「ファックス」と「電話」、どっちが古い発明? と聞かれれば、ほとんどの人は「電話」と答えるでしょう。でも、実際はファックスの方が電話より30年も早く発明されていたのです。今回は、ファックスの発明のお話をちょっとご紹介しようと思います。はい。

1876年2月14日。アメリカのグラハム・ベルさんが、電話の特許を出願。同じ日にイライシャ・グレイも独立に出願しましたが、ベルさんが特許を取得。電話の発明者といえば、グラハム・ベルということになっております。この件については「2時間出願が早かったから」とよくされているんですが、これは実際ではなく、事情はかなり複雑であったようですねー。その後米国で大特許論争になり社会問題になったくらいでございます。キョーミあり! という向きは、特許のプロ、弁理士の石井正さんが書かれたこちらをどぞー。

ところで、電話は、音の振動をバネ(コイル)と磁石で電気の振動に変え、それを電線で送り、それを受け取る側で、逆の仕組みで音に戻すものでございます。この間に、電話番号で相手を選択するという仕組みが入らないと、電話にならんのですが、おおざっぱにはこんな感じですねー。

ということで、電話は、音の振動→電気の振動→音の振動という、まさにアナログな装置でございます。あ、アナログってのは、真似する、模倣するといった意味がある言葉でございますね。

で、携帯電話などのデジタル電話は、音の振動→電気の振動→デジタル信号→電気の振動→音の振動という、よりややこしいものです。特にややこしいのは、電気の振動→デジタル信号ですね。音→電気だけなら、手作業で作ることはできますが、電気→デジタルとなると、高速に駆動する電気素子が必要になります。それだけ、音の振動というのは情報量が多いのでございます。MP3フォーマットでも沢山曲をいれると、どんどんメモリを使いますよねー。

さて、ここでファックスです。ファックスは電話より30年も前に特許が得られています。1843年ですね。そして実用化して米国で特許を1863年にイタリアのジョバンニ・カセッリさんが取得したのです。電話の1876年より10年以上前ですね。ちなみにカセッリさんは、なんと神父さんだったそうですが、かなーり変わった人でもあったらしいのですなー。政治的に過激な発言で敵をつくり、引っ越ししたりもしています。

実は、この時代にすでに電報はありました。電報は、電気のオン・オフの信号を出来ればいいので、シンプルなんですね。電気の振動ではなく、電気のオンオフ(つまりデジタル信号)だけですむわけですから。発明したのは、モールス信号のモース(日本語に翻訳するときなまってモールスになった)さんで1835年とされています。これは、画期的で、なにしろものすごく遠くの情報が瞬時にとどくわけですからね。ファックスより8年前ですね。

電報は、文字コードを送るだけですが、文字が送れれば、絵もできるのは、アスキーアートなどでもおなじみでございます。(^_^)なんてのも、文字で絵を送っているわけですな(^_^)/。

これをモウチョイ発展させて、画像を送れるんじゃね? というのはすぐに思いつくわけで、画像を送る方法を考えた人がいたわけです。問題は、どうやって画像を電気信号に変えるか? ですな。で、いまのファックスを思い出してみましょう。ファックスは、紙を読み取るスキャナと、印刷するプリンタがセットになっています。あとは電話と機能を共有していますねー。

では、スキャナをどうするか? つまり、画像をどうやって電気信号に変えるか? ということですな。ここでカセッリさんが考えたのは、振り子と金属板の組み合わせです。

まず、金属針を用意します。針が金属に接触すると電気がながれ、接触しないと切れるというわけですな。たとえば、でこぼこした金属のテープを、針の下におき、テープをひっぱれば、針とテープが接触したときは、電気が流れ、そうでないと流れない…まあ、オンオフの信号が作れるのです。

では、でこぼこした金属の絵を作ったらどうでしょう? 絵のでこぼこにあわせた、電気信号がつくれますよね。ただ、テープと違って、絵はヨコとタテがあります。ヨコは振り子の先に針をつけて往復させ、タテは、適宜引っ張るとなれば…うん、まさしくスキャナになるわけです。と、ここまでは、先駆者たちの発明です。でも、わかりますよね。使い物にならんということが。いちいち、金属板に絵を描くくらいなら、郵便を使った方がいいってな話になってしまいます。その後、電気を通す特殊なインクを使うとか、逆に金属板に電気を通さないインクを塗るといった工夫もされましたが、カセッリさんはそれじゃだめだと思ったのですね。そして改良を重ね、普通のインクで描かれた絵を転送する装置をつくります。また、プリンタ側は、電気が通るたびに色が変わる記録紙を発明することでうまくやります。こうして、実用的なファックスが発明されたのですなー。ちなみに、こんなの(「カセッリが発明したpantelegraphというファックスの一例」)です。

Giovanni Caselliが発明した「pantelegraph」 (C) FaxAuthority

そして、ファックスは実際に、フランスの科学オタク(このネタ、そのうち使う予定です)の皇帝ナポレオン3世の支援もあり、フランスで専用線をひいて事業をはじめるのでございます。大絶賛…だったのですが、まもなく1870年の戦争で線が切られると、もう復活することはなかったそうなのでございます。

ファックスは電話の発明前に実用化され、使われ、電話の発明前にいったん消滅するのですねー。復活は20世紀です。1902年にドイツのアルトゥア・コルンさんは、光の強さを電気に変えるセレンを使い、金属針と振り子ではなく、光で読み取るファックスを開発します。これによって写真電送が可能になりました。

ところで、今のファックス、いわゆるG3(グループ3)ファックスですけれども、1980年に規格が決まり、一般の電話網で高速にファックスを送れるものでございます。その後、日本では電話回線に1985年に自由に通信機器がとりつける器具の規制緩和などもあって、一気に普及します。発明や実用化が古くても、普及が最近なのは、いろいろな事情があるのですねー。

最後に、発明についてですが、発明となると、特許で決まるという感じですが、実際には特許をとらなくても発明していた人はいるケースは多いのです。それが広く知られていると、特許が無効になるのですが、そうでないと、後の発明が特許をとり、発明者が後の人になることがあるわけですねー。電話についても、ベルよりも15年も前に、ドイツの物理学者のフィリップ・ライスがほぼ同じものを発明しているのです。彼は、それをテレフォンと名付け、これがいまでも使われています。彼はベルが特許を取得する前になくなっています。

しかし、今回、やたら人名と年号が多いですねー。まあ、あまり気にせずに、流れを見ていただければと思います。たぶん、この人名や年号など「細かいこと」は、ワタクシもすぐに忘れてしまいます。みかけても、「あれいつだっけ?」とか聞かないでねー。m(._.)m おねがい

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。