り方について探っていきたい。
教員を取り巻く危機的状況
本連載でも再三お伝えしているが、大学が特別な存在であった時代は終焉を迎えつつあり、現在は良くも悪くも大学の存在そのものがコモディティ化している。1960年代までは大学進学率が高卒者の10-20%台であったものが、現在は55%近くまで伸長し、大学数は国公私立合わせて780校程度にまで拡大した1)。その間、国内大学では入学者の志向に大きな変化が生じている。
元来、大学は専門的な知見を深め、社会の発展を下支えするといった研究機関としての色合いが強かった。入学者の視点に立っても、多くが専門的な研究を志していたため、教鞭をとる教員も研究活動と教育活動をバランスよく実施することができた。
一方、現在は進学率の上昇とともに、従来は大学を志さなかった層も大学に入学する時代となり、新たな学生層が目指す幅広い就職先で活用できる汎用的なスキル・知識の提供に、大学側も主眼を置かざるを得ない状況が存在している。
加えて、大学は、少子化に伴うし烈な学生獲得競争を勝ち抜くために、学生サポート力の向上という観点から高校訪問や手厚い就職支援といった施策を積極的に推進している。この変化のしわ寄せを受けているのが教員であり、学務(学校や教育に関する一般的な事務)に従事する時間が年々増してきており、結果的に専門的な教育・研究活動に専念できる時間が減少している。
大学の継続的な成長という視点に立つと、筆者はこの状況が長引く事は決して良くないと感じている。大学教育の汎用性が増すことは、教員が専門性を追求するという本来あるべき状態と真逆を行くものであり、また学生のサポート負荷によって教育・研究時間が減少するようでは、施策そのものが近視眼的と言わざるを得ない。政府からの補助金の内容を見ても、近年は徐々に研究テーマや成果などに対する評価・配布を行う競争的補助金の割合が高まっている。この点からも大学教員の実状は時流に合っているとは言い難いことがわかる。
これに拍車をかけるように、2013(平成25)年に文部科学省より提示された国立大学改革プランでは、10年間で「世界大学ランキングトップ100に10大学」をランクインさせる方針が打ち出された2)。その後、翌2014年には文部科学省主体で「スーパーグローバル大学創成支援」の事業を展開し、公募の結果、全国37大学が選定されている3)。SGUに選定された大学は今後10年程度の期間を掛けて、世界トップレベルの大学と同等またはそれ以上の成果を挙げるための活動を推進していくことになる。SGUから漏れた多くの大学にあっても、グローバル化をビジョンに掲げた改革を推進している例も多数存在する。ここで言うグローバル化とは、世界の大学と伍して戦うための取り組みを意味し、グローバルランキングという定量的な形で判断される。
この際、壁として立ちはだかるのが各ランキングの評価要素になる。主要な世界大学ランキングの評価基準は「論文引用数」や「研究収入額」、「特許数」などの"研究成果"が大きなウェイトを占めており、教員の学務負担が過大な状況にあっては、その実行性が担保されない状況となる。
求められる日本独自の改革とは
この問題の対応にあたって、国内大学は独自で方向性を見出していく必要がある。多くの改革施策で参照している海外大学とは経営モデルそのものが大きく異なっており、今回のケースではその相違が直接的に影響する。海外大学では学納金のほか、寄付金や企業からの研究収入、基金による資産運用収入、特許を活用したライセンス収入など、多様な収入経路を有しており、総収入に占めるそれらの割合も非常に大きい。
また、海外大学では、学費そのものが国内大学よりも高く設定されているケースもあり、収入が同規模の国内大学に比べて非常に多い。結果、海外大学では多額の人件費をねん出することが可能となり、大量の職員を雇用することによって教員が研究・教育に専念できる環境を作り上げているのだ。
国内大学が短期間で海外大学と同等の経営モデルを構築することは難しく、アクセンチュアでは、事務基盤の改革によって教員が受け持つ学務量を抑制していくことが望ましいと考えている。具体的には以下に挙げる3つの視点から各大学内で改革を推進していくことを推奨している。
1:外部のチカラの活用
教員の学務負担を減らすには、その転嫁先が必要となり、それは職員になると考えられる。一方、財務的には逼迫した状況が存在するため、実態としては新規雇用を適えるためのコストを生み出すか、または職員の既存業務を効率化することで、教員の学務を受け取れる余力を醸成する必要がある。
