この連載では、「Adobe InDesign CS5.5」を核としたソリューション「Adobe Digital Publishing Suite」による、電子出版制作のための新しいワークフローについて考えていく。今回は、日本国内における電子出版の現状を紹介していきたい。
電子出版の国内事情は?
日本国内における電子出版の動きとしては、2010年12月にシャープがXMDFフォーマットの電子書籍端末「GALAPAGOS(ガラパゴス)」をリリースし、シャープとカルチュア・コンビニエンス・クラブによる電子ブックストアサービス「TSUTAYA GALAPAGOS」を開始し話題となった。TSUTAYA GALAPAGOSは、GALAPAGOSだけでなく、シャープ製のスマートフォンからも利用できる。メーカー系では、ソニーでも同時期にXMDFフォーマットの電子書籍端末「Reader」向けの電子書籍販売サイト「Reader Store」を開始した。
携帯キャリア自体のスマートフォン向け電子書籍の取組みとしては、まず2010年12月にソフトバンクがシャープ製をはじめとする端末に対応した電子書籍販売サイト「ソフトバンク ブックストア」を、続く2011年1月にはNTTドコモが大日本印刷およびCHIグループとともに電子書籍サービスに関する共同事業会社トゥ・ディファクトを設立して電子書籍ストア「2Dfacto(トゥ・ディファクト)」を開始。KDDIでは、2011年4月からauのAndroid搭載スマートフォン向け電子書籍の配信サービス「LISMO Book Store」を開始するなど、各社とも電子書籍に注力する姿勢が伺える。携帯キャリアが提供するこれらのサービスの大きな特長としては、携帯電話料金といっしょにコンテンツ購入代金を支払えるという決済方法が挙げられる。
大手出版社系で目立ったのが、2010年12月にスタートした角川グループホールディングスによる電子書籍プラットフォーム「Book☆Walker」だ。グループ企業の角川コンテンツゲートが運営するこのプラットフォームでは、.book形式に対応した電子書籍ビューワをiOS機器やAndroidOS機器向けに提供。2011年7月にPC向けに提供、今夏以降に「ニコニコ動画」やGREEなどの外部ソーシャルメディアとの連携サービスも予定しており、電子書籍コンテンツ流通という面でも注目を集めている。
電子書籍の制作ツールとしての「InDesign」
端末種別、ファイル形式、販売マーケットが複雑に絡みあう電子出版界だが、スマートフォンやタブレットPC向けの販売市場としては、iPadやiPhone向けのApp Storeが先行している。その成長に合わせ、電子書籍アプリを制作するソリューションも続々登場している。
モリサワが提供する「MCBook(エムシーブック)」は、InDesignの組版データを使ってアプリができる。ProFieldの「ProBridgeDesigner-i」は、InDesignからiPadアプリを出力できるプラグインだ。このほか、ポルタルトの提供する「moviliboSTUDIO」のように、WebブラウザからPDFをアップロードしてアプリを作れるサービスもあれば、PDFなどの素材をアプリ化し、App Storeへの申請を代行する受託型サービスを提供している企業もある。
これらのサービスは、iPhone/iPadだけでなく、今後成長が予想されるAndroidOS端末向けのアプリ市場にも対応していくと思われるが、アプリに内包するコンテンツファイルは、InDesignで制作が可能だ。InDesignにはPDFやEPUBファイルへの書き出し機能があり、国内で主流のフォーマットである.bookやXMDF作成ツールについても、InDesignの組版データからの変換をサポートしている。AmazonのAZWもPDFやEPUB、HTMLを変換して作ることができることから、電子書籍ファイルの制作ツールとしては、InDesignが最も汎用性があるといえる。
こうしたInDesignでの電子書籍ファイル作成は、文字が主体の印刷物の延長線上にあるものと言えるが、Adobeは2010年10月に、「InDesign CS5」(※現在は「CS5.5」も対応)を基盤とした、雑誌タイプの電子書籍制作を支援する製品「Adobe Digital Publishing Suite(ADPS)」を発表し、新世代の電子出版への駒を一歩進めた。この製品は、iPadやサムソンのGalaxyといった、タブレットPCを主な対象としたもので、制作環境以外に、コンテンツ配信管理や、アクセス解析ツールの「Adobe SiteCatalyst」によるレポーティングなどもサポートしている。
同製品は、既にiPadアプリとして提供されているWired Magazine誌やThe New Yorker誌で使われた技術を基にしており、縦/横の柔軟なレイアウト、スライドショー、ビデオ、音声、ハイパーリンク、Webブラウズ、360°ビュー、パノラマなど、デジタルならではのリッチな演出を可能としている。ADPSは、刺激的なアプローチを追求するクリエイターや編集者、効果的なブランディング手法を探りたいマーケターに支持されるのではないだろうか。未だ決定的な提供形態が確立していない雑誌タイプの電子書籍の主流となるのか、今後も注目していきたい。