2024年1月20日未明。日本の月探査機「SLIM」が、月面への着陸を成功させました。月への着陸成功は5か国め。日本としてはもちろん初成功です。

  • JAXAの小型月着陸実証機「SLIM」

    2024年1月20日の未明に月面着陸に成功したJAXAの小型月着陸実証機「SLIM」 (C)JAXA

一方で、日本はすでに水星、金星、ハレー彗星探査機を成功させ、小惑星については探査機「はやぶさ」が2005年に世界で初めての着陸&離陸、2010年にはサンプルリターンまで成功させ、また探査機「はやぶさ2」が2020年に再度成功させています。そんな中での地球に近い月でのSLIMの軟着陸成功について、感じることを書かせていただきますね。

2020年1月20日の0時すぎ。日本の月探査機SLIMは、月の表側の「神酒の海」にあるクレーター「しおり」への軟着陸を成功させました。日本の月探査機が着陸に成功するのは初めてです。世界でも旧ソ連(1966年ルナ9号)、アメリカ(1966年サーベイヤー1号)、中国(2013年嫦娥3号)、インド(2023年チャンドラヤーン3号)に次ぎ5か国目の成功です。ちょっと早ければインドより早かったのに~ということになりますな。

なお、宇宙探査計画は色々な理由で遅延するものですが、SLIMはもっと早く2022年度中の打ち上げを予定していました。が、開発スケジュールの関係で遅延し、さらに2023年5月の打ち上げ予定がH3ロケットの2023年3月の打ち上げ失敗の余波もあり、2023年9月の打ち上げとなったのでした。まあ、2023年7月打ち上げ、8月月着陸のインドのチャンドラヤーン3号も紆余曲折あって数年遅れたのでお互い様でございます。

さてさて、今回のSLIMの月面軟着陸についてはマイナビニュースTECH+だけでも、多数の記事があり、東明から申し上げることはないのです。が、なんというか、なんというか「いやー、月面着陸まで長かったなー」「でも、よくめげずにやり遂げたよなー」というのが感想です。その感想の「なんでそう思ったの」を言うためには、「LUNAR-A」という前世紀の月探査機計画の話をしないわけないはいけません。それから2026年に予定されている月着陸&探査車計画の「LUPEX」も語りたいのでございます。ちょっとお付き合い下さいませ。

LUNAR-Aは、JAXAに統合される前の(JAXAは、NASDA、NAL、ISASの3機関が2003年に統合されて誕生)前世紀末の1991年に、ISASによって計画がスタートした日本の月探査機計画です。

日本は、1970年に初めて人工衛星「おおすみ」の打ち上げに成功し(旧ソ連、米国、フランスに続き4か国目、2ヶ月後に中国が成功)、以降、気象衛星「ひまわり」や放送衛星のような大型実用衛星と、科学衛星のプロジェクトを進めて来ました。

科学衛星については小さな予算ですが毎年のようにヒットを打ち続け、1985年には月軌道を越えて、ハレー彗星の探査を行う「さきがけ」と「すいせい」を成功させています。さらに1998年には、火星探査機「のぞみ」を打ち上げ。航行途上で太陽からの放射線照射を受けて故障してしまったものの、火星のそばを通過させることは成功しています。さらに2003年には小惑星探査機はやぶさを打ち上げ、2010年に世界初の小惑星サンプルの回収に成功しています。

彗星、火星、小惑星、月より難しそうなことを次々と成功させているのに、月はどうなっていたの? とこれだけだと思ってしまいますよね。

実は月探査機LUNAR-Aは、彗星探査のあとに、火星や小惑星より先に1995年ごろに実施される予定だったのです。月そのものは、1990年に「ひてん」という技術実証衛星を何度も月に接近させ、月の重力により進路を変えるテストを行いました。さらには「ひてん」から「はごろも」という衛星を分離し、それを月の周回軌道にのせることも成功。さらには「ひてん」自身も月の周回軌道にのせることに成功しています。技術的なベースはこのときに確立していました。この技術を使って1992年から「GEOTAIL」という日米共同の衛星が、月より遙かに遠いところを周回する軌道から地球の観測を行ってきました(2022年運用終了)。

