人が動けばモノもカネも動く

日本では、公共事業というと道路、橋、鉄道、ダムなどといった「土木モノ」を連想する場面が多い。もちろん、そうした種類の公共事業は他国でも存在するが、実は軍あるいは軍に関連する産業にも似たような側面がある。

在沖米軍の話などに絡んで、しばしば「基地経済」という話が出てくる。具体的には、「沖縄の基地に駐留している米軍人が地元に落とすおカネ」「基地で従業員として働く形での雇用の確保」といった類の話だ。在沖米軍に限らず、自衛隊でも似たような話はある。人が動けば、それがモノやおカネの動きにつながり、結果として経済が回っていく。

現実問題として、例えば陸上自衛隊の普通科連隊が1つ駐屯していれば、自衛官ならびにその家族まで含めると、(部隊の規模や独身者の比率にもよるが)それだけで数千人ぐらいの規模にはなるだろう。

この辺の事情は米軍でも同じだ。例えば、米空軍の戦闘航空団が1つ駐留していれば、3,000~4,000名ぐらいの人員規模になる。関連する支援要員や家族まで含めれば、もっと大きな数になる。

さらにスケールが大きいところでは、米海軍の原子力空母が1隻いれば、それだけで乗組員は3,000名以上いる。そして、空母に乗艦する航空関連要員も含めると6,000名を超える規模になる。ちょっと乱暴なことを書くならば、米海軍が保有する空母の乗組員・航空関連要員を合計すると、それだけで東京都狛江市の人口に迫る勘定だ。これぐらいになると、無視できない規模と言える。

横須賀を事実上の母港とする原子力空母、ジョージ・ワシントン。艦の固有乗組員が約3,000名、航空関連要員が約3,000名、合計6,000名あまりがこの巨体に乗り組んでいる(筆者撮影)

こういう調子だから、組織の改編や配置替えによって、「駐屯していた部隊がいなくなる」「基地そのものが消滅する」なんてことになれば、地元に与える影響は大きい。人口が減るわけだから、地元の商店にとっては需要の減少につながる。アウトソース化の度合にもよるが、基地内で働いている人が多ければ、基地がなくなった途端に失職する人の数も増える。

こうした事情があるため、どの国でも基地の閉鎖・統合を図ろうとした時にさまざまな抵抗にあうのが常だ。特に、軍の基地施設は辺鄙な場所にある場合が少なくないので、なくなった時の経済的な影響は大きい。もちろん、辺鄙な場所でなくても影響はある。

ヴァージニア州とフロリダ州の場外バトル

米海軍では、東海岸に合計5隻の原子力空母を配備しているが、全艦がヴァージニア州ノーフォークを母港としている。これでは集中しすぎており、テロ攻撃・事故・自然災害などに対する抗堪性が低いという指摘が出た。

そこで、4年ごとに実施している国防政策の見直し(QDR : Quadrennial Defense Review)において、5隻の原子力空母のうち1隻は母港をフロリダ州メイポートに移転させるべきという案が盛り込まれた。実は、以前はメイポートを母港とする空母があったのだが、空母の減勢によって自然消滅した状態になっている。それを元に戻すという意味合いもある。

ところが、この案にヴァージニア州を地盤とするマーク・ワーナー議員(民主党)が噛みついた。同議員は「メイポートへ母港を移転すると水路の浚渫や港湾施設の改良などで10億ドルはかかるはず。QDRで示された6億7,100万ドルという見積り額は少なすぎる」と主張している。おカネがかかるから移転反対という名目だが、地元経済への影響に対する懸念が本音なのは言うまでもなかろう。

一方、フロリダ州を地盤とするビル・ネルソン議員(民主党)は「母港移転に6億7,100万ドルもかからない。4億3,000万ドル~5億ドルで済むはず」と反論している。こちらも事情は同じで、費用にまつわる主張の裏には、空母の移転に伴う経済効果への期待がある。

先に書いたように、原子力空母が1隻移転すれば、乗組員3,000名とその家族が移転する。俸給の支給対象が動くうえに日常生活のための支出も動くから、税収の話も含めて、経済的な影響は相当に大きい。それゆえに、地元選出議員を巻き込んでの綱引きという話になる。米国の政界では何かにつけて、清々しいまでに露骨な利益誘導が見られるが、この件もまた例外ではない。

実際、議会の調査局(CRS : Congressional Research Service)では、メイポートへの移転によって2,900名の雇用を創出するほか、俸給の支払いや税収などで合計4億3,800万ドルの経済効果があるという試算結果を公表している。地元の議員が必死になるわけだ。

なお、前述したように原子力空母に乗っている人間の数は6,000名を超えるが、航空関連部隊の配備先は艦の母港とは別なので、空母が母港を移転したからといって、航空関連要員までついてくるわけではない。したがって、母港移転によって直接的に動くのは、艦の乗組員とその家族ということになる。

経済効果は軍の施設に限った話ではない

この手の「軍に関連する経済効果」は、何も部隊の駐留や艦艇の母港化に限らない。防衛関連企業の事業所や工場にも同じような問題がつきまとう。

米国ではさほどでもないが、英国・カナダ・オーストラリアなどの政府発表を見ていると、その辺の話が実に露骨だ。「○○という装備調達案件の契約を△△社に発注した。ついては、この件によって地元の□□に××名分の雇用創出効果があるものと見込まれる」という一文がプレスリリースの末尾に付くのは、もうほとんど「お約束」である。

また、先端産業の典型例、イメージリーダーと位置付けられることの多い航空宇宙産業では、業界の維持そのものが政府の産業政策の中に組み込まれるのが常だ。だから、他国に航空機の売り込みを行う際は、本連載の第3回で取り上げたオフセットの一環として、地元の企業に対して何らかの形で仕事を回し、おカネが落ちるような条件を設定するのは当たり前になっている。

理想的なのは機体の完全な現地生産だ。航空自衛隊のF-15イーグル戦闘機が、その多くを国内でライセンス生産しているのは典型例と言える。しかし、この方法は生産を担当する側にも相応の技術力や産業基盤が求められるため、おいそれとは実現できない。また、ライセンス生産が認められるとは限らない事情もある。

そこで、「一部のコンポーネントを現地の企業で製造する」「コンポーネントは輸入するが組み立てを現地で行う」「納入後の整備・補修業務を地元の企業に担当させる」といった形をとることになるのは、以前にも解説したとおりだ。