本連載の前半では、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する組織であるDXMO(Digital Transformation Management Office)の概要および構築方法を紹介しました。その後は、DXケイパビリティ強化やデータドリブン経営実践に必要な取り組み、さらには製造業という特定業界におけるDXの取り組み状況について紹介してきました。
今回は、本年PwCが実施したDXサーベイの結果から見えてきた、日本企業が取り組むDXのキーアジェンダや日本企業の課題などについて取り上げます。
日本企業はDXに成功しているのか?
突発的なゲームチェンジが頻発する不確実性の高い時代においては、変革の成否がビジネスの鍵を握っていること、そのような状況下において、多くの日本企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)を自社の重要アジェンダと捉えて取り組んでいることはこれまで説明してきました。
一方で、グローバル企業と比べるとその取り組みが遅れていると言わざるを得ず、また、成功確率の低さを指摘されています。事実、PwCコンサルティングが2022年1月に実施した「日本企業のDX推進実態調査2022」の結果から、DXに係る取り組みに対して、「十分な成果が出ている」と答える企業が10%にとどまっていることが分かりました。
ただし、程度の差はあれ、自社が取り組むDXに対して、成果を実感している企業が多く、一時のような単なる号令にはなっておらず、各企業が自社の変革に向けたアクションを取っている様子がうかがえます。つまり、今後の日本企業にとって大事なことは、準備してきた変革モメンタムを、いかにして成果に結びつけるかに尽きます。以下、日本企業が取り組むDXを成功に導くキーアジェンダについて紹介していきます。
DXを成功に導くキーアジェンダとは?
DXに対する取り組み成果が十分に出ている企業と、そうではない企業の違いは何なのか。前出のDXサーベイ結果から、PwCコンサルティングでは下図のように7つのキーアジェンダを導き出しました。
まずは「(1)DXビジョン・戦略の具体化」に取り組むこと。自社のトランスフォーメーションを推進するにあたり、経営層が明確なビジョンを描き、具体化することが重要であり、意志を込めたビジョン・戦略にコミットし、経営層自らの言葉として社内に発信することこそが最初に取り組むべきアジェンダとなります。
このキーアジェンダでは、ゴールや目指す姿のみならず、自社の立ち位置を認識した上で、どのようにしてそのゴールに到達しようとしているのか、DX実行計画の検討も含まれます。ITプロジェクト+αをDXと勘違いしている企業も多く、当たり前かもしれませんが、“明確な、大きな絵を描き、それを提示すること”は、回り道をしないためにも非常に重要になってきます。
次に、「(2)権限・役割の明確化」に取り組むこと。DXビジョン・戦略を推進する責任者の任命と、DX責任者の権限・役割を明確しない限り、中途半端なDXや、投資の重複などを生むことにつながります。ありがちな失敗として、DX推進の責任者を任命したものの、全社DXの推進に必要な権限や予算を持たせず、結果として声の大きな組織に振り回されてしまい、小さな取り組みに終わってしまうことが散見されます。
こうした失敗を回避するためには、権限・役割の明確化という仕組みを最初から持つことが望ましいといえます。例えば、社内の事業部に対して影響力の強い部長級を登用し、権限と役割の設計・付与も含めた推進の中心人物とすることで、成功につながる可能性が高まることも考えられます。 (1)および(2)ができれば、「(3)全社の巻き込み」「(4)内部人材の変革」に取り組むことができます。特定組織・特定メンバーだけでは真に全社を変えることができず、いわゆる“内輪の活動”の域を脱することができません。前出のDXサーベイ結果からも、執行役員、部長、課長、一般社員(係長、主任、担当など)、その他社員(グループ会社、海外拠点など)が、それぞれの立場で自発的にDXを推進する企業ほどDX成果を享受できていることが分かりました。
特に、管理職未満の一般社員やグループ会社を巻き込み、彼ら・彼女らがDXの重要性を理解し、自発的に行動できる土壌を作ることが重要になってきます。そのため、チェンジマネジメントという取り組みに昇華しながら、役職や立場に応じた施策をそれぞれに打っていくことが求められます。
具体例としては、経営層による各種DX取り組みの率先、現場リーダー層の意見交換・協働の場、全社員を対象としたDX取り組み状況の共有イベント、自社が定めるDX人材の重要キーワードの全社教育、DX活動を発信するポータル運営などが挙げられます。
また、単に活動するだけではなく、「(5)成果モニタリング」に取り組むことも求められます。DX推進に関わる成果・指標をモニタリングする仕組みがある企業ほど、各種DX施策の良し悪しをタイムリーに判断し、重要な取り組みに絞りながら、効率的な活動ができています。DXと定義してしまえば、いくらでもやるべきことが各所から上がってきます。
