みんな大好き、土星の環。最近、この太陽系の宝が1億年程度で消えちゃうって論文がでて、ちょっとしたニュースになっています。今回は、土星の環についておはなしいたしますよー。
今から360年あまり前の1655年。26歳のオランダ人青年が、太陽系の宝を発見しました。「それは、薄く、固く見え、星に接していない」土星の環でございます。青年の名は、クリスチャン・ホイヘンス。後にオランダ紙幣のデザインになったほどの超一流科学者です。
彼の最大の業績は、機械時計(振り子時計)の発明ですが、望遠鏡の改良でも著名で、いまでもホイヘンス(ハイゲンス)式接眼鏡が使われています。
また、彼は、環に先立ち、土星の第一衛星タイタンも発見しています。これら発見は、自作の50倍望遠鏡を使っての快挙でございました。ちなみに30~40倍程度のまっとうな望遠鏡があれば、土星の環は見えますよ。これとか、コレですな。なお、この倍率だと手持ちは無理なので、三脚にとりつけて使ってくださいませ。
さて、この土星の環。土星をまわっているという点で、月のような衛星の一種です。ホイヘンスは、一枚の板と考えていましたが、100年ほど後にフランスのラプラスが「それは無理!」と見抜きます。引力は近い方が強いので、環の土星に近い部分は速く、遠い部分は遅くまわらないといけないので、板だとすると、距離ごとに千切れてしまうからですなー。
ちなみにこれを見抜いたピエール=シモン・ラプラスは、大学で物理や数学を勉強すると(しないと知らないのでスルーしてね)でてくる∇2あるいはΔ、ラプラシアンのラプラス、そして、すべての運命は物理学的に決まっているという「ラプラスの悪魔(後に否定)」のラプラスさんです。ちなみに、一枚板の環じゃないといったラプラスの対案は「細かな無数の環が、土星の環を形作っている」でございました。
で、実際は、もっと細かく、土星の環は無数のツブツブが土星をまわっているのでございます。そう見抜いたのは、環の発見から200年後、当時29歳のジェームス・マックスウェルさんでした。このイギリス人も、光や電波などの電磁波を説明する基礎となるマクスウェル方程式で有名で、力学のニュートン、電磁気学のマクスウェルと並び称される人でございます。
ホイヘンス、ラプラス、マックスウェル。いずれも大科学者です。20世紀ならみんなノーベル賞クラス。土星の環に取り組むのは、大成功の秘訣なんじゃろか? と思ってしまいますねー。
ところで、この土星の環。とても巨大です。土星そのものが直径で地球の10倍近くあるのですが、環は、差し渡しが地球の20倍というものですね。ただ、その厚みは数十メートル(キロじゃなくメートル)しかありません。しかもスカスカなので、全部あわせても小さな衛星の質量にもならないのでございます。なんちゅうか、金箔とかベールとか、そんな感じのものなんですな。
この、はかなーい感じの土星の環ですが、最近になって、本当にはかないものだという説が有力になっています。
まず、土星の環は、土星が誕生した当時からのものではなく、後からできたものだということ。1億年前とか5000万年前とかいわれています。もし、恐竜が望遠鏡を持っていても、環のない土星しか見えなかったという感じですな。
また、「天文学的には」、まもなく環は土星に落下して消えちゃうってな話になっています。地球の20倍の直径のものがなくなってしまうわけでございますよ。論文を読むと1~10億年でなくなるというのですな。
これ、いったいどういうことなんでしょうか。土星の環は一種の衛星だといいましたが、つまりは衛星がどこからともなくやってきて、さらに衛星が土星に落ちるという話なわけです。月が地球に落ちるというのは、なんとも了解しがたいですし、実際、月は地球から次第に遠ざかっていて、そのうち安定するだろうといわれています。が、まあ月までの距離は変わっているんですねー。
ということで、逆に衛星が落下するということは、アリなのです。実際、火星の衛星であるフォボスは、100年あたり2メートルずつ火星に次第に接近していることが分かっています。これは、もともとこのままだと数千万年で火星に接近し、破砕されて、火星に環を作るということが予想されています。
