今回のお話は、新生活に欠かせない調理器具、特にこれさえあれば、たいていなんとかなるフライパンを取り上げます。
火を高速に通すことができるフライパンは、クイック料理には欠かせないのですが、それを楽にするのがテフロンコートです。フライパンが焦げ付かない、油をあまり必要としないというあれですな。このテフロンは、世界で最も成功している米国の化学会社デュポンによって、「発見」されました。ええ、「発明」ではなく「発見」です。今回は、そんなお話 -まあ、割と知られているのですが- を紹介いたします。
人類の進化は、火をいかに制御するかで進んでまいりました。火をおこし、安定させ、指向させ、閉じ込め、熱を伝え、光を作り、パワーとして取り出す。エンジンの話も以前、紹介しましたね。特に人類が一気に科学文明になる18世紀~19世紀の産業革命は火の技術の極地といっていいですな。黒船(蒸気船)もこれがあったので日本に来たわけです。個人の生活では、たき火にはじまり、トーチ、ろうそく、かまどそして、ガスコンロとなります。オール電化をするにしても、電気を作る主流はガスタービンによる火力発電でして、ガスの供給がただいま世界中の問題になっておるわけでございますな。
さて、そのガスであろうが電気によるIHであろうが、はたまたたき火を使った直火であっても役に立つのがフライパンです。新生活を始めるにあたって、たったいまホームセンターやスーパーなどで購入された方もいらっしゃるんじゃないですかね。最近は昔ながらの鉄フライパンを使うのも一部で流行していますが、手入れが面倒ですので、やっぱりテフロンコートをしたフライパンとなりますな。
テフロンは本当に便利で、傷つけるのさえ気をつければ、イヤな焦げ付きも防いでくれますし、洗い物を画期的に楽にしてくれます。これは、テフロンの非常に優れた不活性物質だからです。熱に強く、酸にやられず、溶剤にも溶けなければ、電気も通しません。加えて、重要なのが異常にツルツルで、ものがへばりつけないのでございます。フライパンに塗布すれば、フライパンにも食品にまったく影響を与えずにフライパンの機能=熱を加えるを行ってくれます。フライパンは錆びることはなく、焦げ付きもせず、ただ食品に熱が通るというわけでございます。理想的な物質です。テフロンは1938年(ナイロンと同じ年)に発見(発明ではなく)されており、以来、火だけではなく、腐食性のものを閉じ込めたり、酸を貯蔵したりといったあらゆることに使われてきており、現在に至ります。ものすごく汎用性の高い物質なのでございますな。
ところで、くどいようですがテフロンは1938年4月に“発見”されました。テフロンをこの世に召喚させるのに成功したのは、米国の化学企業デュポンの研究者ロイ・プランケットなのですが。デュポンは発明ではなく、発見と言っています。経緯はこうでございます。
プランケットは、会社の業務で冷媒の候補を探していました。冷媒といえば、1928年に発明されたフロンです。いまでこそオゾン層破壊の張本人として悪者になったフロンですが、発明当時は奇跡の物質と言われています。それまで冷媒 -冷蔵庫やクーラーなど、冷やすために使われる熱をよく運んでくれる物質- としては、アンモニアなどが使われていましたが、漏出すると有毒なもの、爆発するものなどでした。冷蔵庫やクーラーは危険なものだったのですな。ところが米国ゼネラルモータースの研究者トマス・ミジリーが発明したフレオン(日本ではフロン)は極めて反応が高いフッ素と炭素累の化合物ですが、化合してしまえば非常に安定しており、安全なのです(オゾン層を破壊はあとでわかったことです。なお毒性はあります)。ミジリーは自分でフロンを吸って、吐き出してろうそくを吹き消すといったデモをしています。冷蔵庫やクーラーが普通に使えるのは、フロンが発明されたおかげです。
このフロンですが、ゼネラルモータースと化学メーカーデュポンが共同で量産に乗り出します。そして様々なフロン(フッ素と炭素の化合物)がテストされ、それぞれの冷房に最適なフロンが探求されていたのでございますな。