そう、日本はやれば出来る子だったのです。当然、その技術を使えば月の探査も可能なわけで、これを利用して月を周回させ、さらに月に探査機を硬着陸させて調べようというのがLUNAR-A計画でした。リンク先のホームページのデザインが、昔にやったプロジェクトだなーと実感させられますねー。

さて、LUNAR-A計画は月の周回を成功させた「ひてん」を打ち上げたM-Vロケットを使い、月を周回させたうえ、そこからペネトレーターという「槍」のような探査機を月に2本落としてめり込ませ、ペネトレーターに内蔵された地震計や熱流量計で月の内部構造を調べるものでした。

月の表面については米ソの探査機や特にアポロ計画で有人探査まで行われてきました。しかし、内部については情報がまだないということで、ニッチを狙った日本らしい? プロジェクトだったのですな。トシがばれますが、このプロジェクトを知ったときに「かっこいい!」と東明は思ったものでございます。

さて、LUNAR-Aは1991年にプロジェクトがはじまり、1997年には打ち上げが予定されていました。が、探査機の試験が難航し、使用部品のリコールなどにも見舞われ、遅延に遅延を重ねていきます。そして2003年のJAXAへの統合後、検討がおこなわれましたが、確実に探査が成功するという見通しが立てられず、2007年についにプロジェクト中止の決定がなされました。そのころにはすでに製作されて保管されていた探査機も経年劣化してしまい使いものにならなくなったというのも理由であり、ロケットも探査機もペネトレーターも製作されたうえでの中止はなんとも苦い経験となりました。ペネトレーター技術はロシアの探査機に使用という話もあったのですが、その後どうなんたんやろ。東明はわかりませんでした。

なおLUNAR-Aを打ち上げる予定だったM-Vロケット2号機は、現在神奈川県相模原市にあるISASのキャンパスに展示されています。実は別のロケットの部品取りなどに使われており、もはや打ち上げができない状況だったとのことです。

  • JAXA 宇宙科学研究所(ISAS)の相模原キャンパス交流棟前に設置されているM-Vロケットの2号機

    JAXA 宇宙科学研究所(ISAS)の相模原キャンパス交流棟前に設置されているM-Vロケットの2号機 (撮影:大塚実)

そういうことでLUNAR-Aの件で日本の月探査は10年以上も足踏みをすることになってしまいました。一方で、ご存じのようにISASではなくNASDAのラインから作られた月周回探査機かぐやが2007年に打ち上げられました。この探査機は地球資源衛星などのノウハウを使って製作された3トンもの巨大探査機で、2002年に放送された朝ドラ「まんてん」のタイトル映像でも有名になったNHKのハイビジョンカメラもふくむ多数の観測機器で月の詳細なデータをとりました。そのデータの一部、月の高度マップは画期的な精度かつ月全体をフォローしたもので、これにより世界中の科学館に精密な月の模型が作られ、また3Dマップなどが作られました。月の地形図はそれまでは写真をベースにした目の子のものだったのですよ。それが精密なものができたのですからすごかったんですね。

で、このかぐやの次は、月着陸機「かぐや2」ということになっていたのですが、まあこれが難航します。月は小さいといえ重力が地球の2割近くあり、空気がないのでパラシュートで減速ができません。また、地面は無数のクレーターで覆われていてうっかり降りようものなら、ひっくり返ったり大きな石にぶつかる可能性があるのです。重力がほぼゼロに近い小惑星に降りたはやぶさ探査機とは、難易度が段違いなんですね。なんか意外ですが。