ただ、土星の環については、ちょっと事情が異なります。環をつくるツブツブどうしは、互いに衝突することもあり、ちょっとずつ環の隊列から離れて、土星に落下するものもでてくるでしょうが、それでは1~10億年でなくなったりはしません。
実は、それこそ環がツブツブだと見破ったマックスウェルが解明した、電磁力が関係しています。環は太陽の紫外線などの作用で、わずかに電気を帯びます。一方で、土星には磁場があり、電気を帯びたものを動かします。その結果、電気を帯びた環のツブツブは、磁場にひっぱられて、土星への衝突コースへと進路を変えてしまうのですな。で、土星の中緯度に衝突することになります。
その中緯度のあたりを望遠鏡で観測すると、環のツブツブの落下による変異が観測でき、その変異から推定すると、環は土星に近い側からどんどんツブが失われ1~10億年(推定の中央は3億年)で、消滅してしまうというのでございます。もちろん、これはある科学者の推定ですから、別の人が別の方法で推定したら違う数字になる可能性はあります。ただ、これは太陽が膨張して太陽系が最後の日を迎える数十億年後より、ずっとすぐに土星の環が消滅するってことなんですね。
一方で、地球も土星も誕生してから46億年ほどたっていると推定されています。これは地球や隕石にふくまれる放射線の痕跡などを調べてわかっていることなんですなー。
で、土星の環はどうなの? というと、どうもこれも1~2億年前にできたと考えられているんです。その理由は、環がとっても白くて汚れていないのに、薄っぺらい存在だからなんでございます。
私たちは時々、流れ星を見ることがあります。あれは、宇宙を飛び交う塵が、地球大気にぶつかってそのぶつかるエネルギーで大気を発光させる現象です。つまりは、塵が太陽系内にはあるってことなんです。この塵のほとんどは、太陽系の外縁から彗星によってもたらされたものです。ありていにいえば、太陽系の外から汚れたものが降ってきているんですな。
ですから、環はほっておくとだんだん汚れていきます。その度合いは土星探査機によって測定されています。その結果、かなーり煤けていくペースは速いことがわかっています。
ところが環は白い! ということは環ができてから、そんなに時間が経っていないという風に考えるしかないわけなんですな。できれば、土星と同時の46億年前にできていれば、説明もしやすいんですが、これまた1~2億年とか、下手すりゃ5000万年とかいう推定になっているのです。環ができるには、氷でできた衛星が土星に接近して破砕されたと考えればいいんですが、じゃあ、その衛星がたまたま46億年の土星の歴史でここ1億年で破砕されたのか? うーむなんでございます。
ということで、土星の環についてはわかってきたことはたーくさんあるのですが、謎が謎を呼ぶような状況にもなっているんですねー。
ところで、さっきチラッと火星の環が将来できるみたいな話を書きました。火星の環は土星より太陽に近いため、砂粒の環になるはずです。木星にも環が発見されていますが、これも塵が多い環で土星のものよりかなり淡いです。他にも土星より太陽より遠くにある天王星と海王星、さらには小惑星のカリクローとキロン、準惑星のハウメアにも環が発見されています。
まあ、しかししっかり見える環というと、やはり土星です。太陽系の宝をたまたま私たちは簡素な望遠鏡でも楽しめる、稀有な時代に生きているということは確かなようでございます。
みなさんも、一生に一度は、ぜひ生で土星の環を見てくださいませ。土星は現在、夏の星座の中を移動中で、見ごろは5月~9月となります。ちょっと先ですけれど、夏休みなどは各地の科学館やプラネタリウム、公共天文台、それにボランティアが主催する観察会もよく開かれていますので、ぜひチェックしてくださいね。
著者プロフィール
東明六郎(しののめろくろう)科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。