デジタルハリウッドでは、これまで数多くの若き優秀なクリエイターを輩出してきた。今回は、自身もデジタルハリウッド在籍中に、SIGGRAPH入選を果たした優秀な映像クリエイターのひとりであり、現在講師としてデジタルハリウッドで3DCGを教えている山本浩司氏に、今の映像業界の流れやクリエイターに必要な素質などを伺った。

デジタルハリウッドの講師、山本浩司氏

――現在、デジタルハリウッドの講師をしている山本さんもかつてはデジタルハリウッドの生徒だったと伺いました。小さい頃からずっとクリエイターになりたいと思っていたのですか。

山本浩司(以下、山本)「小さい頃から絵を描くことが好きではあったのですが、大学卒業後、商社に就職しているんです。職種は営業だったのですが、それが物凄く自分に合わない仕事で……。でも単にやめたらただの負け犬になると思い、なんとか頑張って、営業成績でトップを獲得することができたんです。そのときに、ちょっと安易な発想ではあるのですが『これだけ合わない仕事でも頑張ればちゃんと結果が出せるのだから、好きなことをやったら大変なことになるぞ』と思い、トップ成績を獲得したその日に辞表を提出しました」

――その時点で、次は「クリエイターを目指そう! 」と決めていたのですか?

山本「具体的に何をやりたいかは決まっていませんでしたが、『クリエイティブなことがやりたい』ということだけは決まっていました」

――「クリエイティブなこと」イコール「映像作品の制作」になった経緯を教えてください。

山本「クリエイティブなことがしたいことに加え、コンピュータも使ってみたいと思っていました。なぜなら基本的に彫刻や絵画などは、まず道具の使い方を覚えるのに時間がかかってしまいます。しかしコンピュータをうまく活用すれば作業効率が上がり、これまでに道具の使い方を磨いてきた連中とも勝負できるのではないかと考えました。結局僕はスロースターターですから。そんなことを考えながら本屋に行ったらちょうど杉山学長が出した『クリエイターになろう』というムック本が売り出されていまして。その本を読んでいるうちに『あぁ面白そうだな』と思い、デジタルハリウッドへの入学を決めました」

――そして、デジタルハリウッドで3DCGを学ばれて、バンダイナムコゲームスに入社されたわけですが、CGを使った映像制作のなかでもゲーム制作を選択した要因はなんだったのですか?

山本「当時も今もそうですが、3DCGを学ぶ生徒の制作したいカテゴリーは、映像とゲームに大きく分かれる傾向があります。僕がゲームを選んだのはエンタテインメント性ですかね。ゲームはインタラクティブに様々な人と繋がることができます。たとえば、僕が作ったビジュアルのなかでお客さんが歩き回ることとか、そういったユーザーとの繋がりの強さですね。あと幼い頃にゲームが好きだったというのも大きいですね」

――バンダイナムコゲームスではどのようなお仕事をなさっていたんですか。

山本「入社してまずはオペレーターと呼ばれる、アートディレクターが起こしたデザインを元に3DCGを作る作業をやるんです。そして僕は最終的にビジュアル面のトップにあたるアートディレクターにまでなりました。でも何年も会社のなかにいると、会社の意向や担当部署のルーチンワークに縛られてCGの最先端なことができなくなり、徐々に限界が見えてきます。また、大企業が莫大なお金をかけてコンテンツを作るということは厳しくなるだろうと思いました。小さなコンテンツを3~10名単位で作り、インターネット上で安く販売する。そういった仕組みが流行ってゆくだろうという読みがありましたね」

――なるほど。そういった読みのもとバンダイナムコゲームスをやめられたわけですね。では、なぜその後、3DCGを教える講師という道に進んだのですか。

山本「社内でずっと人材育成を任されていたんです。そして、人材を育てれば育てるほど、自分が次に仕事をしようと思ったときに『山本さんの下で働きたい』と言ってくれる部下が増えていったんです。僕自身、今も個人で作品制作を細々とやっており、企画、アートディレクションまで済んでいる作品は何本かあります。でも、実制作に入るのは止めています。なぜなら、グループで制作したいと思っているからです。今は大学やスクールで人材を育てて、その生徒たちと将来一緒に作品制作をしたいと考えています」

――山本さんの考える、グループ制作と個人制作それぞれのメリットを教えてください。

山本「グループ制作の良いところは、企画やディレクションの段階で様々な意見を戦わせ、企画をよりブラシュアップできることですね。また、これは根本的なことですが、物量の問題ですよね。これが一番大きいかもしれません。そのほか、得意不得意の分担ができるというメリットもありますね。一方、個人制作の場合は、自分のやりたいことを100%できます。どうしてもグループで作品を制作すると『この部分はあの人をたてておこう』とか、やや作品が濁る部分が出てきてしまいがちになります。まぁ個人制作の場合は、うっかりすると作品がどんどんつまらない方向へ走っていってしまう可能性もあるんですけどね」

