各国で作ったコンポーネントを組み立てる「A400M」

A400M輸送機の開発は欧州7ヵ国が行い、マレーシアと南アフリカは調達のみ行っている。各国の発注数は以下のようになっている。

A400Mの国別発注数 : * ドイツ 60 * フランス  50 * スペイン  27 * イギリス  25 * トルコ 10 * ベルギー  7 * ルクセンブルク  1 * 南アフリカ  8 * マレーシア  4

このうち、何らかの航空機産業を有する国は、当然ながら生産に参画している。エアバスの旅客機と同様に各国でバラバラにコンポーネントを製造して、最後にそれを1ヵ所にまとめて完成品に組み上げる形だ。エアバスの旅客機はフランスのツールーズに組み立て工場を置いているが、A400Mはスペインのセヴィルに組み立て工場を置いている。

A400Mの国別生産分担 * フランス 前部胴体、翼胴結合部フェアリング、後部貨物扉など * ドイツ 中央部胴体、後部胴体など * イギリス 主翼など * スペイン 水平安定板、エンジンナセルなど * ベルギー 主翼のうち動翼部分 * トルコ  前部胴体 * 南アフリカ 主翼の一部

飛ぶに飛べないA400M

このA400M、2008年7月に初号機が完成してスペインの工場でロールアウト式典を開催したのだが、それから1年経った2009年7月現在でも、まだ初飛行ができていない。実は、搭載するエンジンのデジタル制御システムに問題があって、飛べずにいるのだ。

A400Mは機体だけでなくエンジンも国際共同開発であり、ロールス・ロイス(英)、スネクマ(仏)、MTUアエロ・エンジンズ(独)の3社が、ユーロプロップという合弁企業を設立して開発している。メンバーといい社名といい、「ヨーロッパのエンジンを作るのだぞ」という意志がひしひしと伝わってくる。

ともあれ、この初飛行の遅延から、A400Mを巡るゴタゴタが一気に表面化した。そもそも、最初は「エンジンに問題がある」という話が出た時にユーロプロップが「いや、うちの責任ではない」と言い出したぐらいだったが、この辺からトラブルの予兆はあったのかもしれない。

新しいエンジンを開発する場合、既存の多発機を飛行試験機(FTB: Flying Test Bed)に仕立てて、エンジンのうち1基を開発対象のエンジンに載せ替えて、飛行試験に供する。安全のために、既存のエンジンを残せる多発機を使用するわけだ。A400M用のTP400では、マーシャル・エアロスペースの社有機であるC-130輸送機をFTBにしている Photo:Airbus Military

寄り合い所帯で意思統一に手間取る

新しく開発した機体に不具合が出て、スケジュール遅延やコストの高騰に悩まされるのはよくあることで、A400Mに限ったことではない。大西洋の反対側では、ボーイングの新型旅客機・B787ドリームライナーが初飛行の遅延を繰り返している。

装備開発プログラムにスケジュールの遅延やコストの高騰はつきものだ。大抵の場合、時間と資金と人手を追加投入して、各国の議会や会計監査当局に叱られながら完成品に仕上げていく。この件はいずれ、本連載でも取り上げたいと思う。

それはともかく、A400Mにおける問題は不具合が出て善後策を講じようとした時に、なかなか関係各国間の意思統一が図れず、ズルズルと結論を先送りした点にある。関係各国の足並みが揃わないと、一歩も前進できないからだ。

しかも、A400Mの初飛行遅延とそれに起因する納入スケジュールの遅延に伴い、老朽化により退役する既存の機体と遅れてくるA400Mの間を埋める代替機を必要としている国は少なくない。また、各国とも財政事情は厳しく、ポンと追加の費用を出せる状況にもない。

そうした中、「この機会を逃したら、ヨーロッパで独自に軍用輸送機を開発するチャンスも能力も失われる」として計画継続を求めるフランス・ドイツなどと、どちらかというと継続に消極的なイギリスの意見が合わない状況になった。

そもそも、A400M計画がスタートした時点の契約では、甚だしいスケジュール遅延など、一定の条件が満たされた場合は計画から脱退できることになっている。しかし、参加国が1ヵ国でも抜ければ、開発費などの負担が残された国に降りかかり、さらに負担が大きくなってしまう。

また、計画から抜ける国があれば調達数の国別配分が変わるため、各国の生産に関する作業量配分を見直す必要があり、契約もやり直しになって事務作業が増える。そうした不利益や手間のことを考えると、参加国の中途脱退は避けたい。

一方、メーカー側にしてみれば、契約した通りの時期に機体を納入できないわけだから、通常ならカスタマー各国にペナルティを支払わなければならない。しかし、固定価格契約になっているため、開発費が高騰した分だけ負担が増えている。そこでさらにペナルティを支払う羽目になれば、もう踏んだり蹴ったりだ。

意思統一を図るための2度にわたる先送り

こうした事情から、簡単に脱退も中止もできない状況にある。そこで、2009年3月「3ヵ月の猶予期間を置き、その間に話をまとめよう」ということになった。

ところが、その期限が切れる6月末になっても話がまとまらず、「さらに1ヵ月先送りして7月中に結論を」という状況になった。フランスとドイツはさらに6ヵ月ほど先送りしたい考えだったが、これにはイギリスが反対して、英仏両国の国防相が折衝した結果、1ヵ月の先送りで落着した。

その後、2009年7月24日に関係7ヵ国の国防相がフランスで会談して計画を続行することで合意。10月にかけて、新しい契約条件やスケジュールなどについてまとめることになった。その内容に各国が合意すれば、新しい契約に基づいて作業を進めることになる。また、初飛行は2009年12月という日程が新たに示された。

F-35のように、誰かしら「船頭」がいるプログラムであれば、その「船頭」が話を引っ張っていくことになるため、意思統一に手間取って混迷することは少ない。もっとも、その代わりに他国は「船頭」に振り回されがちだ。実際、技術情報へのアクセスについてはイギリスなどから不満が出ている。