その際に大事なことは、基準を明確に設け、それを常にモニタリングすることで、“アクセルを踏む、ブレーキを踏む”判断を小まめに繰り返すことです。加えて、単に成果をモニタリングするだけではなく、それをきっかけとして、各施策の進捗状況をモニタリングする仕組みが整備できれば良いはずです。各施策の状況がタイムリーに分かれば、手遅れになる前にフォローアップなどに取り組むことができるからです。
他に、DXに対する取り組み成果が十分に出ている企業は、「(6)VoC/VoE活用(Voice of Customer/Voice of Employee))」や「(7)イノベーション促進」にも積極的に取り組んでいます。
「(6)VoC/VoE活用」とは、自社のトランスフォーメーションにあたり、顧客や従業員の声を継続的に拾い上げる仕組みを用意し、分析・活用することです。VoCを活用することで、カスタマージャーニーの中で素晴らしい瞬間を顧客に届け、ブランドを強化しつつ、ビジネス価値向上に貢献することができます。
また、VoEを活用することで、従業員のエンゲージメントを高め、生産性向上・イノベーション強化を促進し、顧客への価格プレミアム追加を実現することができます。最後に挙げた、「(7)イノベーション促進」は、単に自社内だけの取り組みに留めず、多くのプレイヤーを巻き込んだイノベーション・エコシステムの形成がこれからはますます重要になってきます。
例えば、サプライヤー(取引先)、顧客企業、システムインテグレーター(SIer)、プラットフォーム提供者、コンサルティング企業などが挙げられますが、時には競合企業を自社がリードするイノベーション・エコシステムに組み込むことも求められます。昨今のような変化の激しい時代においては、競合とうまく協調することも必要になってきており、DX巧者ほど競合企業と連携していることが多いように感じます。
DXを推進する全社横断組織の重要性
先にDXを成功に導くキーアジェンダを紹介しましたが、次なるポイントは、「それを誰が推進するか」です。何もDX責任者一人で、全社のトランスフォーメーションを実現するわけではなく、そのため、本連載の前半に取り上げたDXMO(全社DXを推進する組織)の立ち上げ・推進が期待されます。
また、そのDXMOの出自とDX成果の関係性を分析したところ、経営企画部門や情報システム部門など既存部門が兼任する形でDXを推進するより、新たに専門組織を立ち上げ、新設組織とDX責任者がリード・推進する企業のほうが成果を上げていることがわかりました。社内外に対して、明確なメッセージを発信するという意味においても、新たに専門組織を設置するほうが望ましいと言えます。
これからの日本企業が取り組むべきこと
今回、これから全社DXに取り組もうと考えている企業や、すでに取り組みを開始している企業に対して、あるべきDX推進の方法やポイントについて、キーアジェンダという形で取り上げました。
繰り返しになりますが、それらを実行する上で重要になってくるポイントは、CxO(≒DX責任者)がリードする形で、専門組織であるDXMOが全社的な変革活動を強力に推進することです。DXMOが単なる管理監督組織ではなく、DX責任者とともにDXアクティビストとして各施策を進められるかどうか、また経営戦略とDXがひもづいた形で進められているかどうかが、DXの成否の鍵を握っていると言えるのではないでしょうか。
(参考)
第6回連載レポートの参照元:日本企業のDX推進実態調査2022
PwCコンサルティングでは、2022年1月より日本企業に対してDXに関する調査を実施し、DXを推進している企業(売上高10億円以上)に所属する1,103名の幹部(管理職以上)から回答を取得。(売上別回答者比率 5,000億円以上:27%、1,000億円以上5,000億円未満:21%、100億円以上1,000億円未満:33%、100億円未満:19%)
著者プロフィール
鈴木 一真/PwCコンサルティング合同会社/Transformation Strategy/Director
日系コンサルティングファーム、総合系コンサルティングファームを経て、当チームに参画。製造業を中心に、15年にわたるコンサルティング経験を有する。DXを中心とした戦略立案やDX組織の立ち上げに多数従事。また、中期経営計画の策定や長期ビジョニング、シナリオプランニングを活用した未来予測等に関するプロジェクトのリードを経験。
石浦 大毅/PwCコンサルティング合同会社/Transformation Strategy/Senior Manager
大手総合電機メーカー、シンクタンク系コンサルティングファーム、外資系コンサルティングファームの戦略部門を経て、当チームに参画。DXに限らず、全社・事業戦略、事業創造、M&A(Valuation~DD~PMI)、SCM、CX/EX、シェアードサービス、ブランディング等、多業界で、多岐にわたる領域のプロジェクトに従事。