――大手のゲーム会社ですと、ひとつの作品に対する予算や規模が大きくなり、制作に数年単位の時間をかけています。そのことにより、企画自体が旬でなくなってしまったり、やや古くなってしまうという懸念はないのですか。

山本「実際、リリースのタイミングで、すでに企画が古くなってしまっている場合もあります。PS3やXBOX360のソフトのように開発に2~4年くらいかかるものになると、トレンドが変わってしまいますからね。でも、個人制作の場合なら、話は変わってきます。個人制作の場合は、ある一定層を狙ったヒット作品を作るわけではなく、『万人受けのエンタテインメントにするのか』、『個人のアート作品にするのか』なので、あまり腐ったものになりにくい傾向があります」

――これまで話してきた色々な面を含め、映像関連のクリエイターは、個人で作品を作っていくのと企業に属し作品を作っていくのでは、どちらが良いのでしょうか。

山本「デジタルハリウッドを卒業したてのような若いクリエイターの場合、まず、間違いなく一度企業に入ったほうがいいです。さらにいうと、CGの最先端技術を学びながら仕事ができるような体力のある企業がいいですね。あまりにも仕事に追われる職場に入ってしまうと今もっている技量で仕事をしていかなくてはいけないので、新しいことをインプットすることができずアウトプットだけになってしまい、疲弊してしまうんです。ある程度余裕をもって、優秀な先輩スタッフから多くのことを学んでもらいたいですね。そして、さまざまな経験を積んでいくと、どうやってCG業界渡り歩いていけば良いのかという進み方が見えてくるので、その後に独立したらいいと思います」

――話は変わりますが、山本さんが作品を制作するときに使用する主なソフトを教えてください。

山本「『Autodesk Maya』と、テクスチャ関連は『Adobe Photoshop』、そして編集は『Adobe After Effects』を使っています。UV展開には『RoadKill』最近のお気に入りです」

――使用するソフトに関しては、常に最新のものであるべきだとお考えですか。

山本「バージョンアップするごとに絶対に追いかけていかないとダメです。CG業界は一歩でも技術的に遅れるとアウトですから。新しいソフトはアメリカで最初に発表される場合が多いのですが、日本語版が出る前に取り寄せて、勉強しています」

――それは使用するすべてのソフトに対していえることですか。

山本「Adobe PhotoshopやAdobe After Effectsのようにすでに安定稼動しているソフトについては必ずしも最新版である必要はないと思います。ですが、3DCGソフトであるAutodesk Mayaや『Autodesk 3ds Max』に関してはリリース初期のバグに注意しつつ、最新版を使うべきですね。場合によっては1回のバージョンアップで革新的に映像表現やワークフローが変わっていきますから。今後、まだまだ3DCGソフトに関しては変わっていくと思います。もしかしたらこれまで培ってきた技術がすべて台無しになるほどの新しいソフトが出てくるかもしれませんよ」

――山本さんは、これまでにデジタルハリウッドで数多くの若いクリエイターを育ててきたわけですが、クリエイターに必要な素質とはなんだと思いますか。

山本「第一に、どんなものでもいいので、物を作る癖がついていないとダメです。それは、上手下手関係なしで構いません。『物を作る』ということに抵抗がなく、完成させることを大切に思えること。あと、これは人間性の問題になってしまうのですが、他人を思いやれる人であることですね。結局、作品というのは他人に見てもらうものなので。『自分がそうしたいから』ではなくて、この作品を観るお客さんがいることを常に想定して自分の作品を見ることができることですね」



24時間体制でクリエイターをバックアップ

今回お話を伺った山本氏は、デジタルハリウッドの卒業生であり、現役の講師でもある。そんな山本氏からみたデジタルハリウッドに通うメリットとはなんなのであろうか。

「CGの技術力に関しては、少なくとも日本ではトップレベルのことを教えています。そして、僕の講座では企画から、ディレクション、アートディレクションといったCGに直接関係ないところまで教えています。ソフトの使い方をただ教えるのではなく、『人を楽しませるエンタテインメントってなんだろうね』というところにかなり力を入れて教えています。あと、環境面でいえばオールナイトシステムですね。祝祭日は閉めますが、それ以外は学校を閉めません。24時間、空いている教室を自由に使うことができるんです。いってみたら一年中ずっと使えるんです。だから生徒同士での一体感が生まれ、みんなで支えあうんです。ちょっとサボると周りが「おい、やれよ」って叱咤してくれたり、苦手なところは補い合いますし。そういったところがデジタルハリウッドの最大の売りではないですかね」

撮影:石井健