一方で、月は地球に近いので、大型の探査機を打ち上げることが可能です。また、遅延はあるものの数秒以内に通信が可能です(地球と月の間は電波が1.3秒程度で届く)。タフで逆噴射が十分できる燃料をたっぷり積んでいけばよいのですな。

実際、着陸に成功した中国の嫦娥3号は1.2トン、インドのチャンドラヤーン3号は1.7トンという大型の探査機でした。

一方、全く違うアプローチもあります。非常に軽量な探査機を落として、高速度で激突しても簡単には壊れないようにするというやり方です。日本だとOmotenashiはまさにそうで逆噴射である程度スピードを落としつつ、高速度で落ちても壊れない構造がとられました。月までたどり着けませんでしたが。他にも大学研究室レベルや民間での多数の月着陸プロジェクトが現在動いています。

SLIMは、そうした中「ちょっと壊れながら転んで着陸」という工夫をして、今回難易度が高い月着陸にわずか200kg(燃料抜きで)という機体で成功したわけでございます。また、報道されている通り、狙った場所に自律的にピンポイントで着陸ができたということで、単に月着陸を日本で最初に成功というだけでない、世界の宇宙工学会に「どや!」というインパクトある成果を見せつけました。いや、そこまでせんでも、他国の技術だってとりいれつつ、従来の枯れた技術でやればーと思わんでもないですが(LUNAR-Aは独自技術にこだわって出来なかったので)、ハードル上げる必要があったんでしょうな。応援したいですね。

さて、ということで日本は月着陸のデッカい実績を作ったわけですが。スポーツじゃないので、記録を残して終わりというわけにはいきません。また4カ国目とか5か国目という順番勝負が大切なのではありません。この技術をどう使うかという「次」が大切なのでございます。もちろんSLIMの実績をしっかり検証するのが今の仕事でしょうけど、それはやはり次のためです。

じゃあ、次はなんなんといって、JAXAのホームページなどを見ると、まず見当たるのが火星の衛星への着陸を目指すMMXですね。火星(Martian)の月(Moon)の探査(eXplanation)です。真ん中を衛星(Satellite) にしなかったのはMSXだと、どこかのPCの規格みたいだからですかね??

ま、それはともかくMMXは今年打ち上げ来年に火星軌道投入の予定でした。が、うーむ、[連載第275回](https://news.mynavi.jp/techplus/article/dokodemo_science-275/)で触れなかったように、2026年度に延期になるようです。

ただ、MMXが着陸する火星の衛星は、小惑星なみのサイズであり、重力も小さいのです。ホームページにも書かれているように「はやぶさ」「はやぶさ2」の技術を継承・発展させるプロジェクトということになりますな。だいたいもう探査機はほぼ完成しているので、SLIMでの実証技術を入れ込むという感じにはなりにくいですな。もちろんSLIMの運用ノウハウは活かされると思いますが後継という感じにはならないですよね。だいたい今回の着陸手法というか航法については米国の有人月探査プロジェクト「アルテミス」に役に立つということも言っているくらいですからねえ。

ではSLIMの直接の後継は何か? というと、日本とインドの共同の月着陸&月探査車計画「LUPEX」ということになりましょう。2024年度以降~とされていますが、ホームページでは2025の文字が見えますね。MMXより先に出来そうな感じです。

ロケットは日本のH3。着陸機はチャンドラヤーンの実績があるインドが担当しますが着陸にあたってSLIMと同じ「ピンポイント着陸」を目指します。そのため350kgという軽量の探査機になっています。さらに月探査車(ローバー)は日本が担当します。ホームページにはしっかりSLIMの技術を継承とうたわれています。しかしローバーか。これ、日本ではまだあまり実績がないですね。今回のSLIMに載せたLEV-2は実は貴重な実践なのかと思います。SLIMの太陽電池がしっかりはたらき、これら子供探査機も上手く動けばすごいですが。どうでしょうかね。

MMXに比べ、また、報道が少ないLUPEX、SLIMとあわせて注目したいですね。