外部のチカラの活用とは、アウトソーシングの活用とも言い換えられるが、アクセンチュアでは業務単位の細切れのアウトソースではなく、複数部門を跨ぎ、かつ定型業務/ノンコア業務を一括して受託する「戦略的アウトソーシング」への転換を推奨している。
アウトソーシングについては一昔前からコスト削減の一環で導入が進みつつあるが、規模と範囲の経済性を追求することで圧倒的なコスト削減を実現することができる。手前味噌ではあるが、例えば、アクセンチュアでは国内大学の情報システムを含む事務部門の業務を一元的に請け負う戦略的アウトソーシングを提供した実績を有しており、受託後3-5年で約20-25%のコスト削減を実現した。加えて現在は、複数大学を跨いだ戦略的アウトソーシングを1カ所で提供するEducation Shared Servicesの開発を進めており、この実現によってさらに大きな効果を創出できる基盤が確立されることになる。外部のチカラを活用することで大きなコスト削減を適え、教員の学務を請け負う雇用や既存職員の余力を生み出すことができるのではなかろうか。
2:デジタルのチカラの活用
業務主体をシステムに転換するという考え方も存在する。昨今、革新的なデジタル技術によって、産業はおろか、日々の業務まで変化しつつあり、この流れは今後も更に勢いを増していくことは誰の目からみても明らかである。特にAI(人工知能)を利用したロボティクスの発展は目を見張るものがあり、RPA(Robotic Process Automation)に代表されるように、組織内の定型的/アルゴリズム化可能な業務は将来的にはすべて機械化できる時代が到来すると考えられている。
大学が抱える事務業務は定型作業が一定量を占めていることからも、RPAを活用することで、長期的には大学職員が担っている業務が自動化され、教員が担っていた業務を職員側で受け取る余力が生まれるものと考えている。すでに伝票処理などの単純作業であれば大部分を自動化できる技術も開発されており、アクセンチュアのアウトソーシングサービスでは、「人材+RPA」の組み合わせで、最適なソリューションを提供し始めている例も存在している。この流れは、遅かれ早かれ教育業界にも押し寄せるものと考えられる。
3:自学のチカラの結集
戦略的アウトソーシングやデジタルの活用によって、職員側に余力が生まれ、教員が研究・教育に専念できる環境は一定レベルで整備される。しかし、それでも教員の学務量が充分に抑制されるとは限らない。最終的には、各大学が投資すべき研究・教育活動を選択し、集中的にリソースを配分していく必要がある。
そのために重要となってくるのがガバナンスであり、経営者の意思決定を迅速に反映させるだけでなく、事実を見極め、未来を適切に予測する仕組みが不可欠となる。即ち、経営分析基盤の整備であり、それを活かすPDCAサイクルの確立となる。
前者は意思決定を支える仕組みとなり、大学内で推進される研究・教育活動の投資対効果を定量的に可視化することで、経営者が科学的根拠に基づいた判断が行える環境を整備していく必要がある。後者は、判断のサイクルであり、目まぐるしく変化する現代においては、年次で作成する予算や計画の重要性は薄まり、企業並みの速度で日々の判断を行なっていく必要がある。国内大学であっても、経営改革に対して高い意識を有する大学では既に仕組み作りを進めつつあり、今後はこの流れが全方位的に広がってくるものと考えられる。
投資原資が限られた国内大学にあっても、外部のサービスや技術を積極的に取り入れ、企業並みの経営判断力を培うことで、教員の学務負担量を軽減させ、国内外で伍して戦える競争力(教育・研究力)を養うことができる。国内大学の教育・研究力の強化と、世界大学ランキング向上を強く意識した改革が政府主導で進む中、近年の実態は真逆を行っているように感じてならない。
国内大学が中長期的に国内外で更に躍動するには、各大学がこれまでの運営モデルをゼロベースで見直し、教育・研究力強化の起爆剤となるダイナミックな施策を推進してこそ成し得るものではないだろうか。
参考
1) 文部科学統計要覧(平成27年版)
2) 国立大学改革プラン
3) タイプA(トップ型):13大学、タイプB(グローバル化牽引型):24大学。平成26年度「スーパーグローバル大学創成支援」採択構想の決定について
著者プロフィール
根本武(ねもとたける)
アクセンチュア株式会社 公共サービス・医療健康本部 マネジャー
入社以来、数多くの大学改革案件を主導。
経営戦略や教育改革、組織・業務・IT改革に至るまで幅広い分野に精通。
保有資格は中小企業診断士、システムアナリスト、テクニカルエンジニア(ネットワーク)など
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