これまで本連載では、日本の新聞・テレビでは報じられることが少ない海外防衛産業の話を中心に取り上げてきた。日本では武器輸出を行っていない(ことになっている)ため、海外の業界動向について知る機会も少ない。それをここでいくらかでも補いたいと考えている。
海外の話題をひととおり押さえたところで、いささか気が重いテーマではあるが、日本における防衛産業界の状況についても目を向けてみたいと思う。まずは、その中でも特に顕著な問題になってきている戦闘機製造基盤の話から。
待ったなしのF-X問題
これまで、航空自衛隊の戦闘機は「アメリカ製戦闘機のライセンス生産」と「自国開発」の2本立てで進んできた。前者にはF-86・F-104J・F-4EJ・F-15Jが、後者にはF-1・F-2が該当する。もっとも、F-2はF-16がベースであり、ロッキード・マーティン社との共同開発という体裁ではあるが、それはともかく。
これらのうち、F-4EJの老朽化が進んで代替機が必要になっているが、後継機種選定の話がなかなか先に進まない。2011年初頭の時点で、F-35ライトニングII(ロッキード・マーティン)、F/A-18E/Fスーパーホーネット(ボーイング)、タイフーン(ユーロファイター/BAEシステムで)の3機種が候補に残っているとされる。
個々の機種の優劣を論じるのは本稿の目的ではないので割愛するが、いずれにしても問題になるのは、「従来と同様に日本でのライセンス生産が可能かどうか」という話である。これまで日本で戦闘機の製造に関わっていたメーカーに対し、F-Xでは仕事が回らないということになると、メーカーとしては戦闘機製造から手を引く決断を強いられる可能性も出てくる。
特に、細々したパーツやコンポーネンツを手掛けている中小企業ほど影響が大きい。本連載の第11回で言及したように、日本の防衛関連大手企業は軍需依存度が低い。それに比べると、企業規模が小さくなるほど多角化が難しいことから相対的に軍需依存度が上がり、その需要がなくなることは直ちに企業の存立に関わってくる。そして、戦闘機に限らず何でも同じことだが、細々したパーツやコンポーネンツを作るメーカーが崩壊すれば、結果として製品全体の生産体制にも影響が生じる。
だから、F-2の量産が終了してF-Xに切り替わる際、どの機種を選定するか、それによって国内のメーカーがどれだけの仕事を確保できるかは、戦闘機製造に関わる産業基盤の維持に関して死活的な問題になる。継続的に仕事を確保できなければ産業基盤が危うくなる話は、本連載の第34~35回でも取り上げている。
F-Xでもライセンス生産が可能か?
ところが一方では、ウェポン・システムの高度化・複雑化が進み、それだけメーカーがノウハウを出したがらない傾向が強まっている。ライセンス生産とは平たく言えば「図面を売って相手に作らせること」だから、程度の差はあれ、某かのノウハウの流出につながる。
実際、F-Xの最有力候補と目されているF-35でも、ロッキード・マーティン社ではステルス性実現のキモとなる前部胴体の製造を自社で握っており、他社には出していない(本連載第2回を参照)。F-15Jのライセンス生産でも、当初はIBM製のセントラル・コンピュータがブラックボックス化されてライセンス生産を拒否されたり、電子戦システムの提供を拒否されたりするなど、当初はF-4EJと比べて国産化率が低くなっていた(セントラル・コンピュータは後に国産品に切り替えている)。逆に、日本で開発した武器に関するノウハウを門外不出にしている例もあるので「お互い様」の部分はあるのだが。
ともあれ、F-35では従来と同様のライセンス生産は困難だろう、という見方が強い。F/A-18E/Fではそれほど厳しくないが、この機体の能力のキモとなっているレイセオン製AN/APG-79レーダーについてはブラックボックス化が必至とみられる。一方、タイフーンを提案しているBAEシステムズでは「ノー・ブラックボックス、ソフトウェアのソースコードも全面開示します」といっているが、実際にどの程度までアクセスできるのかは、蓋を開けてみないと何とも言えない。
ともあれ、完成機輸入の場合はいうまでもなく、部分的な生産参画が可能であったとしても、従来は戦闘機製造に関わることができたメーカーの中から、手を引かざるを得ないケースが出てくるという見方が強く、それがF-Xの機種選定と戦闘機製造の産業基盤維持の問題につながるという構図になっている。
防衛省では「将来の戦闘機に関する研究開発ビジョン」というものをまとめている。しかし、このビジョンを実現するための技術開発を進める、あるいは開発が完了して製造・配備を進めるとなった時に、それを支える産業基盤が崩壊していたのでは話にならない。