現在、世界的な注目を集めている「デジタル通貨」には、中央銀行が発行する中央銀行デジタル通貨(CBDC)や民間企業が提供するデジタル通貨など、さまざまなものがあります。第2回となる今回は、日本で行われている代表的な取り組みを2つご紹介します。
中央銀行デジタル通貨 - CBDC
CBDCは、現時点ではバハマやナイジェリアなど限られた国々でしか正式な発行はされていませんが、調査や実験は多くの国々で行われています。例えば、中国は「デジタル人民元」を国内都市で流通させる実験を行っています。直近では、北京冬季五輪の会場で選手らが利用できるように試験的に発行しました。
筆者が日本銀行の決済機構局長を務めていた2016年、日本銀行は欧州中央銀行(ECB)と、銀行間決済などでの利用を想定した「ホールセール型」のCBDCに関する共同調査「プロジェクト・ステラ」を開始しました。この時、CBDCの調査研究を公式に始めていたのはスウェーデンや中国、シンガポールなどに限られており、日本銀行の取り組みは当時としては先進的であったと思います。プロジェクト・ステラは、ブロックチェーン技術を利用した流動性節約機能や資金・証券の同時受け渡し(DVP)、クロスボーダー取引などに関する注目すべき成果を挙げています。
さらに日本銀行は2020年、個人を含む幅広い主体の利用を想定した「一般利用型のCBDC」について実証実験を行っていく方針を表明しました。2021年4月には実証実験が開始され、CBDCの発行や送金、還収などに関する検証が行われています。
日本銀行は、現時点でCBDCを発行する計画はないとしています。また、仮にこれが発行される場合には、中央銀行と民間部門による「二層構造」を維持した「間接型」での発行が基本になるとも述べています。さらに、CBDCと民間決済システムとの相互運用性の確保、両者による適切な役割分担、民間主導によるイノベーションの促進が重要であることも強調しています。
現時点では、欧米や日本など先進国の中で、CBDCを正式に発行した国はまだありません。欧州や英国は、仮に発行するとしても2026年以降になると述べています。これは、既に発達した銀行システムを持つ先進国ほど、預金や金融仲介、イノベーションなどへの影響を慎重に考える必要があるからです。
民間デジタル通貨 - DCJPY(仮称)
民間が提供するデジタル通貨についても、日本を含め各国で多くの取り組みが行われています。ここでは、日本の代表的な企業や銀行が集まり、筆者が座長を務める「デジタル通貨フォーラム」の取り組みをご紹介します。
2020年6月に、主要企業やメガバンクなどをメンバーとして発足した「デジタル通貨勉強会」は、望ましいデジタル通貨のあり方について検討を重ねてきました。デジタル通貨は、高い相互運用性を実現できれば、利用者に大きな利便性をもたらします。また、デジタル通貨に「スマートコントラクト」などの新しい技術を組み込むことで、モノの受け渡しと同時に支払いを自動的に行うなどの高度な取引を効率的に実現することも可能になります。
一方で、CBDCについては、預金や資金仲介、イノベーションなどへの影響を考える必要があります。また先進国のCBDCは、発行されるとしてもかなり先の話です。この間に民間が様子見に陥ってしまうと、日本の金融インフラ整備が世界に後れをとりかねません。
これらを踏まえ、デジタル技術の恩恵を最大限に引き出しながらインフラ整備を速やかに進め、同時に民間主導の資金仲介やイノベーションも促進する観点から、デジタル通貨勉強会では、「民間が発行する、円建ての、二層構造を持つデジタル通貨」が民間デジタル通貨の一つの望ましい姿であろうとの結論に至りました。
この二層型デジタル通貨は、「〇円」といった価値情報を持つ「共通領域」を通じて交換可能とすることで、相互運用性の確保が図られます。また、上層部の「付加領域」にはスマートコントラクトなどを書き込めるようにし、「プログラマブル」にすることで、多様なニーズに対応できます。これは、現在のマネーシステムが持つ「二層構造」のメリットを技術的に取り込むものと見ることもできます。
デジタル通貨の発行体としては、企業が安全資産を裏付けとして発行することも考えられます。もっとも、銀行の債務である預金は、現在も銀行規制や預金保険などで安全性が守られ、企業間決済などにも広く使われています。このことを踏まえれば、まずは銀行が発行体となることが想定されます。これには、現行の規制体系との整合性を確保しやすいというメリットもあります。
デジタル通貨勉強会は2020年11月、新たなメンバーを加え「デジタル通貨フォーラム」へと発展的に改組しました。フォーラムには現在、70以上の企業や金融機関、自治体などが参加しています。フォーラムでは、上記の仕組みを持つデジタル通貨「DCJPY(仮称)」が、経済社会のさまざまな課題の克服に貢献できるよう、複数の分科会が設けられ、メンバーによる積極的な取り組みが進められています。DCJPYの具体的な活用方法については、次回に紹介します。
DCJPY(仮称)の取り組みは、CBDCの取り組みと相反するものではありません。CBDCは、仮にこれが発行される場合でも民間サービスとの共存を当然の前提としています。この中で、それぞれの取り組みが前向きの相互作用を起こしながら、日本の金融インフラ全体の改善に結び付いていくことが期待されます。