デュポン社のプランケットもそんな冷媒改良を研究していた一人です。1938年4月6日水曜日の朝、彼はその実験で、フロンの一種であるテトラフルオロエチレンを合成した前日に作った50kgの合成物を50本ほどボンベに入れ、助手のジャック・リーボックがバルブを回してみました。ところがガスが出てくる音がしません。
リーボック「あ、すみません、あれ? なにもでてきませんね。ロイさん、中身抜きました?」
プランケット「いやそんなはずはないけどな。ジャック」
リーボック「バルブを全開にしても出てきません」
プランケット「調べてみよう」
リーボック「重さは……ちゃんとカラじゃないですね」
プランケット「バルブがつまっているんじゃないか?」
リーボック「いや、ちゃんと通ってますよ」
……
プランケット|リーボック「これはもう、割ってみるしかないな」
そうしてボンベを割ったところ、中にはガスではなく、油っぽい白い粉がたくさん入っていたのです。彼らは、この白い粉を「あー、失敗だ」というので済ませませんでした。
プランケット「何ができたのか調べてみよう!」
そうして彼らは、指でこすり、なめ、匂いを嗅ぎ、燃やし、酸を落として見るといったテストを行いました。現在の化学実験ではむやみに触ったりなめたりは推奨されていませんが、ともかくいろいろ試してみたのですね。
2日ほどあれこれやって、プランケットらが出した結論は、異常なほどの不活性物質だということです。燃えない、電気を通さない、酸に犯されない、溶剤に強い、そして異常にツルツルでへばりつかないということです。
プランケットもデュポンも「発見」というのはこういう経緯があったわけです。
そして、この物質「PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)」は、テフロンという商品名が付けられます。ただ、テフロンは、合成するのにとてもお金がかかるので、極めて高価なものでした。そして、このものすごい性能は、日本にとって不幸なことに、原子爆弾の材料であるウランの濃縮のために使われます。そのため、テフロンは1948年まで一般に公開されない軍事機密物質だったのです。
その後、秘密解除されたテフロンは、1960年には、米国の大手百貨店のメーシーズの店頭に「焦げないフライパン」としてフライパンにコーティングされた形で知られるようになります。ただ、焦げない、へばりつかないのはいいのですが、テフロンそのものも、フライパンにへばりつかないので、かんたんにハゲてしまうという欠点がありました。テフロンコートがハゲるのはいまだによく起こることですな。
この欠点を改良したのが、金属とテフロンを混ぜ合わすシルバーストーン加工です。これもデュポン社が発明しています。
さらに、テフロンは衣料にも応用されます。ボブ・ゴアは、テフロンを思い切り引っ張ることで新しい性質をもった繊維になることを見いだしました。これが撥水、断熱性もすぐれた布「ゴアテックス」となります。ゴアテックスも手入れが難しいのですが、テフロンフライパンと同じ悩みがあるのですな。
そして、電線の絶縁や被覆にもテフロンは利用されています。宇宙船が地球に帰還するときの耐熱材としてもテフロンは応用されていますね。そしてなにより、人体に無害である特徴から、医療にもテフロンが広く使われています。
偶然の産物であり、極めて画期的な素材テフロン。2000円ほどで買えるフライパンでそのスゴさを享受するのも、また新生活での料理初心者の楽しみでしょうね。
なお、私、フライパン料理といえばカレーです。
- ビニール袋に鶏肉とヨーグルトをぶち込み、カレー粉、塩、こしょう、ショウガなどを入れてまぜてもみ。
- フライパンでニンニクをきざんだものをバター10gと一緒にいため
- 匂いがでてきたら、トマト缶をいれて、沸騰させ
- そこに(1)でつくった鶏肉のヨーグルトづけをいれて、塩、こしょう、ショウガを入れ
- 20分間ほど弱火で煮込む
なお、カレー粉は、S&B(スパイス アンド ハーブの略なのだそうな)さんの、赤いカレー粉の業務用を使います。まあ、なんでもよいのでしょうけど。
安定したテフロンとちがって、いい加減な分量で作るので、味は安定しませんが(味見しろと言われます)。なかなか評判がよいです。原稿かけたので、これから作ります。