前回、F-X候補機のうちユーロファイター・タイフーンとボーイングF/A-18E/Fスーパーホーネットの会見を取り上げたが、今回はもう1つのF-X候補機・F-35ライトニングIIを引き合いに出しつつ、「機密」の問題について考えてみたい。

F-35の主翼を日本で製造できる!?

しばらく前の話になるが、ロッキード・マーティン社は2011年10月初頭にF-35のコックピット・シミュレータを都内の某所に持ち込むとともに、報道関係者向けの説明会を実施した。

その際に「国産化比率50%」という数字が出てきて、もっと低い数字になるのではないかと予想していた筆者らをビックリさせた。その理由は、「F-35のようなステルス機においては使用する素材や製造技術が重要であり、その情報を開示して他国に生産を認めるのは難しいのではないか」と見ていたためだ。

ステルスとは形状だけで決まる問題ではない。そもそも、レーダー反射率を計算しながら空力・強度などの要素と突き合わせつつ実用的な機体を設計するだけでも大仕事だが、それを実際に設計通りの性能が出る状態で製造することも、また大仕事である。機体構造材や形状、製造や組み立ての精度、表面の塗装やコーティング素材など、さまざまな分野で機密扱いされる情報やノウハウが詰まっている。

確か、以前に本連載でも言及したことがあったはずだが、現在のF-35の生産体制では、特にステルス製の観点からいって重要性が高い前部胴体や主翼の製造はロッキード・マーティン社が担当しており、他社に発注しているのは中央部胴体や尾翼といった部位に限られている。その主翼が門外不出でなくなり、日本で製造できるとすれば(いい意味で)大事件である。

ちなみに、どうして前部胴体と主翼が重要かと言えば、レーダーや地対空ミサイルなどで構成する敵の防空網に突っ込んでいってそれを突破する際、前方からのレーダー電波に対する反射率を下げて被探知性を高めることが重要だからである。理想を言えば、全周に渡って被探知性を下げたいところだが、他の要素との兼ね合いもあるので、まずは最も重要性が高い前方象限のステルス性確保が最優先課題となる。

ステルスだけが秘密というわけでもない

このF-35、何かと言うと「ステルス」ばかりが先進性のキーワードとして喧伝されるが、それは大間違いである。

ステルスとは煎じ詰めれば、被探知性を下げて、敵の対応を遅らせるためのテクノロジーである。しかし、見つかりにくいというだけでは受け身であって、敵に打撃を与える役には立たない。その、見つかりにくいという特質を発揮しながら敵に打撃を与えることができてこそ、初めてステルス性が生きる。

そこでモノをいうのが情報力、業界用語でいうところの状況認識(SA : Situation Awareness)である。その際に関わってくるのが、冒頭でもちょっと触れたコックピット・シミュレータというわけだ。

コックピット・シミュレータの画面例(1)。脅威の場所だけでなく、脅威範囲も表示されている

ステルス機は自らの存在を隠す、いわばニンジャになるのが本筋だから、自らレーダー電波を出す用法もできるだけ避けたい。今はどこにでもレーダー電波の逆探知機材がゴロゴロしているからだ。

では、レーダーを使わずに目標を探知して有利な位置を占めるにはどうするか。そこでモノをいうのが、赤外線センサーやレーダー電波の逆探知みたいなパッシブな探知手段、自機以外の探知手段で得た情報を受け取るネットワーク機能、そして多種多様な情報源で得た情報を融合する機能、それを見やすい形でパイロットに提供するマン・マシン・インタフェースである。F-35の本当の凄さは、実はこの部分にある。

F-35のコックピットは左右2画面に分かれたタッチスクリーン式の液晶ディスプレイだが、ここには各種の情報源から得た情報を融合表示したり、F-35の機首下面に備えているセンサーが捉えた映像を表示したりできる。さらにEO-DAS (Electro-Optical Distributed Aperture System)というものがあって、機体の各所に取り付けたカメラの映像をヘルメットのバイザーに投影表示することで、機体を透かして真下を見るようなことも実現できる。

コックピット・シミュレータの画面例(2)。左半分は戦術状況表示画面で、その右側には自機の光学センサーが捕捉した映像を出している

こういった高度な情報システムを実現するには、相応のシステム統合能力と運用面のノウハウが必要になる。特に、パイロットに対して見やすい形で情報を提示するとか、膨大な情報に対して円滑にアクセスできるようにするとか、戸惑わずに機器を操作できるようにするといった場面になると、ノウハウの積み重ねがモノをいう。そうしたノウハウや、ノウハウが形になったソースコードも、F-35が持つ重要な機密情報と言えるのだ。

実際に操縦してみたところ……

実は、筆者も件のコックピット・シミュレータを操縦してみた。大抵の人は空対空戦闘任務のシナリオを選んだのに対して、空対地攻撃をやりたいと言い出した筆者は相当に変わっているのだが、それはともかく。

正面のディスプレイに目標の位置が示されるだけでなく、そこに至る途中に存在するレーダーサイトや地対空ミサイルといった「脅威」の情報も外部から流れ込んでくる。脅威範囲がディスプレイに表示されるので、それを避けるようにコース取りしながら目標の近くまで飛んでいくことになる。そして、スロットル・レバーと操縦桿のボタンを使って目標を指示、タッチパネル画面で兵装を選択、最後に操縦桿の兵装投下ボタンを押す、という手順であった。

コックピット・シミュレータの画面例(3)。兵装選択画面を呼び出して、投下する兵装をタッチスクリーンで指示する

報道関係者向けのデモンストレーションだから(?)、目標のSA-6地対空ミサイルはしっかり吹っ飛ばされたのだが、その模様も正面のディスプレイでライブ中継である(これは自機のセンサーが捕捉した映像)。

本番でこんな簡単にいくかどうかはともかく、F-35が備える情報力の一端を垣間見ることはできた。実はステルスよりもこちらのほうが大変なことかもしれない。それだけに、ソフトウェアの開発に苦労しているわけだが。

このような形で「先進性」をアピールするF-35に対し、すでにモノが存在する安定感や国産化比率の高さをアピールするタイフーンやスーパーホーネットというのがF-X商戦の図式だ。それぞれ得意とするポイントが違うので、互いに違う土俵で戦っているような一面もある。